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序章 第二節

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序章 第一節

開始地点  いくつもの通路を曲がり、  エレベーターに乗せられ、  重厚な扉をくぐった先にその部屋はあった。  奇妙な部屋だった。  壁には四角く切り取られた巨大な穴があいていて、奥からまばゆい光が差し込んでいる。にもかかわらず、ここが地上なのか地下なのかわからない。  男が一人座っていた。  こちらを...




曰くつきの相棒


 築何十年かという古アパートの和室に、おだやかな午後の光が差し込んでいる。四月でまだ少し肌寒さはあったが、風が気持ちいいので窓を開けてある。

 ここは私の新しい住居だ。狛ヶ丘市で遺失物調査を行うにあたって借りた賃貸住宅、その二階の角部屋である。


 色あせた箪笥(※大家さんがくれた)に寄りかかり、明日からの学校生活についてあれこれと考えていると、

「質問してもよいですか、ご主人?」

 そう頭上から声をかけられた。

 T-6407J。つい先日私の相棒となった、自律型のドローンだ。ふわふわとクラゲのように宙を漂っている。

 私は彼を両手で掴み、お腹のあたりで抱えた。こうするとほんのり暖かい。

 子供のような電子音声で彼が尋ねてくる。


 なかなか際どいことを聞いてくる人工知能だ。

 彼からしてみれば確かに疑問なのだろう。遺失物調査の補助が目的であれば、T-6407Jより高性能で便利なドローンは他にもある。わざわざ廃棄処分寸前の、それも型落ちを選んだ理由。


 色々あるが、どう答えたものか…。

 私は、彼を引き取ったときのことを思い出す。









 飾りっけのない無機質なエントランスで、私は担当者が来るのを待っていた。

 対遺失物兵器開発局。

 遺失物の収容にあたって役立つ道具を研究開発する、機構の協力組織である。

 尼木に言われたとおり、私は仕事道具をそろえるべくここへやってきた。


 しばらくすると、桐島という男がやってきた。白髪交じりでくたびれた感じが、いかにも管理職という雰囲気だった。

「お待たせしました。話は伺っています、こちらへどうぞ」

 彼はそういうと、工場のほうへと私を案内してくれた。


 工場内では作業着の人たちが忙しなく仕事をしていた。どういう仕組みなのか皆目見当もつかない巨大な機械を動かしたり見守ったり、道具を運んだり連絡を取り合ったり、そんな中をぼけ~っと歩いているとなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 桐島が言う。


 なんでもかんでもタダでくれるわけではないらしい。

 それはそうだ。

 まぁいざとなれば尼木さんに領収書を押し付ければいいか。


 などと考えながら歩いていると、何やら奇妙なものを運ぶ作業員とすれ違った。

 ボロボロになった赤いドローンが台車で運ばれていく。目を引いたのは、一緒にお清めのための道具も載せられているところだ。単純な故障ではなく、遺失物がらみの電脳汚染でもあったのだろうか。

 なんとなく気になってその行方を目で追っているうち無意識に足を止めていたようで、

「どうしました?早くこちらへ」

 先を歩いていた桐島からそう促されてしまった。




 まず私が選んだのは、小型収容室θ型と呼ばれる大きなケースだった。


 理屈はわからないが、これには見た目以上に物がたくさん入る。限度はあるものの、明らかにこのケースの容量を超えた大きいものであっても、何故か入る。

 それだけではなく、一部の丙種遺失物もこれにしまっておけば外部に持ち出すことが許可されている。

 たとえば遺失物882【スティック・チョコ・謎の粉】を使うと怪我を瞬時に回復できるため、危険な任務ではよく持ち出される。もちろん、扱いを間違えると逆に致命的な事態にもなり得るので、あくまで万が一に備えてではあるのだが。

 いずれにせよ、これ一つあれば現場での道具管理には困らないので大変ありがたい代物だ。



 遺失物がらみの仕事は予測不能の事態によく陥る。

 例えば、近づくだけで人間の認知機能が書き換えられ、遺失物を遺失物と認識することができなくなったり、それどころか人を人と認識できなくなったりするような場合があるという。

 そのようなときに役立つのが、自律型補助ドローンだ。

 現場をスキャンし特殊な磁場を発生させることで認識災害を防いだり、簡易的な兵装で応戦してくれたり、また脆い人間の盾となったり、職員の生存率向上に大きく寄与している。


 先ほど運ばれていった赤いドローンのことを桐島に尋ねてみた。

 彼は少し戸惑ったようだが、教えてくれた。

「鳥居型ドローン…T-6407Jというんですが。前の持ち主が亡くなっていましてね」


 どうも、当時の持ち主からはあまり良い使われ方をされていなかったようだ。

 メンテナンス不足で塗装も剥げ落ち、負荷のかかる仕事をさせられ続けていたという。そして、直近の任務中に遺失物からの電脳汚染を受け、主人を守れず死なせてしまった。

 持ち主が正しくドローンの整備をしなかったことに一因があるとはいえ、それらが強いストレスとなり、現在は人工知能の一部にエラーが発生しているとのことだ。


 私は、その鳥居型ドローンを引き取ることにした。

 桐島は目を丸くする。

「本当にいいのですか?」

 他にも高性能機種や用途の異なるドローンを紹介してもらってはいたけれど、私の心はもう決まっていた。

 桐島は最後まで申し訳なさそうにしていて、代わりにドローンの汚染除去と最低限の修繕、整備室を無償で手配してくれた。








 強烈な負荷による記憶の欠落。

 使い捨てられることを承知で主人に尽くす存在。

 このドローンは、なんだか今の私のようだな、と思った。


 好みの問題だ。これから長い間ともに仕事をするパートナーなのだから、自分に少しでも合っていそうなものを選んだほうがいいと思った。

 しかしそう口にするのはなんとも気恥ずかしかったので、もう半分のほうの理由を伝えた。


お金がなかったから…ですか。そうですよね。私がご主人の立場でも、それぐらいしか理由が思い当たりません」

 私の答えに、T-6407Jは合点がいったようだ。満足げにまた部屋をふわふわと漂い始めた。

 それで納得するんだ…。

「ご主人のおかげで、私は廃棄を免れました。それならば、もう使命は一つしかありません」

 T-6407Jは私をまっすぐ見て言う。

「私がご主人をお守りします」

 前の持ち主を死なせてしまったことをずっと後悔しているのだろう。彼の声は決意に満ちていた。


 この相棒を選んだことが吉と出るか凶と出るかはわからない。

 だけど、私もそう簡単に死ぬつもりはないし、この相棒を身代わりにするようなこともしたくない。せいぜい頑張ってみよう。

 古びた壁の染みをしきりに観察しているドローンを眺めながら、私はそう思った。



序章 終


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