いくつもの通路を曲がり、
エレベーターに乗せられ、
重厚な扉をくぐった先にその部屋はあった。
奇妙な部屋だった。
壁には四角く切り取られた巨大な穴があいていて、奥からまばゆい光が差し込んでいる。にもかかわらず、ここが地上なのか地下なのかわからない。
男が一人座っていた。
こちらを見ているようだが、逆光のせいで表情は全くわからなかった。
男はそう言って、私の目の前にある小さなサイドテーブルを指した。
その上に学生証と生徒手帳が乗っている。
どうやらこれが、今日からの "私" ということらしい。
大きな仕事のたびに異なる名前と経歴を与えられる。
いつものことだった。
男は続ける。
狛ヶ丘市で起きている異常な現象、その原因と思わしき遺失物を調査する。
それが私に与えられた仕事だ。
当然、拒否する権限は無かった。
部屋を後にすると、今度は眼帯をつけた長身の男が待っていた。
彼、尼木慎一郎は私の直属の上司であり、機構の様々なデータにアクセスできる上位権限を付与された人物だった。
尼木に連れられ、公営団地を改修して作られた収容施設を訪れる。
目的地への道すがら、尼木が遺失物について説明してくれる。
遺失物。
その存在が初めて確認されたのはいつだったのか、正確な記述はどこにもない。
世間一般には、心霊・怪異・超常現象・都市伝説・オカルトとして認知されている場合もあるが、その多くは発見され次第機構によって速やかに収容され、情報統制が敷かれている。
カルト宗教の神仏として崇められていたり、殺傷目的の兵器として出回っていたりと、いずれも野放しでは人類社会にどのような影響を及ぼすかわからない。
私が狛ヶ丘市に行くのも、遺失物による被害を未然に防ぐことが目的である。
収容室に入った私たちを出迎えたものがあった。
遺失物382 【増えるミツオ】。乙種に分類される遺失物。
かつてダイニングだった部屋の中央に、それはふわふわと漂っていた。
しおれた風船のようだなと思った。
人を模した不出来なビニール風船が、いくつも絡まりながら浮いている…そんな印象。
男性とも女性ともつかない声で繰り返し「おかえり」と喋っていること含めて、あまりにも非現実的で作り物のようにも見えてくる。
尼木に問われる。
そこでふと気付く。
この遺失物は、常に監視カメラを見ている。
直接でも間接的にでも、常に誰かが視線を向けておくこと。
それが活性化を防ぐための条件…?
「概ね正しい」
合っていたらしい。
「先端のヒト型部分に、リアルタイムで人間の視線を向けておくこと。画面越しの視線でもいい。加えて、公営団地を模した間取りの和室に、本体を収容すること。それ以外の条件では、こいつは異常増殖を繰り返す」
なぜ…?という顔を私がしていると、
「理由もメカニズムもわからない。遺失物とはそういうものだ」
感情の無い声で尼木が言った。
収容施設からの帰り道、ジュースをこちらに渡しながら尼木が言う。
甲種。
甚大な被害を及ぼす危険性があり、収容方法も見つかっていない遺失物のカテゴリ。凡そ人間にどうこうできる存在ではなく自然災害に近いため、立ち向かうよりは人命救助を、ということらしい。
また、さきほど見た382のように収容可能な遺失物は乙種、
安全性が比較的高く、職員による携行も許されている遺失物は丙種に、
それぞれ分類される。
実はこのほかにも特種というカテゴリがあるらしいが、今の私の権限ではその情報を知ることはできない。
「俺の案内はここまでだ。次は開発局へ向かえ。対遺失物用の仕事道具を工面してもらえるはずだ」
そう言うと、尼木は私を顧みることなく歩いていく。
最後に、右目の眼帯のことを尋ねてみた。
彼は一瞬立ち止まると、
「手違いで失った」
とだけ呟いて、そのまま廊下を曲がって姿を消した。
それ以上話すつもりはない。そんな拒絶を感じた。
…そういえばジュースのお礼を言いそびれてしまった。
今度会えたら伝えようと思う。
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