不快な湿気に溢れた、生温かく重たい空気が体に絡みつく。
足元を、天井を、周囲の全てを隙間なく覆う柔らかな肉の壁から、どくん、どくん、と脈打つ鼓動が伝わってくる。
呼吸をするたびに甘く湿った空気が肺を満たし、頭蓋の奥がむず痒くなるような落ち着かない感覚が走って、思考に霞をかけようとする。
天井から滴り落ちる粘液はレオの額を濡らし、獅子の顎を伝いながら口元へと滴って、淫らな体液を思わせる淡い酸味が舌にこびり着く。
立ち上がる事さえできない狭い空間の中で、蕩けた泥のように柔らかな肉床が屈した両膝を包み込まれたまま愛撫され続け、背後で交差した手首に絡みつく肉塊が、いやらしく脈動を続けていた。
長い旅路を共にしてきた剣は既に奪われ、レオは身動きも取れぬまま、この肉の檻の中に囚われていた。
「ぐ、く……っ」
食いしばった牙の隙間から、押し殺すような声が漏れる。四六時中続く甘い責め苦に耐えながら、気を抜けば恍惚と酩酊の中に溶けてしまいそうになる意識を繋ぎ止め、徒手となった左手に意識を集中する。
やがて、その手のひらに淡く魔術の光が浮かぶ。ぞくりと背筋が震えるたび、胸を満たす甘い瘴気に鼓動が高鳴るたび、光は明滅し消え入ろうとするが、レオは獅子の面を険しく歪めながら、剣術と比べれば嗜み程度の技量しか持たぬ魔術に一縷の望みをかけるしかなかった。
光が揺らぎ、明滅を繰り返しながら、手首を縛る肉の枷を焼き切る熱量へ至ろうと収束してゆく。
レオは乱れそうになる思考を押し留め、ただそれのみに集中する。頭上を覆う肉壁が蠢き、ナメクジを思わせる黒く変色した肉片が身を捩りながらもがいていることなど、気づけるはずもなかった。
――ぽとり。
盛り上がった肉壁の先端から、それがついに分離する。糸を引きながら滴るように落ちた肉片が、目を閉じ険しい表情で動きを止める獅子頭の、その丸い獣耳へとへばりつく。
「――ッ!?」
ぬちゃりと水音を立てながら耳の内側を這われるこそばゆさに、レオが息を呑みながら小さく身震いをした。
束の間集中が途切れ、手のひらに浮かぶ光が揺らめくが、牙を食いしばりながら再び集中し、霧散しそうになった魔力をつなぎとめる。
集中を切らさぬよう苦心しながら、頭を揺すって肉片を振り払おうとするが、右の耳を舐るように這うそれは、まるで液体のように柔らかく変形しながら穴の中へと滑り込もうとしていた。
鍛えようのない内部を侵される悍ましさ、自らですら触れられぬ場所へと這い進む異物がもたらす狂おしい感覚に、ついにレオの集中は途切れ、屈強な肉体を強張らせながら大きく身悶える。
「あ、あ、あ……ッ」
体をくの字に曲げて苦悶の表情を浮かべながら、声にもならぬ掠れた息が喉奥から漏れ出る。ついに鼓膜へと達した不定形の肉片がいやらしく蠢くたび、ぐちゅぐちゅと粘液質な水音が頭蓋に響いた。
「はっ、あぁ――、……ッ」
弓なりに背筋を反らし、目を見開きながら悶絶する獅子の頭へと、ぽとりと音を立てて再び肉片が滴り落ちる。
怯えるように伏せた左耳へと、肉片が身を捩りながらぬるりと滑り込んで、もう片方のときと同じように這い進んでくる。
外界との間に栓をされたまま、肉が蠢く湿った音ばかりに聴覚を埋め尽くされ、触れることの叶わぬ頭の奥が蕩けたように熱く、気が狂いそうなほどに切なく疼いていた。
レオは白目を剥いたまま天井を仰ぎ、雷に打たれたかの如く硬直した体を断続的に震わせ続ける。
思考を挟む余裕すらもなく、ただ与えられる刺激に身悶え熱く震える息を漏らすのみだった。
「あ、あああ……っ」
やがて、喉奥から漏れ出る声の質が変化しだす。手足を拘束する肉塊が、レオの固く張った筋肉を解すようにいやらしく蠢いて、その体を脱力させられてゆく。
固くすぼめた肩がゆっくりと弛緩し、脱力した体は気づけば背を丸め項垂れるような姿勢を取っていた。
「はぁ、ぁ……」
今も両耳の奥に燻る熱に縦に割れた瞳を揺らし頭を垂れながら、レオはか細く吐息を漏らす。
やがてその眼の前で、肉壁がぼこぼこと隆起し大きな膨らみを作り始めた事に気づく。
レオは呼吸を整えようと苦心しつつ、険しくも色濃い消耗を滲ませる目つきで肉壁が蠢くその場所を睨んだ。
「きさまは……」
ドーム状に膨れ上がった肉壁が、鬱血したように青黒く変色してゆく様を見つめながら、レオはひとりごちるように小さな声で言う。
「いったい、なに、を……」
肉壁に浮かび上がる黒い球体に、横向きの大きな亀裂が入る。形作られた瞼が上下に開き、禍々しい眼光を備えた巨大な瞳が姿を表していた。
物言わぬ一つ目がレオの問いに答えることはなく、ただその巨大な瞳の中に、虜囚となったレオの無様な姿を写すのみだった。
……ぞわりと、背筋に冷たい震えが走る。摂理から外れた埒外の存在への、生理的な嫌悪に冷や汗が浮かぶ。
「……我を、開放しろ」
巨大な瞳に写る自分の顔が、消耗を押し隠すように毅然とした表情を作るのを見つめながら、レオは低い声で言い放つ。
それが哀れな虜囚の取る見え透いた虚勢でしかないと、瞳に写る自分の姿からも痛いほどに感じられた。
「なにを、しよう、と――」
物言わぬ瞳に写る己の姿を見つめながら、自問自答のように絞り出す言葉。
「――あぁ、ぁ……ッ」
それすらも、耳の奥に走るこそばゆい感触に途切れ、喉奥から溢れ出る腑抜けた嬌声に掻き消されてた。
(なにが、起きた……っ!?)
先程レオを悶絶させた、耳の内側を肉片が這い回る異物感とは全く違う甘い刺激が、同じ場所から発せられていた。
目を見開きながら困惑するのも束の間、頭蓋の音に官能的な音が響く。
――ちゅ、ぬちゅ、ちゅ。
頭の中に直接、絶え間もなく口付けを落とされているかのように、甘くこそばゆい刺激を伴いながら、頭蓋の内側にそんな音が木霊する。
逞しい背中を大きく揺らして身悶えるレオを見つめながら、肉壁に浮かび上がる一つ目が、笑うように歪んでいた。
――じゅるうっ。
「んんん~~~ッ!」
湿った音を伴いながら、肉厚な舌で性感帯を舐め上げられるような快感が、両耳の奥に走る。
レオは食いしばった牙の隙間から悶え声を漏らしつつ、強張り張り詰めた胸板を揺らした。
深く侵入した肉片が己に何をしたかなど知るすべもないが、決して起こりえぬはずの変化が自分の身に起きているという事だけは分かった。
「んんっ、あ、ひぁ……ッ」
本当に己の声なのかと疑ってしまうほどの、甘く上ずった蕩け声が喉の奥から溢れて止まらない。
柔らかくき艷やかな唇が、餌を食む小鳥のように繰り返し繰り返し甘い口づけを落としている。決して拒むことの出来ぬ、触れる事さえできぬはずの、頭の内側で。
「ん゛んッ、ん゛ん゛ん゛ッッ!」
必死の思いで牙を食いしばっても止まらぬうめき声を漏らしながら、レオは頭を左右に揺すり侵入者を追い出そうとするが、獅子の丸耳からは糸を引く粘液がとろりとこぼれ落ちるのみだった。
それどころか、レオの抵抗を奪おうとするかのように口付けの嵐は激しさを増し、貪るような濃厚さで脳髄を蕩かされてゆく。
――ちゅ、ちゅる、ちゅ……。
いっときの隙間すらもなく繰り返される甘い口づけに晒されながら、沸騰したかのように顔が暑くなる。震える吐息は甘い熱を孕み、開いたままの口からだらしなく舌を垂らしてしまう。
眉間に深く刻んだ皺が解れ、険しく潜めた眉が緩んで、いつしかレオはただ呆然と一つ目を見つめていた。
巨大な瞳に写る、蕩け果てた呆けづらを浮かべる獅子の顔ではなく、嘲るように歪められた巨大な瞳、そのものを。
「お゛ッ、お゛ォ、お……っ」
壁を、床を形成する肉が蠢いて、青黒く変色した無数の触手を形作りレオの体へと絡みついてゆく。
もはやそれにすら気づいていない様子で、レオは背筋を昇る快感に震えながら、間の抜けた呆け声を漏らし続けていた。
汗の滲む素肌の上を触手が這い進み、未だ右腕に備え付けられたままの盾を、鉄製のベルトに留められた腰布を、深く履いた革のブーツを、レオの体から取り払い産まれたままの姿を晒す。
脱力しきり、抗う力を失って跪きながら、しかしその股ぐらでは雄々しい男根が天を指しながら雫を垂らし、ずっしりと子種を蓄えた玉袋が、男根から滴る先走りに塗れてきゅうと縮み上がっている。
――ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅ、ちゅ……。
両耳の奥から聞こえ続ける口付けの音に合わせて、肉棒はぶるんと震えては先走りの飛沫を散らし、引き締まった尻の間では、排泄にしか使われたことのない桃色の肛門が、ヒクヒクと震える。
「ひっ、お゛あ、あ、あぁ……ッ」
耳の奥で繰り返される至福の愛撫は、レオを感じたこともない恍惚の坩堝へと導いていた。
深い酩酊の中にも似た心地よい浮遊感の中で、思考さえも許されぬまま抵抗しえぬ快楽へと晒され、力なく投げ出されたレオの脚へと、床を形作る肉が粘菌の如くじわりと這い上がろうとしていた。
同時に両手首を縛っていた肉の枷がどろりと形を失い、もはや拘束の必要もなくなった両腕を包み込むように薄く広がってゆく。
胴体へと絡みついた触手も動揺に、熱く滾る剛直を、ヒクヒクと収縮し続ける肛門へと覆いかぶさったかと思うと、股ぐらから肩までを、胸板に浮かぶ乳首を通る形でV字に這い上がり、素肌へピッタリと吸い付く滑稽かつ卑猥な下着へと変じてゆく。
「はっ、はあぁ、ぁ……ッ!」
四肢を、生殖器を、肛門を、胸を、青黒く変色した肉の膜に包まれ、ストリッパーを思わせる威厳の欠片すらもない風体となりながら、レオは大きく背筋を反らせて喘ぎ声を漏らす。
もう一つの表皮のように肌を覆うそれは、肛門に刻まれた皺の一つ一つにまでも馴染むほど深く吸い付き、そしていやらしく蠢いて見せる。
縮み上がった玉袋、雄々しく屹立した男根、興奮にピンと立った乳首、震えるのみの無垢な肛門、そのどれもを優しく揉みしだくように、緩急をつけて締め上げられる。
「お゛ッ、お゛ォォ、オ゛ォお゛ォ……ッ!」
――どくん。
レオは白目を剥いて天井を見上げながら、味わったこともない強烈な絶頂に破顔する。
震える鼻先から熱く湿った息とともに、だらしなく鼻水が漏れ出て、消え入るような切ない声が喉の奥から溢れた。
亀頭を隙間なく覆う青黒い肉の膜が揺れて、どろりとした精液が滲み出し床へと滴る。
「――、ぁ……」
その瞬間、狂おしく全身を責め立てる愛撫は止まり、頭蓋に響く唇の音も途絶え、レオはただ絶頂の余韻に包まれる心地よさの中で息を呑み、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
脈動する肉で形作られた床が、極上のベッドとて敵わぬ柔らかさでその体を受け止めた。
「はぁ……ッ、ぁ……っ」
波のように体を巡る甘い余韻に、横たえた体が断続的に痙攣する。肉の壁で隔絶された檻の中で、レオはどろりと湿った空気を深く吸い、吐いた。
掻き乱され、切り刻まれ、ただ快楽に翻弄されるのみだった頭が、全長の余韻が過ぎ去ってゆくに連れて少しずつ思考を取り戻してゆく。
「ぬぅ、あ……?」
指一本動かすのすら気だるく感じるほどの、ずしりとした疲労感に苛まれながら、しかし同時に体が浮き上がるかと思うような不思議な感覚が残っていた。
レオは困惑の声を漏らしながら、眼球だけを動かして視線を上げた。己を囚え、嬲り、弄ぶ、嫌悪すべき異形の化け物を、敵意を込めて見上げる。
「――っ」
――ちゅ。
黒々とした巨大な瞳に視線が合わさった瞬間、囀るような、ささやかな口付けの音が発せられた。
四肢と胸、そして局部と肛門を包む肉の膜が、消耗した体を心地よく締め上げる。
「な……」
頭の奥がじんと痺れるような感覚とともに、落ち着きを取り戻していた鼓動が再び高鳴ってゆく。
胸が熱くなって、喉の奥が震えてうまく言葉が出てこない。
――ちゅ。
「ひ……ッ」
甘い口づけの音に思考が蕩け、頬が綻びそうになる。
まるで、柔らかな寝床で優しく抱きすくめられながら口付けを落とされているかのような心地だった。
巨大な一つ目の視線に射抜かれながら、下腹部に疼くような熱が込み上げて、肛門が切なく震えてしまう。
「あ、ありえ、ぬ……ッ!」
俺は己に言い聞かせるように、もつれる舌を賢明に動かし、掠れ裏返った声で叫んだ。
拒む自由さえを奪われ快楽と恍惚に晒されながら、心さえも望む形に弄ばれようとしているのだと、戦慄した。
――ちゅ。
「はぁ……っ」
甘い甘い音色が脳裏に響く。そのたびに胸が熱くなって、張り裂けそうなほどに鼓動が高鳴る。
じっと見つめ合う視線を外すことができない。見つめ合ったまま時がすぎるほどに、そうしていたいという気持ちが強くなっていく気がした。
レオは呆然と見開いた瞳を不安げに揺らしながら、背筋を震わせた。
体にへばりつく肉の膜が、徐々にその蠱惑的な蠢きを大胆かつ情熱的なものへと変化させてゆく。
「ん゛っ、ふ、あぁ、んんん~~ッ!」
両耳の奥を肉厚な舌で舐り尽くされる感覚を味わいながら、レオは牙を食いしばり悶絶する。
あり得ない。あってはならない。どれほどの苦痛と恥辱を受けようとも奪われないはずのものを、奪われようとしている。
レオはきつく目を閉じ、生娘のように声を上げて悶えながら、高鳴る鼓動へと抗うように、胸の内で否定の言葉を繰り返す。
――むちゅう。
「お゛ォッ、オ゛…。…ッ」
そして甘く蕩けてゆく脳の片隅で、自問した。
己はあとどれだけ、耐えられるのだろうかと。
続く
梅太郎
2023-02-18 14:41:39 +0000 UTC