ハーピードリーム
Added 2025-02-23 09:31:07 +0000 UTC(あ、またこの夢か) 夢の中で珍しく自覚を持った。明晰夢というやつ。しかし、夢の展開を変えることはできない。小学生のころからずっと定期的に見続けているこの夢だけは、夢だと気づいても何故か設定や展開を変えることができない。他の明晰夢だとできるんだけど。 部屋の扉が開き、男子が一人入ってきた。輪郭のぼやけた虚ろな部屋を、私の十倍はあろう巨人の男の子が横切っていく。まるで水彩画みたいに滲んだ机の脇に鞄を置くと、私が囚われている籠に近づいてきた。 「いい子にしてたかー?」 私は両手……じゃない、両翼を上げてニッコリ微笑んだ。鳥かごの扉が開く。彼の大きな手が出口で待っている。私は木の枝から降り外へ出て、彼の手を二本の足でガッチリ捕らえた。前に三本、後ろに一本の指が伸び、その先には鋭く硬そうな大きな爪がガッシリ植わっている。私の足は鳥の足。下肢は鳥の脚そのままの姿で、鱗にビッシリ覆われている。 「~」 私は嬉しそうな声で鳴いた。私は喋れない。鳥のような鳴き声で鳴くだけだ。でも感情表現はできるし、彼も読み取ってくれる。 「よーしよし」 彼が私の頭を撫でる。二本角の間を通して。この優しい愛撫の時間がたまらなく心地いい。私も応えるように前傾になり、ニッコリ笑顔で気持ちを伝える。ナデナデが終わったら私は両腕じゃなかった両翼を勢いよく広げ、上下に羽ばたかせた。緑色をベースにしたカラフルなデザインの羽毛で覆われた翼は、私の腕に成り代わって存在している。この夢の中で、私は小さなハーピーだった。羽ばたくと飛び立てる。境界線のない部屋の中をピーピー泣きながら飛び回り、元気に遊びまわった。時折彼の頭や手にとまり、頬をくっつけてスリスリする。彼に可愛いと思ってもらいたい。もっと可愛がってもらいたい。その感情が心を支配し、他のことは考えられなかった。明晰夢なのに。夢の内容を変更するより彼とイチャイチャする方がいいに決まっている。この夢を見ている間、何故か私はそう思ってしまう。 鳥籠の中に戻り扉が閉まると、私はちょっと寂しくなった。逃げたりしないのになあ。椅子に座って勉強を始める彼をボーっと眺めていると、いつしか夢は終わる。 (あぁ……) 目覚めると、私は人間用のベッドに寝ていた。腕は人間の腕で、その先にあるのは五本の指を持った手だ。両脚も鱗はなく、膝は反転していない。足の後ろに指も生えてない。 同じ夢をずっと見続けることは多分、レアケースだろう。どうして昔から鳥に……いや、ハーピーになる夢を見るのかわからなかった。別に鳥になりたいとか思ったことはないんだけど。ていうか鳥になるなら大空を飛んでみたいもんだ。なんで私はいつも……。 (また顔ハッキリしなかったなぁー……) 夢の中で、私はいつも同じ男子に飼われる小鳥だった。「彼」の正体はよくわからない。顔の印象がいつもぼやけててハッキリしないのだ。起きた時に忘れてるのかもしれないけど。ただ一つハッキリしていることは、同い年だということ。この夢を見始めた頃は小学生だった。黒いランドセルを放り投げ、私と遊んでくれたものだ。そして私が中学に上がると夢の中の男子も学ランになった。私は来月から高校生になる。夢にも反映されるんだろうか。なんでだろう。 そして、夢の中で幼児みたいに「彼」に甘えている自分を思い出してしまうとものすごく恥ずかしくなる。何をやっているの私は……夢の中とはいえ。彼氏に甘えたい願望とかあるのかな。彼氏できたことないけど。ていうか鳥になって飼われるってだいぶなんか……「変」だよね。 私はずっと見続けている夢のことを、人に話したことはなかった。夢の中に出てくる私の飼い主は誰なのか、中一のころは酷く気になって同級生の男子を観察したりもした。でも全員違う気がした。顔はわからないのに、何故か断言できる気はする。見ればわかる、と。 まあ、誰がモデルなのかわかったところで私が勝手に気まずくなるだけなんだけどさ。 高校入学後、私の人生で一、二を争うくらいの衝撃的な出会いがあった。同じクラスになった初見の男子の中に、いたのだ。彼が。私の飼い主が。 (……え!?) 二度見した。目をカッと大きく見開き、何度もパチパチ瞬き。信じられなかった。私の脳内にしか存在しないはずの、概念上の存在が……現実にいた。 やや背の高い、落ち着いた印象の男子。名を鳥飼くんと言った。私は気づけば彼を目で追うようになり、無意識に彼と彼の友人たちの会話だけよく聞き取れるようになっていた。けど、それ以上は何もできない。目が合いそうになると私は反射的に目を逸らすし、話しかける気も起きなかった。 けど気になる。めっちゃ気になる。なんで会ったこともないのに小学生のころから私の夢の中に出てくるの? そして……なんで私はあなたに飼われているの? (いやー落ち着け。冷静になれ私) どう考えてもヤバい思考に違いない。直感的に確信しただけで根拠とかないし。私が勝手に脳内妄想の理想彼……氏? と会ったばかりの人を結び付けて考えてるだけじゃん。やばい女じゃん。でも彼だという不思議な確信だけはどうしても捨てられなかった。 私の変な意識のせいで、不意に近づいてしまうと挙動不審になる。何となく頭を撫でてもらおうと思ったり、頬っぺた擦り付けて甘えたくなっちゃったり。勿論実行はしない。しないけど、そういう感情が呼び起こされてしまうのだ。自分がここまで頭のおかしい女だったなんて知らなかった。 「羽鳥さんってよく鳥飼くんのこと見てるよね~」 「えっ? ……そ、そう……?」 二か月もすると女子にはからかわれるようになってしまった。別に好きとかじゃなくて私の飼い主だから気になるというか……いや飼い主じゃないし! 私は鳥飼くんが好きなんだろうか。好きになった男子とよくみる夢を勝手に結び付けてるだけなのかな。わかんない。 私は次第に、彼の家を……部屋を見てみたいと思うようになった。もしも夢の中と同じ部屋だったら……妄想を同級生に投影してるヤバ女だとは必ずしも言い切れなくなってくるんじゃない? でも義務以外で話したことない男子に部屋上げてとか写真見せてとか言えない。無理。 悶々としながら過ごしていると六月、彼と友人の会話の盗み聞きからすごいことを知った。彼は小鳥を飼っているというのだ。聞いた瞬間は胸の奥から嬉しさがトランポリンのごとく跳ねて飛び上がった。やっぱりそうだ! あの夢はほんも……本物じゃないけど本物なんだ! 鳥飼くん、「彼」なんだ! 私の飼い主なんだ! ……そして次の瞬間、んなわけない、単なる偶然の一致であり、彼が飼っている鳥は私じゃないと冷静なツッコミが脳内で発生する。 (え? 待って。じゃあ鳥飼くん、私じゃない鳥飼ってるの?) 彼が心の声を聞ける能力者だったらきっと私に恐怖しただろう。私の中でメラメラと嫉妬の炎が燃え上がった。私じゃない鳥が彼に可愛がられ、愛でられているし鳥も愛情表現しているかもしれないと思った瞬間、見たこともない小鳥が憎らしくてたまらなくなり、同時に例えようもないほど寂しくなった。まるで失恋したみたいな気分。したことないけど……。 思わず泣いてしまいそうになり、慌ててその場を立ち去った。 (あー……もう、あの夢見たくない……) この三か月の間もちょくちょく彼に飼われる夢は見ているし、そのたびにイチャイチャしていたのだけど、その分ダメージが大きかった。そして高校入学後、やはり夢の中の彼はブレザーに変わり、印象が鳥飼くんそのものになっていた。本当に彼が鳥飼くんだったのか、現実の経験が夢に反映されたのか、今となってはわからない。 そしてそういう日に限って、私は夢の中でハーピーになっていた。アニメみたいな緑色の髪を肩にかけ、腕の代わりに濃い緑を基調とした羽毛をビッシリ生やした両翼が伸びる半身半獣。鳥籠の中で枝にとまっていた。彼が帰って来て私に声をかけてくれたけど、何だか悲しくて寂しくて、涙があふれてきた。彼が慌てた。そんな彼を見るのは初めてかもしれない。 「お……おいどうしたんだよ?」 彼は餌を忘れていたのか、鳥籠の掃除が充分でなかったのか、私に問いながら鳥籠の中を確認していた。喋れないのに何で訊くんだろう。 恨みがましい鳴き声を上げてから、私は涙まみれの顔で彼を見上げた。何で私以外の鳥なんか飼ってるの? 私じゃダメなの? どうして……。可愛くなかった? 月に一、二回しか会えないから? その日の夢の中で、私は鳥籠の外に出る気が起きなかった。扉は開いたけど、私は幼児みたいに拗ねたまま、彼に背を向けた。 翌朝。寝起きにぼーっとしていると夢の記憶が少し鮮明になり、私は顔を赤く染めて頭を抱えた。そして二分ほどのたうち回った挙句、膝を机にぶつけた。 二日後。鳥飼くんが妙に落ち込んでいた。まさか私が拗ねたからかと一瞬思ってしまったけど、そんなわけはなかった。飼っていた小鳥が死んだらしい。私には一切関係ないし何の責任もないのに、すごい罪悪感で胸が締め付けられ、彼の方をまともに見れなかった。 同時に、ある疑念が浮かんだ。ひょっとしたら私、もうあの夢見られなくなるかも? 死んだ小鳥が私だったなら……いや私じゃないし。何考えてんの私は。マジでやばいって。 さらに三日後。私は夢の中で土に埋まっていた。懸命にバタバタして土の中から抜け出すと、お決まりのハーピー状態だった。身体中土だらけ。翼をバサバサして土を落とし、飛び上がった。知らない家の庭先が眼下に映る。二階の窓に迷いなく突っ込み、ガラスに阻まれた。部屋の中に鳥籠はなく。誰かが椅子に座っている。こっちを見ていない。私は懸命にホバリングしながら、何度も窓を鋭い爪で蹴った。しばらくすると彼が振り返り、私に気づいた。彼が慌てて窓を開けてくれ、私は彼の胸に飛び込んだ。いろんな感情がグチャグチャになって滝のようにあふれ出て、どうしていいかわからなかった。彼は無言で私をやさしく両手で包み、目が覚めるまでずっと震える指先で私を撫で続けた。 その日、学校の鳥飼くんは元気そうに見えた。会話を聞いたところ、夢の中で死んだ小鳥が会いに来てくれたのだとか。良かったね。私は心から素直にそう思えた自分に安堵した。 リアルの鳥飼くんとは結局なんの接点もないまま一学期が終わり夏が過ぎ、文化祭の季節がやってきた。私はもうあの夢を見ていなかった。女子陣でのおふざけの中で、私は衣装箱の中に入っていた緑色のウィッグを頭にのっけてみた。その瞬間、全身を貫くような強い視線を感じて顔を向けた。発射地点は鳥飼くんだった。驚いたような表情で私をジッと見つめて固まっている。その目は大きく見開き、信じられないものを見たかのように動かない。え、何、なに!? 私そんな変……? いや。 目が合った。心臓が少しずつバクンバクン鳴り始める。緑の髪の私は……まさか。いやそんな。でも間違いない。鳥飼くんはもう動き出して教室を出ていったが、ありえない何かを見て、そして……何かを確信した表情をしていた。 その日の放課後、私は彼を尾行した。友達と別れて、周りに人がいない道に入り、一人になるのを待った。そこで私は声をかけた。 「あのっ!」 鳥飼くんが立ち止まって振り返った。瞬間に緊張したのが見て取れた。ただ女子に話しかけられたとかではない。私もだ。経験したことのない緊張が張りつめる、無言の時間。聞きたくないけど今日を逃したら二度と勇気……というか行動力が出ないかもしれない。もう呼び止めてしまったんだ、仕方がない。 「鳥飼くん……さ、部屋の写真とか……ある? 鳥飼くんちの」 明らかに距離感ヤバ女だったけど、自然な導入が思いつかなかった。しかし、鳥飼くんはまるで予期していたかのように狼狽えなかった。 「……あるよ」 にじり寄ってスマホの画面を凝視した。見覚えのある風景だった。小学生のころからずっと夢に見ていた、あの部屋。私が飼われていたあの部屋。記憶にないはずの部屋。 (やっぱり……そうだったんだ。鳥飼くんが……私の) 飼い主というワードが浮かんだところで顔が赤くなった。そして、いつの間にか撫でてもらおうと頭を差し出していたことにも気づき、慌てて離れた。 「あ、待って。俺からもいい?」 「あ、うん……なに?」 「鳥になる夢って……見たことある?」 まるでこの時を待っていたかのように、彼の声は強かった。私は唾を飲んでから、 「六月まで見てた……よく」 と震える情けない声で答えた。あとちょっとで鳴き声になってしまいそうだ。 また互いに沈黙の時間が訪れた。お互い何を思っているのか何が起こっていたのか確信があるけど、ハッキリ声にしてしまうとヤバい感じになるから言い出せそうにない。 「それじゃあ、その……また」 「あ、うん……また」 夢の中で、と言えたらドラマっぽかったかもしれない。けどもうあの夢見てないんだよねえ……。 その日の晩、私は久々に鳥籠の中にいた。緑の髪、翼、黄土色の鱗に覆われた下肢。ハーピーだ。そしてあの部屋。鳥飼くんの部屋。いつもよりディテールが細かい気がする。扉が開いて彼が入ってきた。 「あ……」 鳥飼くんがすぐ私に気づいた。そして、気まずそうに顔を逸らした後、 「……羽鳥さん?」 と私に問いかけた。 これまでの甘えの数々を思い出し顔面を真っ赤に熟れさせながら、私は弱弱しく 「ピィ……」 と鳴くことしかできなかった。