小児科クリニックのドールペット
Added 2020-12-03 12:01:09 +0000 UTC「じゃあ、私は一生このままなんですか?」 「うーん、そいつらに元に戻す手段がなかったんなら、まあ……多分、その可能性が高いだろうねえ……」 私はうなだれた。やっぱり、駄目なんだ。私は一生、こんな小さな体で、小人として生きていかなくてはならないのか……。どうすればいいんだろう。先のことを考えると絶望するしかない。 「元気出してーっ」 私の肩に柔らかい手が乗った。イチゴちゃんが大きな瞳をキラキラさせて、私を励まそうとしている。気持ちはありがたいけど、今私はあまりこの子を視界に入れたくなかった。まるで自分がドールペットになったみたいに思えてしまうからだ。 身長16センチの可愛らしい人形のような生き物。上から見下ろし、愛でるペット。だが、今彼女の目線は私と同じ高さ。私も17センチまで縮んでしまったからだ。ドールペットは最近流行りつつある人造生物¥の一種で、高い知能による飼育の楽さから、ペットとして、或いは子供の人形として幅広く売られている。勿論高い知能といっても、人間ほどではないけど。年を取らず寿命まで若いままであること、腸、肌ともに分解能力が高く排泄や洗浄の世話がいらないことが人気の元となっている。ただ可愛がるだけでいいのだから、こんな楽なペットもいない。 「遊ぼうよーっ」 イチゴちゃんは天真爛漫な笑顔で私の手を引っ張った。どうやら私のことを同じドールペットだと認識しているらしい。無理もないか……。この子たちにとって、人間っていうのは十倍くらい大きい巨人たちを指すんだろうから。同じスケール、同じ等身の私を仲間だと思ってしまうのも無理はない。 しかし、見れば違いは判るだろう、と思う。実際、私には彼女が気味悪く映る。アニメキャラのようなデフォルメされた顔。大きな瞳は虫みたいだし、カラフルなピンク色の髪も目に痛い。しかも、その質感はフィギュアのようで、一本一本が独立はしておらず、常に一つの塊のようにうねる。といっても、触ればサラリと別れるし、髪型も自由に変えられるらしいけど。 私は自分の両手を見つめた。やや年齢が出てきた手首、走り回る皴、青く浮き上がる血管。どれも彼女にはないものだ。ドールペットは肌も樹脂みたいな質感を持つ、肌色一色に統一されている。まさに生きたフィギュアだと言っていい。普通なら、つまり一メートル半の高さから彼女を見下ろしている分にはきっととても可愛らしく見えることだろう。でも、同じスケールになっている私からすると、マネキンが動き出して喋っているかのようで、不気味で仕方ない。 (顔を見れば、私がドールペットじゃないってわかりそうなもんだけどなあ) 私はため息をついた。まあ、倫理の問題で知能を抑えられているドールペットに多くを望んでも仕方ない。今は私のことだ。 「それで……花咲さんはこれからどうするつもり? なにか生活のアテとかあるのかい?」 先生が心配そうに尋ねてきた。十倍ある巨人の問いかけに私は圧倒されつつ、何もないと答えた。 「そうか……」 沈黙の中、私は理不尽な運命に心の中で抗議した。なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないのさ。これまで、世のため人のため精一杯頑張ってきたって言うのに。 私は生まれつき体が強かった。というのは病気にかからないとか、運動が得意とかいうのではなく、スーパーパワーというのを持っていた。ピョンピョン跳ねれば屋上まで登れるし、車ぐらいなら己の腕力で持ち上げられた。それを世の中のために役立てようと、私は顔を隠してヒーローとして活動していたのだ。だが、この間戦った悪党の薬品で、私は十分の一まで体を縮められてしまったのだ。パワーは一応健在だけど、スケールの差というのは無常に絶対だった。小人としてはすごい、って程度で、もうヒーロー活動なんて行えない。それどころか、日常生活も中々厳しい。数回のジャンプで棚を登ったり、重い辞典を持ち上げたりはできるが、通常のトイレを満足に使用するのは困難だし、食事の用意もままならない。一番大変なのは、私が縮んだことを知られるわけにはいかないということ。だから宅配だって早々使えない。私に恨みを持っている悪党は多い。私が縮んだことだって裏社会ではもう広まっているだろう……。そこに突然「縮んだ人間」が登場すれば、すぐに正体がバレてしまう。 唯一の例外がこの先生。小児科クリニックで働いている谷崎さんは、以前から私の正体を知っている。小児科だから本来私は違うんだけど、表立って病院にかかれない傷とかはこっそりここで診てもらっていた。藁にも縋る思いで、今回も私はこのクリニックを訪れた。夜とはいえ、誰にも見られずに侵入するのは大変だったが……。 だが結果は変わらず。私を元に戻す手段はない。あぁ……。最悪。このまま引退か。ヒーロー引退どころか、今後の生活も見通しが立ちそうにない。あー。思い切って大きな病院に……。いやでも、正体バレたら……。今の私じゃひとたまりもない。普通の人にも歯が立たないんだから。 「まあ、今日はここでゆっくりしていきなよ。イチゴ用の施設があるからさ」 谷崎先生の好意で、私はここに止めてもらうことになった。今から家に帰るのも大変だ。先生に送ってもらうのも悪い。家、反対側だし。第一帰った所で、何にも……。 イチゴちゃんのベッドはベッドだった。つまり、私に合ったサイズだった。私の家のベッドはもう大きすぎて、ベッドに寝ている気がしないし、自分が縮んだことを嫌というほど実感させられるので寂しさ倍増だったけど、これなら久々に快眠できそう。寝転がると、柔らかい感触が背中越しに私を迎え入れてくれた。うーん、ドールペット家具は盲点だったなあ。帰ったら買おうか。あでも受け取りどうしよう……。 天井……いや、棚の板をぼーっと見つめていると、イチゴちゃんがベッドに割り込んできた。 「いっしょにお寝んねですー」 「えっ、ちょ……ああ、そっか……」 ベッドはコレ一つで、コレはイチゴちゃんの普段使っているベッドだから、二人で寝ることになるのか。流石に追い出すほど図々しくもなれない。私は体を奥に寄せ、何とかイチゴちゃんが寝られるスペースを捻出した。しかし狭い。しょうがないけど。 イチゴちゃんはあっという間に眠りに落ちた。心底気持ちよさそうな寝顔に、私は少し羨ましくなった。何も悩みなんかなさそう。私は悩みしかないよ。 彼女は仄かに良い香りがする。お風呂に入らなくってもずっと清潔でいられるように、肌が出来ているんだっけ。臭くならないどころか、フローラルないい香りをずっと維持できるようにできているのか。これが彼女の体臭。それに比べたら私は……。一応お湯に浸かってはいるけど、流石に以前ほど丁寧には洗えないし、縮んだせいかいつも使ってるシャンプーやボディーソープも刺激が強くて中々……。随分とみすぼらしくなった自分の体が恥ずかしかった。この子と並んで寝ていると、自分の汚いところが強調されて感じられてしまう。 不意に手が布地に触れた。彼女の……イチゴちゃんが来ているパジャマだ。「服」だった。ハンカチをテープで止めている自分とは全く違う。着せ替え人形のゴワゴワでチクチクする服とは違い、本当の人間の服のようにしっかりと作られている。私は嫉妬を抑えられなかった。人間の私が服を着られないのに、どうしてペットの、人造生物のこの子がこんないい思いしてるんだろう。逆じゃない? 理不尽だ。 やりきれない思いを抱えながら、私はベッドの中で眠りに落ちた。 「みてみて! この子!」 「うわほんと! 新しい子!?」 「だよ~」 「可愛い~」 「? でも、なんかおかしくない?」 「どこが? ……あっ、ほーんと。すっごいリアル寄り~」 「新しいのでたのかな?」 「ん~、ちょっと待って調べてみる……。ないっぽーい」 「えっ、じゃあこの子何? 不良品?」 「じゃなーい?」 「えー、先生可哀想。そういえばこの前もー、新品だと思って買ったら中古品で――」 「あっじゃあさ、先生来る前に直しといてあげない?」 「それいい!」 「あれどこだっけ? 遺伝子復元剤」 「そこに全部あるはず~」 「あった~」 「打と打と!」 左腕にチクリと刺すような痛みが走り、私は目を覚ました。天井ではない天井、部屋ではない部屋に一瞬戸惑ってしまう。自分が先生のクリニックの棚で一夜を明かしたのだということを思い出し、寝ぼけ眼で外を見た。そこには知らない巨人の女性が二人、こっちを見てニコニコと笑っている。 (!? ……まずいっ) 今日は先生が早く来てくれることになっていたはずなんだけど、寝坊したのか忘れたのかそれとも……。このクリニックの看護師に見られてしまった。どうしよう。私がここにいるとバレれば、悪党がおしよせてくるに違いない。先生たちもどうなるか……。 「おはよう~」 「……? お、はよう……ございます……」 看護士さんたちは、身長17センチの小人を見ても、何一つ動じることなく、朗らかに挨拶してきた。先生が話したのだろうか? 状況がわからないし、下手に動けない。 不意に気配を感じて横をみると、イチゴちゃんが着替えていた。まるでアニメのアイドルみたいな可愛らしい派手な衣装に。ピンクの髪にデフォルメされた顔がよくマッチしていて、アニメの世界から抜け出てきたみたいだった。看護師さんは彼女を手のひらに座らせ、どこかへ連れ去ってしまった。 「ねえねえ。お名前、なんていうの?」 残った看護師が私に問いかけた。ああ。やっとわかった。私をドールペットだと思っているんだ。そりゃそうか。小人なんているわけないから、そうなる。いやでも、変じゃない? さっきみたイチゴちゃん、ホントに可愛かった。それに比べたら私は……。顔はデフォルメされていないし、肌も手入れしてない大人のそれだし、普通のドールペットじゃないってわかりそうなもんだ。いや、だからこそこれはラッキーかも? とにかく、先生が来てくれるまで人間だとバレないようやり過ごさないと。 「えっと……私は……」 しかし困った。本名を名乗る訳にはいかないし、ましてやヒーロー名も明かせない。適当な偽名を名乗れば……。けどあんまり固い名前も変だよね。人間っぽくなっちゃう。ドールペットだと思われてるんだから、それで乗り切ってしまいたい。ドールペットの名前……イチゴちゃん……っぽい感じ……? 「……ミカン。ミカンです」 私は彼女に合わせて、パッと頭に思い浮かんだ果物ネームを名乗った。同時に、顔が紅潮した。 「あら可愛い名前。よろしくねー、ミカンちゃん」 看護士さんは自らも名乗り、指先で私の頭を軽く撫でた。同年代だと思うのだが、物理的にも精神的にも一方的に見下され、幼児みたいに接されているのが悔しかった。しかし、それを訴える気力もわかない。本能が「当然」だと思ってしまう。十倍ある巨人に抵抗しないのは当たり前、可愛がられるのは安全を確保できたということで、むしろ喜ばしいことだと……。私はもう、一生対等に戻れないのだろうか。スケールの違いというのがこれほど圧倒的に迫ってくるとは。 そうこうしているうちに先生がやってきた。私が見つかっているのに「あちゃー」と言いたげな顔をしてから、看護師たちに指示を出し、クリニックの準備を始めた。 二人きりになってから、先生は大きな顔を近づけ、私に囁いた。 「ごめん、寝坊しちゃって……」 「ああ、いえ、気にしないでください……」 もう過ぎてしまったことだ。今は一刻も早くこの場を立ち去りたい。が、もう開業時刻だし、今日はここで我慢するしかなさそう。 昼の休業タイムになると、イチゴちゃんが棚に戻ってきた。どこに行っていたんだろう。 「ごはんくださーい」 そう言って幼児みたいにおねだりしている姿は、ちょっと気持ち悪く思えたが、先生や看護師たちは微笑ましく子供を見守るかのようなムードで、イチゴちゃんを可愛がっているのが感じ取れる。みんなからすればアニメ顔の小人だから、こんなぶりぶりの言動でも受け入れられるのだろう。私は同じスケールだから、十代後半ぐらいに見えるイチゴちゃんが歳にそぐわぬように見えて、ちょっとひいてしまう。 看護士さんが四角い灰色の物体をイチゴちゃんに手渡し、彼女は喜んでそれを受け取った。サイコロみたいだが食べ物らしく、イチゴちゃんはそれにかじりつき、ハムスターみたいに頬を膨らませながら食べ始めた。 「ミカンちゃんも」 巨大な指が、灰色のサイコロを私の眼前に突き付けてきた。え……食べるの? これを、私が!? 冗談じゃない。けど、受け取らないとドールペットとして不自然だろうか。ていうか、私はドールペットについてほとんど何も知らないことを改めて思い知る。ドールペットってこれしか食べられないわけ? 普通の食事もとれるけど、ここではこれを食べてるの? どっち? しかし、拒否するのが不自然なのは間違いない……。私はおずおずとサイコロを受け取った。至近で見れば見るほど、人間の食べ物には思えない。ツルッツルで、まるで作り物。ともすればプラスチックにも見える。思ったより柔らかいから、食べられないことはないんだろうけど……。問題は、人間がこれを食べても平気かどうか。ドールペット専用フードなんて、何があるかわからない。先生に聞かないと……。 やっと先生が部屋に戻ってきた。声をかけようとした瞬間、 「マスター、おかえりですー」 とイチゴちゃんが叫んだ。先生もにこやかに答え、自身の弁当を広げる。私は灰色のサイコロを両手に抱えたまま、固まってしまった。 (あれ……ひょっとして、私も「マスター」って呼ばないと……ダメ?) 看護士さんたちの手前、今はドールペットとして振舞わないといけない。だったら「所有者」への呼びかけも、ドールペットとして……。しかし、知り合い、それも男性にマスターなんて呼びかけるのは気が引ける。でも先生は私にあまり注目していない。このままではこのサイコロを食べないといけなくなる。覚悟を……決めるしかない。 「あのっ……ま……マスター! ちょっと……!」 先生は虚をつかれ、驚いて私の方を向いた。私は真っ赤になって、思わずサイコロで顔を隠してしまった。先生が席を立って近づいてくる間、私は後悔と恥ずかしさで逃げ出したい気持ちで一杯だった。 先生は少し屈んで、看護師たちに聞こえないよう小声で囁きかけた。 「あー……別に、その……普通に呼んでもよかったんだけど、ね」 そう言ってやや気まずそうに笑う先生の顔に、私はますます顔を赤く染める羽目になった。イチゴちゃんにはキャラ的にマスター呼びさせているだけで、別にドールペット全般のルールではないこと……。呼び損、私が恥をかいただけだったのだ……。 しかし、一度発した言葉は取り戻せない。看護師さんたちの前では、私は今後も先生をマスターと呼ばなくてはならなくなってしまった。 (ああああ、最悪……) ついで、サイコロは食べても「多分」大丈夫とのことだった。恐る恐るかぶりつくと、食感はパンのようだった。昔給食で食べた揚げパンのような味がする。が、恥で顔が熱を帯び過ぎて、本当にそんな味だったのかどうか、途中からわからなくなってしまった。 午後の診療が始まると、イチゴちゃんは再びいずこかへ運ばれていった。私は棚の中でゴロゴロするだけの時間を過ごし、忙しく働く看護師や先生たちに、劣等感と申し訳なさでやりきれない思いを抱えた。私はこれからどうやって生きていけばいいんだろう。まともな仕事はできないし……。 私の知らないうちに自分の恐ろしい運命が決められていたことを知らされたのは、その日の夜になってからだった。 「な、なんですかその……遺伝子復元剤って……!?」 私が寝ている間に看護師たちが注射した。先生もさっき知ったのだという。人造生物はやや不安定なところがあるため、遺伝子異常が発生した際、それを修復するためにある薬らしい。 「じゃ、じゃあ……私、遺伝子がドールペットになっちゃう……ってこと!?」 信じられない。そんな……そんな馬鹿な、酷いことが……。 「いや、それは……わからないけど。小動物専用だから、大きめの人造生物、それに普通の生き物には効果ない……んだけどね……」 先生は不安そうに私を見下ろした。小さくなっている今の私には、ひょっとしたら効果があるかもしれない。その場合、私は本当にドールペットになってしまうかもしれない。 「な……治せないんですか?」 「残念だけど……」 そんな……そんな。酷すぎる。小さくなっただけじゃなく、まさか遺伝子までドールペットに改造されてしまうなんて……。私、人間ですらなくなってしまうの!? 私は涙でベッドを濡らした。今はしばらく様子をみよう、ということになり、家に帰るのはとりやめ、引き続きクリニックで過ごすことになった。ああ……。どうかお願い、効果ありませんように……! 「お寝んねですー」 イチゴちゃんは昨日と変わらず、私に甘えてくる。フィギュアみたいな髪と肌、アニメみたいな顔……。 (わ……私もこうなるの? 嘘……) あまりにも現実離れした事態に、私は想像もできなかった。自分がこの子と同じ存在に変化してしまうかもしれないと思うと、余りの恐ろしさに背筋がぞくっとする。 答えは早く出た。翌日にはもう体に変化が生じ、私の肌はかなり綺麗になっていた。画像修正をかけたかのような肌色一色。まだ人間っぽいところはあるけど、遺伝子がドールペット化してしまったことは明らかだ。 鏡の前であっけにとられる私に、看護師が声をかけた。 「ふふっ、直ってよかったね、ミカンちゃん」 私は我慢できず、キッと睨みつけた。わかってるの!? あなたが余計なことをしたせいで、とんでもないことに……。私は、私は人間……だった、のに……。 彼女は私の怒りを不安と受け取り、 「大丈夫。三日もすれば、元通りだから」 と励ました。私はゾッとした。 (な、何よ、元通りって……。私、私はドールペットじゃないのよ!) と叫びたかったが、叫んだところでどうにもならない。私の正体がバレてしまうだけ。事態は悪化している。ドールペットなんかになってしまった以上、私の秘密はますます守らなければならなくなったのだから。元凶であるこの女性を責めることすらできない上、その人の前で私はドールペットを演じなければならないのだという屈辱。 (うっ……う、うぅ……) 私は泣いた。泣かずにはいられなかった。看護師さんは優しく私の頭を撫でて、業務に戻っていった。 翌日。私の肌はイチゴちゃんのそれとほぼ同じ、樹脂っぽい質感を放ち始めてしまった。生き物の肌とは思えない均質な色合い。もう血管も見えない。産毛もない。顔もデフォルメが効いてきて、やや写実よりの漫画みたいだった。私の顔の特徴がどんどんスポイルされていくことに、心底縮みあがった。私が私でなくなっていく。 髪の毛も一本一本が融合し、房を形成しつつある。一つの塊になろうとしている。フィギュアの頭みたいに。染めてもいないのに黄色く変色もしている。地毛の色そのものが書き換えられてしまったのだ。 何より恐ろしいのは、乳首と、股間のモノが消失しつつあること、乳首は肌と全く同じ色に染まり、小さな小さな突起に姿を変えた。明日にはきっと……消えてしまうんだろう。股間も穴という穴が塞がり、尿意も便意も催さなくなってきた。股間にはうっすらと筋の跡が残るだけ。明日にはマネキンか着せ替え人形のようなボディに変貌して、二度と戻らないのかと思うと恐ろしい。 「ねえ先生、ミカンちゃんにもお洋服着せてあげましょうよ」 「そうですよ、可愛そうですよ」 私が綺麗になったからか、看護師たちが口々にそんなことを言い出した。いつまでもハンカチじゃ可哀想だというのだ。私も、イチゴちゃんが可愛い衣装を着ているのに、自分がコレなのは惨めに思っている。でも、ドールペット用の衣装に袖を通すことは、私が自分をドールペットだと認めてしまうようで二の足を踏んでいたのだ。 「う? うーん、本人がいいなら……」 先生がこっちをチラチラみながら、情けない態度で認めてしまった。ああ……この時が来てしまった。 「はーいミカンちゃん、お着替えしましょうね~」 「じ、自分で着られます……っ」 冗談じゃない。着せ替え人形にされるだなんて。私はペットでも人形でもないんだから。 用意されたのは水色のエプロンドレス。不思議の国のアリスを思わせる可愛らしい服だった。拒否したい。この歳でこんな格好をして人前に……先生だっているのに……。でも、あまりにも人間っぽく振舞ってもまずい。私は渋々、ハンカチを床に落とし、アリスの服を手に取った。 久々に着る「服」は着心地が良かった。ドールペット用の衣装にも関わらず、私はちょっとだけ人としての尊厳を取り戻せたように感じてしまい、心がモヤモヤした。 「きゃー、可愛いー」 「ミカンちゃん、こっち向いてー」 「あっ、しゃ、写真は……」 黄色くそまった髪とかみ合わさって、私はすっかりアリスのフィギュアみたいな姿になってしまった。先生までもがちょっと嬉しそうに褒めてくるので、私は耳まで真っ赤になってベッドにダイブしてしまった。あああ、この歳でこんなフリフリの衣装着て、何やってんだ私……。自分で「結構可愛いかも」と思ってしまったのも悔しい。 幸い撮影は先生が止めてくれた。私がここにいるってわかったらいつ悪党が襲ってくるかわからない。けど、明日にはきっと……写真が流出しても、私だとはわからない顔になってしまっているだろう。 夜になると、戻ってきたイチゴちゃんも「ミカンちゃん可愛いですー」と言って抱き着いてくるので困ってしまった。私はあなたの仲間じゃない、一緒にしないで……と言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は耐え抜いた。ドールペットに頭を撫でられて可愛がられるという屈辱にも。 三日目。遺伝子の「復元」が完了してしまった。私の顔はすっかりアニメ世界の住人のものとなり、可愛らしい中学生のキャラクターにしか見えないほど幼くなっている。髪は黄色を飛び越しオレンジ色に染まり、奇しくもミカンという名前と合致した。 胸からは乳首が完全に消失し、ただの滑らかな曲面となり、股間からも一切の痕跡が消え、ツルツルの平坦な、マネキンのような姿が完成した。私はいよいよ、正真正銘のドールペットになり果ててしまったのだ。遺伝子そのものを書き換えられてしまった今、誰かが私を調べても、生物学的に間違いなくドールペットという結果しか出ない。私はもう人間ではなくなってしまった。 「ごめん、本当にごめん」 先生はそう言って何度も謝罪したが、私は頭が真っ白で、右から左へ謝罪の言葉は流れ出ていった。これからどうしたらいいんだろう。まさかドールペットになってしまうとは……。助けを求められる相手もいないし、そもそももう、信じてももらえるかどうか……。かつてのスーパーヒーローが可愛らしいペットになってリボン満載のアリスのコスプレをしているだなんて、誰が想像できるだろう。 先生はこのままクリニックにしばらく滞在したらどうか、と提案した。元に戻す方法が見つかればすぐ教えられるし、運よく(よくない)看護士たちにはドールペットだと思われているから、正体がバレないように暮らしていくことができる。その体で一人で暮らすのは大変だろう……と。 「……うん」 私が人間、花咲クルミだということを知るのは世界でただ一人、谷崎先生だけだ。面倒をみてもらうなら、彼に頼むにこしたことはない。迷惑じゃなければだけど……。 私の滞在をイチゴちゃんは心底喜び、両手を握って明日からよろしくねー、と言った。私はこの子がちょっと苦手だ。同じサイズの私かみれば体と精神の年齢が合ってないように見えるし、何よりもクリクリの大きな瞳、綺麗すぎる肌が、今の私の鏡だから。自分もこんな姿なのか、同じ同列の存在なのかと、彼女を見る度にその事実を否応なく突き付けられるようで。 ドールペットとしての朝が来た。昨日までと同じように看護師と先生がせわしなく行き来する。私が人間であろうが、ドールペットであろうが、何も変わりなく進行している様が胸に刺さる。 例によってイチゴちゃんがどこかへ運ばれた後、戻ってきた看護師が言った。 「ミカンちゃんも無事直ったし、今日から出てみよっか」 「へ?」 答える間もなく、巨大な手が私を掴み、棚から引きずり出した。ヒーロー活動で高所は慣れているものの、巨人に全身を掴まれるのは始めてだ。恐ろしい。本能が恐怖の警告を発している。スーパーパワーなんて持てない普通の女性にも敵わなくなった自分が情けない。ますます、正体がバレるわけにはいかない。 看護士は待合室に出た。一体どこへ連れていくつもりなんだろう。人目にはつきたくない。正体云々関係なく、こんな惨めな姿、誰にも見せたくないよ。 待合室の奥に、もう一つの空間があった。靴を脱いで上がるカラフルな床と可愛らしい髪飾りが貼ってある壁。絵本や玩具がゴロゴロと転がり、その中心にイチゴちゃんがいた。看護士は私をその横に下ろすと、 「それじゃ、頑張ってね」 と告げて去っていった。え……ええ!? ちょっと何、どういうこと!? ここは……。子供用の……遊ぶスペース!? いつも裏から入るので、あまり記憶に残っていなかった。そういえば、待合室には小さい子供が遊べるスペースがあったっけ。で、でもなんで私がここに? 戻らなきゃ……。 「ミカンちゃーん、今日からよろしくですー」 「え、ちょ、待って、私は……」 イチゴちゃんに手を掴まれ、私は逃亡を阻止された。段々わかってきた。私は……私とイチゴちゃんは、その辺に転がっている積み木やロボットと同じ……子供用の玩具なのだ! 冗談じゃない。子供の玩具になるなんて。どんな目に遭わされるかわかったものじゃない。しかしイチゴちゃんが手を離してくれない。 「あそこが玩具箱でー、あっちが……」 ああもういいから。私はやんないから。 そうこうしている間に、クリニックが開業し、最初のお客さんがやってきてしまった。ああ……最悪。もう昼まで戻れないじゃん。 小児科だから当然だが、親子連れで、小さな幼児はすぐ子供用スペースに上がり込んできた。 「あーい」 ほかの玩具や絵本には目もくれず、私たちに突進してきた。 「おはよー! ドールペットのイチゴだよ!」 「イチゴしゃーん」 幼児は勢いよくイチゴちゃんを掴み上げ、遠慮なく撫でまわし始めた。ひえ~。そして私の方を振り向き、汚れなき瞳で何かを期待する眼差しを向けた。 (え……えっ、何、どうすればいいの?) 私はさっきイチゴちゃんがやった自己紹介を思い出した。やらなきゃ……いけないの? うぅ……。できれば御免被りたい。でも「おかしなドールペットがいる」みたいな噂が広まれば、悪党が私と結びつける可能性は低くない……。 「ど……ドールペットのミカン……です」 言っちゃった。ついに私は自らドールペットを名乗る羽目に……。思った以上にズシンとくる。子供の前でフリフリの格好しているだけでも恥ずかしいし……。 「あーい!」 幼児はイチゴちゃんを離すと、今度は私を掴み、勢いよく持ち上げた。 「うわっ、ちょっ……」 セーブのきかない年齢の子供に生殺与奪を握られるのは、これまでの悪党との闘いとは別種の恐怖だった。全身から鳥肌が立つような感覚。私は張り詰めた顔でジェットコースターが終わるのを待つほかない。 「壊しちゃだめよー」 親はそれだけ言って、特に諫めようともしない。 (ちょっ……えっ、それだけぇ!?) ようやく落ち着いたものの、まだ放してくれない。私は全身のあちこちを撫でまわされ、文字通り玩具にされていた。なんて親だ。自分の子供が人を殺しかけてるのにその態度は……ああ。 (私……もう、人じゃないんだ……) わかっていたつもりのことが、全くわかっていなかった。人間じゃないということがどういうことなのか。 幸い、その親子はすぐに看護師に呼び出されたので、私は解放された。私は心臓をバクバクさせながら、両手をついて肩で息をした。こ……怖かった……。イチゴちゃんは同じ目に遭ったのに、ニコニコしている。怖くないの!? それともドールペットにそういう感情はないのだろうか。だったら私も……怖がっちゃダメなの? ニコニコしないとダメ? (無理無理無理!) 「あー、可愛いー!」 気づけば次の子供が来ている。私はビクッと震えて硬直した。今までいろんな悪党と対峙してきたのに、私ときたらあんな幼児がトラウマになってしまっている。情けない……。 今度の子はもう少し年が上。イチゴちゃんが挨拶したので、私も再び挨拶した。 「ドールペットのミカンです。よろしくね……」 また胸がギュッと締め付けられるような思いがした。私が自分の意思でこの挨拶をするたびに、人間・花咲クルミが過去へ遠ざかっていくような気がする。 今度の子は着せ替え遊びをしたがった。彼女は玩具箱の中からピンクの箱を取り出し、それを開く。中にはドールペット用の衣装が詰まっていた。 「イチゴちゃーん、ほらぬぎぬぎ~」 「わーい」 イチゴちゃんは抵抗することなく、彼女に身を委ねた。心底嬉しそうにニコニコと笑っている。アイドル衣装を脱がされ、代わりに派手なコスチュームを着せられた。多分アニメ……それも女児向けの、日曜朝にやっているやつだ。 「可愛いー! ありがとー!」 イチゴちゃんはお礼を言ってから、楽しそうにステッキをクルクルと振り回し始めた。子供は私の方を向き、 「次はミカンちゃんね」 と言って私の手を掴んだ。 「あっ……待って、自分で……」 こんな開けた場所で子供に着せ替えられるなんて嫌だ。でっでも……ドールペットぽくないかな。イチゴちゃんのように振舞わないといけないのなら……。 私は抵抗を諦め、大人しく両手を掲げてバンザイした。そっと服を脱がされていく。屈辱だった。近くに座っているこの子の親が父親である分、余計に恥ずかしい。でもその人は私の裸になど一切の興味を示していない。ただ我が子だけを見つめている。私は安堵と怒りがない交ぜになって、自分がどう扱ってほしいのか、自分でもよくわからなくなってきた。 「どうミカンちゃん?」 私は真っ白なウェディングドレスを被せられた。肘まで覆う白い手袋も。うう……初めて着る花嫁衣装がまさか……子供の着せ替え人形としてだなんて……。クリニックの待合室でウェディングドレスという場違いすぎる状況に、私は恥ずかしくて俯いてしまった。 (ダメ……イチゴちゃんみたいに……しないと……) 私は勇気を振り絞って顔を上げ、声を震わせながら言った。 「あ……ありがとう。とっても綺麗……」 やがて子供が増えてくると、こなさなければならない遊びの幅が広がっていった。ある子にはままごとを強要され、また違う子にはアイドルアニメのダンスを踊るよう指示され……。ままごとは子供の遊びにつきあってあげているんだと自分を納得させて臨んだが、ダンスはどうにもならない。知らないもん。 「ご、ごめんね。私、そのダンスはその……まだ覚えてなくて」 あっ、「まだ」って言っちゃった。この子が常連さんじゃないことを祈るばかりだ。子供たちの前で、いい歳してアイドルダンスの再現なんて大恥をかかなくて済んだはずなのに、あからさまにガックリしている子供の顔を見ると、それはそれで胸が痛んだ。 だが、イチゴちゃんはそのダンスを知っているらしく、アイドルのコスプレまでして見事にこなしてみせた。 (おお……) 私もちょっと感心してしまうほど。子供からすれば、アニメが現実になったように見えたことだろう。イチゴちゃんを褒めそやし、勢いよく頭をなでる。私はそれを脇から見つめていた。 (しょ……しょうがないじゃない、私、今日が初めてだし……。やろうと思えば人間の私の方が上手く……) って、何考えてるの。いつの間にかドールペットとして対抗心を燃やしかけた自分に驚きながら、私はイチゴちゃんと子供の屈託のない笑顔を眺めた。 昼になるとようやく裏に戻してもらえたが、味気ない灰色のサイコロを食べるだけで、リラックスなどできようはずもない。一生分の恥をかき終えたような気がする。先生は見たとこ、私が「表」に出されていたことに気づいていないみたい。でもあんまり助けを求めたくなかった。だって、先生に呼びかける時は……。 「あの……ま、マスター」 こう呼ぶしかないからだ。先生に報告したものの、一度出ちゃったものを引っ込めると要らぬ憶測を呼ぶのではないか、という点は私と一致した。クリニックに置いているドールペットなのに私だけを使わない理由をすぐでっちあげるのも難しい。さっきは問題なくこなしてしまった分、尚更だった。 (う……し、失敗したほうがよかったのかな……) 看護士たちに連れられ、私は午後の診療の間も、子供たちの玩具として待合室のキッズスペースに置かれることになった。 幼児には振り回されるわ、食べられかけるわ、子供にはファッションショーかダンス、ごっこ遊びを強要されるわで、もうくったくた。下手すれば私と同世代の親もいる前で、アニメみたいな格好して幼く振舞わないといけないのは死ぬほど恥ずかしいし、住む世界が変わってしまったことを嫌というほど再認識させられ、到底我慢できるものではない。お勤めを終えた私は、棚の中でベッドを占領しグッタリと寝転がった。イチゴちゃんを立たせているが、譲る気もおきない。 「大丈夫ですか~?」 彼女は文句の一つも言わず、私の心配。ますます自己嫌悪が募り、顔を上げづらい。私が来るまでイチゴちゃんはアレを全部一人で相手していたのかと思うと、素直に尊敬の念が湧くし、その彼女を思いやれることもできずにいる自分が受け入れられない。人間の、それもスーパーヒーローだった私がドールペットより役立たずだなんて、そんなの惨めすぎるじゃない……。 「まあ、今日のところはグッスリ休んで……明日からは出なくていいよう、なんか考えるから」 先生のその言葉が、私のプライドを傷つけた。ドールペットとして見世物玩具になるのは嫌だ。でも、それはそれとして、このまま引き下がるのも悔しい。それに、イチゴちゃんが大変だろうし……。このままじゃ先生に一方的に寄生するだけの小人ニートだ。何でもいいから、役に立ちたい。 「いえ……私、やります……」 とうとう言ってしまった。これで私は、完全にドールペット……。このクリニックの備品に仲間入りだ。でも、何もしないで日がな一日棚で埃を被るだけの生活を続けても、きっと私の尊厳は保てなくなってしまう。先生が帰宅し、イチゴちゃんと二人きりになった静かなクリニックの中で、私はこうするしかなかったんだと、懸命に自分に言い聞かせた。 幼稚園だか保育園だかに再就職したのだと思えばいい。そう自分に言い聞かせながら、私は玩具としての業務を果たす日々を送る羽目になった。ただ、年甲斐もなくフリフリの服を着て歌い踊ることだけは中々慣れない。歌詞も振り付けも覚えられないし。いや、覚えたくないのだ、きっと。同年代の保護者たちがいる前で、ノリノリで魔法少女アニメのEDダンスを踊るだなんて、そうそう成し得るものじゃない。 人間として恥ずかしいのは勿論、完璧に明るくこなすイチゴちゃんに対する劣等感も私を悩ました。人間なのにドールペットに負ける。それもまた別種の恥辱を私に与えてやまない。 練習すればいい……のだが、そのためには誰か大人に機材を頼まなければならない。棚の中には動画を見せてくれるタブレットも、歌詞を書いた紙もないのだから。 でも、まさか先生に対してプリガーのダンスの練習がしたいので、動画を見せてくださいなんて……恥ずかしくって頼めない。私が二十半ばの成人女性、それもちょっと前までは世を賑わしていたヒーローだと知っている先生に。イチゴちゃんに教えて、と頼むのも悔しかった。ドールペットに教えを乞うのはまだ、人としての自意識が許さない。 しかし、よく来る子供に顔と名前を覚えられ、「ミカンちゃんのへたっぴー」「いつ覚えるのー?」などとからかわれるようになってくると、流石に限界だった。ドールペットとしてあからさまにおかしい挙動を続けていると、そのうち噂になって私に恨みを持つ連中がやってこないとも限らない。 私は意を決し、先生に 「マスター。ダンスの練習したいんですけど……」 と懇願した。先生はこれといった特別な反応も示さず、ああいいよと返事して、使い古しのタブレットを棚に置いてくれた。私が先生をマスターと呼ぶことに、もうなんの関心も示さない。まるで当たり前のように。 (むう……) 私はそれが不満だったし、まるで幼児相手のような柔和な口調で 「使い方わかる? これが……」 と説明しだすので、私は一人でできます、と追い出した。なんか段々扱いが本当にペットみたいになってきた。不審に思われないためにはそれがいいんだけど、もうちょっとこう……。 「あら、ダンスの練習? 偉いね~、ミカンちゃん」 看護士が参戦してきた。あまり人がいる時にはしたくないんだけど……。早くあっちいってくんないかな。 「コレ使うといいわよ」 彼女はドールペット用品が収まっている引き出しから何かを取り出した。霧吹きのように見える。 「それなん……」 私が言い終わるより先に、ピンク色の煙が噴射され、私の顔面を襲った。 「ゴホッ、ゴホッ」 予告なしだったので、もろにくらった私はむせた。看護師は「あーごめん。勢い強すぎたね~」と笑いながら謝罪し、霧吹きを引き出しに戻した。 「……何なんですか、それ?」 「学習能力を一時的に高めてくれるの。これですぐに覚えられるから。頑張ってねー」 看護士は良いことをしたと満足そうな表情で仕事に戻っていった。 (えっ、ちょっ……ええ~) いきなり変なものかけないでよ。体に悪影響あったらどうしてくれんの。 「イチゴちゃんはあれ使ったの?」 「うん。すぐにできるようになるよ!」 まあ……それなら大丈夫かな。 先生や看護師がいる前では恥ずかしいので、練習は夜に開始した。動画のプリガーたちは流石アニメのCGだけあり可愛らしい。私がこんなダンスを笑顔でやっちゃっていいのか、と思って手足の動きが小さくなってしまう。イチゴちゃんもアニメみたいに可愛いから合ってるけど、私は……。いや、今は私もこんな顔、こんな肌なんだっけ。私は自分の腕を眺めた。CGモデルかと思うような色合いと質感。見慣れてしまった自分の体。 (吹っ切った方がまだ格好つくかなぁ……) 下手に縮こまって恥じらいを残すより、キチンとやった方がまだ見られるショーかもしれない。イチゴちゃんに「すごいですー」と褒められながら、私は動画の踊りを再現することに努めた。 「可愛いーっ」 わずか一晩だったのに、私は振り付けを完全に覚えることができていた。学習能力を高める気体は、それなりに効果があったらしい。 「ど……どうもね……」 あー、滅茶苦茶恥ずかしかった。子供の前でプリガーのコスプレしてダンスとか……。顔から火が出そう。けど、イチゴちゃんの方が人気だった。理由は自分でもわかる。イチゴちゃん、楽しそうに踊るからだ。私は振り付けは覚えても、まだ笑顔で踊り切るまでは恥を捨てきれていない。 それでもやり切ったというちょっとした満足感が私を久々に高揚させてくれた。子供たちも喜んでくれたし、いっかな……。 「仕事」に慣れてくると、私は子供たちの相手をしながらイチゴちゃんの観察をする余裕も出てきた。 (楽しそう……) あざとい、幼い言動。最初は歳不相応に見えて気持ち悪かったけど、自分とイチゴちゃんの数倍大きい子供たちと遊んでいると、自然な振舞いに見えてくるから不思議だ。 (私も……あんな風にしたほうがいいのかな……?) その時、待合室の中に、見知った顔を発見してしまった。 (げっ……!) 数年前にボコったことがあるチンピラ。大分堅気寄りの格好になっているが、あの特徴的な面構えと傷は間違いない。私は思わず顔を背けた。バレてない……よね? まさか。小児科クリニックの人形が、かつて自分を打ちのめしたスーパーヒーローの成れの果てだなんて、わかるはずがない。多分、あの人程度なら、私が縮んだという情報も回っていないだろうし……。 それでも、私はその人と子供が帰るまで、あまり大きな声が出せず、動きも固くなった。その結果、 「ミカンちゃんどうしたのー?」 と言われてしまう始末。まずい。見られたくない。見られてもバレないとしても。 「う……ううん、大丈夫」 私は意図して、声を少し高めにした。イチゴちゃんはアニメみたいにキンキンのボイスだし、私もちょっとぐらい媚びた声にしても、普通……いや、ドールペットとしては、むしろ自然だろう。 私はその日、考えを改めた。いつ、どこで誰が見ているかわからない。顔はデフォルメされ、髪はロングのオレンジ色になっても、私が小さくなったという情報さえ知っていれば、真相に到達する可能性はゼロじゃない。そのためには……もっと、ドールペットっぽく振舞うこと……。すなわち、イチゴちゃんみたいに、幼い子供みたいに……あざといぶりっ子な言動をすること。 いきなりは無理でも、私はちょっとずつキャラを作り始めた。子供たちの前にいる間は、声をアニメみたいに高くして、言動もちょっと芝居がかった調子で、可愛らしく、幼く……。この歳で何やってんだと冷静になる度ダメージを受けてしまうけど、正体がバレないためには仕方ないと自分に言い聞かせ、私は自分をドールペットに寄せていった。 「えへっ」 私は着せ替えられた後、可愛らしくポーズしてウィンクした。子供たちはとても喜んでくれたので、私は引き続き笑顔で 「ありがとっ」 と応対。キャラ作りから二週間ぐらい経ったろうか。今は意識せずとも自然にアニメボイスで喋れるし、ぶりっ子……可愛らしい言動で振舞えるようになってきた。元の私がこの言動をしているところを想像してしまうと死にたくなるけど、今はまあ……ドールペットなんだし、見た目はアニメみたいなフィギュアだから、まあ……イケる……はず。そう思わないとやっていけない。 アイドルアニメ魔法少女アニメのダンスも、イチゴちゃん動揺笑顔で踊れるようになった。これでもう私をドールペットだと思わない人はいないだろう。不意に敵がこのクリニックを訪れたとしても、私だとわかることはありえない、きっと。 診療が終わった夜。私はイチゴちゃんと一緒に棚に戻された。久々に先生が話しかけてきてくれたので、私も答えた。 「最近楽しそうだよね。慣れてきた感じ?」 「うんっ、私、とっても楽しいっ……あっ、ぃゃ、その……」 私は真っ赤になった。つい、いつもの調子で、子供たち用のキャラで……。キンキンの声で語尾を上げ、わざとらしく体を揺らしながら答えてしまった。 「良かったよ。カウンセリングとか必要かなとか、心配してたんだけど」 「も、もうっ、大丈夫ですよっ……ぁ」 ま、またやっちゃった。先生と二人だから、普通でいいのに……。なんかおかしい。体が思うように動かないというか、勝手に……? せめてツッコんでくれれば楽になるのに、先生は私のぶりっ子キャラに何一つ動じる様子を見せない。そのせいでますます恥ずかしくなってくる。 (普通、普通に。もう仕事終わったんだから) 「ねーマスターっ。私今日ねっ、」 (ちょ、ちょっと!? 何で……!?) まるでイチゴちゃんみたいな振る舞いが止まらない。声も本来の調子に戻せない。私は混乱した。普通に、素で振舞おうとしているのに、何故か高い声でキャラ対応してしまう。 「……」 私は耳まで赤く染めて、押し黙るしかなかった。 「よしよし、いい子いい子」 先生もとうとう、幼児をあやすかのような態度をとり、私を優しく撫でた。 (あ、あうぅ……) 照れと恥じらいで、私は身動きがとれなかった。 その日、先生が帰ってイチゴちゃんと二人きりになっても、私のお芝居は解けなかった。 「ミカンちゃん、お寝んねしよっ」 「うんっ、一緒にお寝んねしよっ」 (なぁ、なんで!?) ダメだ。上手く体が……言うことを……きかない。ぶりっ子になっちゃう、どうしても……。する必要のない時間なのに。 ベッドに二人で横たわりながら、私は原因を考えた。仕事に熱中しすぎた……いや。明らかにそういう感じじゃない。見えない力に……。私の意志じゃない何かが体に干渉しているような感覚がある。そんなことがありえ……遺伝子がドールペットになったことと何か関係が……いや……あ! 暗がりの中、私はイチゴちゃんに尋ねた。 「ね、ねえイチゴちゃん、起きてる?」 「うんっ」 「あの……そのねっ、お勉強できるやつ……いつまで効果が続くのかな、って」 「えっとねー、確か二週間ぐらいだったと思うよー」 「わかったわっ、ありがとねイチゴちゃんっ……」 私の胸がギュッと強く締め付けられる。やっちゃった……。てっきり一晩ぐらいだと思ってたアレ。私の学習能力は、この二週間高まりっぱなしだったのだ。私が懸命にキャラ作りに励んだこの二週間。私は自分が作り上げたドールペットキャラを学習してしまい、すっかり身に染み込ませてしまったのだ。 (やっ……やだっ、そんな……) 私はベッドの中で静かに悶えた。冗談じゃない。私、ひょっとして二度と普通に振舞えないの!? 事情を知っている先生の前でも、あざとく接する必要のない業務外でも……。私は幼いドールペットとして、一生媚びた言動で可愛く振舞い続けなければならないのだろうか。 (い、嫌よそんなの。それじゃ、これじゃあ、私……本当に、完全なドールペット……に……) 「あっ、おはようイチゴちゃんミカンちゃん。よく寝れた?」 「あはっ、おはようございまーす! 私、もーグッスリ!」 「もうすぐ始業だから、着替えといてね」 「うんっ、とっても可愛くしておくねっ。がんばろーね、イチゴちゃんっ」 「うんっ、ミカンちゃんもねっ!」
Comments
コメントありがとうございます。とても励みになります。
opq
2020-12-15 13:54:41 +0000 UTC新しい仕事を頑張ってドールペット同士の手本を志すのはいいですね。名前変化もいつも好きです。
rollingcomputer
2020-12-13 18:17:03 +0000 UTC