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第一章 第二節

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▼前の記録 碑文谷美咲という少女  狛ヶ丘市立星昇高等学校は、歴史のある古い学校だった。  19██年に竣工、████(中略)その後何度も増改築を重ねて今に至る。周囲を木々に囲まれた趣のある旧校舎、比較的きれいで設備も整った新校舎、合間をつなぐ中庭には手入れが行き届いていて、敷地内を歩いているだけでもそれな...




怪異調査クラブ


 時刻は朝の七時。

 目を覚ました私の鼻腔を、香ばしい匂いがくすぐる。


 寝室から古びたダイニングキッチンに出ると、T-6407Jが朝食の準備をしてくれている最中だった。

「ご主人、おはようございます」

 彼の頭部装甲から垂れている三本の平たい触腕は、電気信号によって自在に動かすことができる。さながらタコ足のように菜箸を掴み、器用に卵焼きを作っているその姿は、なんとも言えないかわいらしさがあった。

 機構が遺失物の収容・研究を行う過程で獲得した、市場に出回っていない膨大な知識と技術。これらドローンにはその粋が集められているのだが…こんなことに使っていていいのだろうか。

「私の仕事は、ご主人が実任務に集中できるようにサポートすることですから」

 T-6407Jは嫌な声一つ出さない。

 この技術、もっと一般家庭向けに応用して売り出したほうがいいと思う。



 朝食を摂りながらテレビを見る。

 ニュース番組では、随分と不穏な事件が報道されていた。狛ヶ丘市に隣接する██市で、行方不明だった男性が変死体として発見されたとのことだった。警察は殺人事件として捜査をしているらしい。

 そういえば以前見た碑文谷さんのノートに、バラバラ殺人事件という項目があったのを思い出す。彼女が目を付けているのは都市伝説や怪異にまつわる事柄のはずだが、あの一文だけは妙に生々しい事件性を感じた。聞けるタイミングがあれば詳しく聞いてみるのもいいかもしれない。


 世の中で起きているのは、遺失物とは関係のない事件がほとんどだ。今報道されている事件についても機構の出る幕はないだろう。

 ないことを願うばかりだ。





 星昇高校内での私の環境にも色々と変化があった。

 まず、同好会に入ることになった。その名を「怪異調査クラブ」という。直球過ぎて潔さすら感じるこの同好会は、碑文谷さんが発起人となって設立された。現在メンバーは二人。そのうちの一人は私である。

「お願い名無ちゃん!人数規定で最低二人は必要なの」

 申請書類を握りしめた碑文谷さんにそうお願いされ、断る理由も特になかったため承諾した。(彼女はいつの間にか私のことをちゃん付けで呼ぶようになっていた)

 真っ当な学生活動をしつつそれを隠れ蓑として遺失物調査を行えるのは、私としても願ったり叶ったりだった。もちろん、こんなことは彼女に言えるはずもないが。


 生徒会によれば、旧校舎の二階にある準備室がかろうじて余っており、そこであれば部室として自由に使っていいとのことだ。しかし、これには落とし穴があった。当該の部屋は、問題行動の目立つ不良生徒たちのたまり場となっているらしいのだ。



 碑文谷さんは部室獲得に関して消極的だった。心霊スポットへ出かけて行ったり関係者から話を聞きに行ったりと、てっきり何事にも物怖じしないタイプだと思っていたのだが、

「不良は怖いよ!」

 青ざめながらそう言われた。

 しかし他に拠点として使える場所のあても無さそうだったので、嫌がる彼女の反対を押し切って私は旧校舎へと向かった。

 力づくでどうこうしようというつもりはなかった。そんなことをすれば後々報復に遭うかもしれないし、傷害沙汰で学校側から退学処分でもされようものなら元も子もない。

 策は用意しているので、多分なんとかなるだろう。





 部屋に踏み込んだ私たちを待ち受けたのは、噂通り柄の悪い上級生たちだった。

 中央のソファに座る赤髪の少年が口を開く。

「あ?なんだお前ら」


 どうやら彼がここのリーダー格らしい。他の生徒たちはこちらを眺めながらにやにやしているだけだ。

 事情を説明するため私が口を開こうとするより先に、

「ここ、この部屋を同好会の部室として使わせてもらいたくて、お願いしに来ました!生徒会にも確認しました。使っていいって言われたの、この部屋だけなんです」

 碑文谷さんが声を裏返らせながら一生懸命叫んだ。私の肩を掴みながら子犬のように震えてはいるが、自分が最初に言い始めたことの責任を私に負わせまいとしているのだろう。

「はぁ?同好会?」

 赤髪の少年がつまらなそうに目を細める。

 当然、彼らが私たちの要求を聞き入れるはずがなかった。突然やってきた新入生に、はいそうですかと居場所を明け渡してくれるような生徒なら、学校側も問題視しない。

 この後私たちは、部室を手に入れるためこの不良たちと戦うことになったのだが…。



(中略)※補遺参照



 半ば恐慌状態に陥った上級生たちは、逃げるようにして部屋を飛び出していった。騒然としていた準備室は一瞬で静まり返り、後には私と碑文谷さんの二人だけが取り残された。コチ、コチという時計の秒針の音がはっきり聞こえる。

「な、なに…何が起きたの」

 しばらく呆然としていた碑文谷さんが、ぽつりと呟いた。不良や同好会や部室がどうのということも忘れて、今しがた起こったことにすっかり心を奪われているようだった。

「ここ…二階だよね。名無ちゃんも見たよね?さっき、窓の外に…」

 そう言って、興奮し震える指で窓の向こうを指す。そこには、闇に沈む雑木林が見えるだけだった。

「浮いてたよね?真っ赤な女の人」





補遺:星昇高等学校旧校舎にて、赤い肌の女が窓の外に浮いていたとの情報あり。真っ赤な手で、目撃者に向かって手を振っていたという。またその直前、テレビモニターが突然つく、蛍光灯がひとりでに点いたり消えたりする、などの怪現象も報告されている。当時二階の空き部屋を使用していた上級生及び屋外でゴミ清掃をしていた事務員が同内容の証言をしており、校内は幽霊騒ぎでもちきりとなった。


追記:これは、潜入捜査中の機構職員(学生名:名無)がT-6407J鳥居型ドローンに女性用衣服を被せ、人目につくよう旧校舎周辺を飛行させたり、同ドローンによって校内の電気系統を操作したりしたことで発生した誤認である。

対遺失物兵器をみだりに一般市民の目に触れさせたことは問題であり、厳重注意が必要である。



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