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逆転人形①

「ただいま~!」 誰もいない1LDKの城に、私の声が響き渡った。テーブルの上に転がっているプラスチック製の安っぽい懐中電灯のようなライトを手に取り、本棚の一番下の棚にむけてスイッチを入れた。18センチ前後のフィギュアが数体並ぶ中、一際大きな30センチ大のフィギュアがゆっくりと歩き出した。 「おかえりなさい、マスター」 私のAIフィギュア、ルナだ。黒いゴスロリの衣装に、流れるような銀髪、妖しく光る赤い瞳。可愛い。綺麗。うちの子最高。 「ただいまルナちゃ~ん、いい子にしてたぁ~?」 私はルナを持ち上げ頬ずりした。固めてたんだからいい子もなにもないけど、そんなことはどうでもいい。 「もちろんよ」 またこの声がたまらない。凛とした芯のあるお嬢様ボイス。設定したのは私だけど、こうして自発的に動いて喋っているルナを見ていると、本当に生きているとしか思えない。 着替えて風呂が沸くのを待っている間、ぼやーっとSNSを眺めて過ごした。大体みんな「うちの子」の話題ばかり。私もまた写真撮ってあげないとなあ。みんなのAIフィギュアもなかなかだけど、やっぱりルナが一番よ。 流れていくツイートの中に、フォロワーのイラストがあった。あーまだ描いてるのかこの人。この人AIフィギュア買ってないんだっけ? 話題に出してた記憶はないなあ。 人間のように振舞うAIを搭載したフィギュアが流行りだしてから大分経つ。人気はうなぎ登りで、反比例するかのようにペットの需要が大幅に減少しているんだそうだ。顔、スタイル、声、服装、性格、何から何まで自由にできる上、一切文句を言ったりしないのだから、そりゃ人気がでる。何しろ、下の世話をしなくていいのが楽でいい。清潔だし。専用の台座に乗せとけば充電できるし、口頭で指示すれば台座に行ってくれるから本当に楽なのだ。ルナを買ってから結婚する気がなくなっちゃったし、絵を描くこともなくなった。ルナを着せ替え、ポーズをつけて、写真を撮ったり、一緒に遊んだりしてその様を撮影しアップ、最近はずっとそんな感じだ。他の皆も概ねそんな傾向にある。元々は同カプ者繋がりだったのだけど、今はもうみんな「うちの子」の写真や動画や自慢話を垂れ流すばかりで、誰も絵なんて描かなくなった。だからまだ同人活動やってる人がいると目立つ。まあこの人学生っぽいしね。社会人になったら疲れて時間も気力もなくなって、癒しを求めてAIフィギュアを購入、そしたら後は「うちの子が、うちの子がー」と垂れ流すだけになる。私もその一人。でもそのことをやましく感じたことは一度もない。だってルナ可愛いんだもん。 風呂から上がると、早速ルナの撮影会を開始した。わからんちんのフォロワー共に、あなた達の人形なんかりよりうちのルナこそが断然可愛いってことを教えてやらないといけない。 「ルナちゃ~ん、お着替えしましょうね~」 私は猫なで声を発しながらルナに両手を挙げさせた。AIフィギュアは命令されれば自発的に着替えることも可能なんだけど、うちではいつも私が着替えさせて可愛がっている。 新しいゴスロリ衣装はルナにとてもよく似合った。美しい……。昔は制服とかラブリーなフリフリ衣装やメイド服やチアガールやら着せて遊んでいた時期もあったけど、今ではゴスロリ路線ばかり攻めている。だってすっごく映えるんだもん。 「ポーズとって、ポーズ!」 私は大きなカメラを構えながらルナに対して矢継ぎ早に指示を飛ばした。お嬢様のような凛とした佇まいもいいが、満面の笑みや活発なポーズもなかなかギャップがあっていい。儚げな表情をさせてもいいし、悲しそうな顔をさせるとこっちの心臓がドキドキする。うちのルナは何をさせても可愛い。 「こうかしら?」 「そう! いいよ! 可愛い! そのまま!」 シャッターを切りまくり、中に満足できる一枚があることを確認すると、次は動画に移った。狭く散らかった私の家ではあまり大がかりなものは撮れないが、それでもちょっとした美しい所作ぐらいなら部屋を映さずに撮影できる。 ゆっくりと振り向いてから不敵な笑みを浮かべる様子を動画に収め、私はすぐにSNSにアップした。来た来た。すぐに反応が来た。どんどん増える。 「ほら見てルナ~。やっぱりうちのルナが一番可愛いって~」 「ふふっ、なんだか照れちゃうわ」 その後もルナと散々いちゃついてから、私はルナに棚に戻るよう指示した。フィギュアたちの中心に設置してある白い円形の台座。そこがルナの家だ。 「はいじゃあルナちゃ~ん、ポーズとって~」 「これかしら?」 ルナは今日私が一番いいと思った写真そのままのポーズと表情を再現してみせた。さっすがわかってるぅ~。AIフィギュアの学習機能は相当な優れものだ。 「それよ! はい、ポーズっ」 私はポーズライトをルナに照射した。フィギュアを固めるための玩具で、これを浴びせるとフィギュアは一瞬でカチカチに固まり、一切動くことが無くなる。つまり、とらせたいポーズや表情を保存することができるってわけ。 「あ~、やっぱ可愛い~」 美しいフィギュアと化したルナは、さっきまで動き、話していたのが嘘のように静止していた。周りのフィギュアと同じように、最初からこのポーズで成型されたかのようだ。 「おやすみー」 私は消灯してベッドに転がった。明日もまた仕事……。休日はまだ先だ。憂鬱になるけど、それでもルナがいるからなんとかなれる。 (はぁーっ、ずっとルナと一緒に遊べたらいいのになぁ~) 仕事いきたくなーい。最近寝る前に考えることはいつも同じだ。会社消えないかなー。はぁ。 神様か、それとも悪魔が私のぼやきを聞き届けたのだろうか。ある日私は服のサイズが合わないことに気づいた。靴もいつもより大きくて、少し歩けば脱げてしまう。数日後、私は入院する羽目になった。縮小病。体が縮んでいく奇病に冒されていたのだ。現在治療法はなく、ただ縮むのが止まるのを待つしかないという絶望的な病気。中でも私は症状が重く、最終的に十分の一サイズにまで縮んでしまった。16センチ、定規一つ分。私はもう働くことはおろか、表を歩くことも、日常生活を送ることもできない体になってしまったのだ。 会社行きたくないなー、なんて毎夜願っていたのが悪かったのだろうか。それにしても酷い。周りはみんな巨人と化して、見る度震え上がってしまう。まるで映画の怪獣のように地響きをたてながらゆっくりと闊歩するし、臭い息を吐きながら巨大な顔をこっちに近づけてくるのだ。小さくなったことで、見たくもないものがどうしたって見えてしまう。ざらざらの肌、毛穴、垢、産毛、血管、目ヤニ。人の顔や指ってこんなにも汚かったのかと驚かされる。体臭もつらかった。臭わないとされる人でも、小さくなった私にはきつく感じる。 退院後、広い閑散とした家の中で、私は茫然としていた。近くに頼れる親戚や友人もいない。あんなに狭かった1LDKの我が家が、今はまるで大洞窟のようだ。これからどうやって生きていけばいいんだろう。 長い廊下を渡り終え、ドアの隙間から部屋に入った。まるで鬱蒼と茂るジャングルのように、ゴミやら本やらが散乱している。片付けておけばよかった。 幸い、こたつが出しっぱなしだったので、何とかその上にあがれた。大きなリモコン……。私と同じぐらいか。この車みたいな建造物を片手でほいほい使っていただなんて信じられない。別世界に来てしまったみたい。見る物全てがすぐにはなんだかわかなくって、脳が混乱する。 ふと、安っぽいピンクのライトが目に留まった。何だっけコレ……。 (あっ!) 私は思い出した。この部屋に住んでいたのは私一人じゃなかったことを。 「ルナ! ルナ!」 慌ててあちこち見渡し、本棚の下で埃を被っているフィギュアの一群を発見した。その中でも突出して大きいゴスロリ人形がいる。ルナだ。あの子を動かせば、生活を手伝ってくれるはず。 私はライトを押して動かし、棚に方角を合わせ、全身で覆いかぶさり、両足でライトを挟みながら固定し、両手でスイッチを引いた。 (届くかな?) 一瞬の沈黙の後、ルナが蘇った。棚から降りて、あたりを見渡している。私を探してるんだ。 「ここ! ここよ!」 私は立ち上がり、両手を振って叫んだ。ルナはすぐに気づき、こたつの上まで登ってきてくれた。 「あら……? どうしちゃったの、マスター? まるでお人形みたいね」 病院の巨人たちほどではないにしろ、ルナも巨大だった。何となく同じ目線であることを想像していたので面食らった。そっか、30センチだもんね。私は16センチ。倍か……。 ぽろぽろと涙がこぼれ、私はルナに抱き着いてしまった。人形よりも小さくなってしまったのだということを目の前に突き付けられて、あんまりにも惨めで仕方なかった。 「あらあら……」 ルナに優しく頭を撫でられると、安心と恥ずかしさの両方が私を襲った。もう……まるで子供みたい……。自分の人形にあやしてもらうだなんて……。 それでも、たった一人の小人ではなくなった安心感が私を癒してくれた。 ルナは飽きることも呆れることもなく、呼べば必ず来てくれるし、指示すればできることはやってくれた。移動の際も抱っこして運んでくれる。人形に抱かれるのは中々恥ずかしいけど、贅沢は言っていられない。ゴミを脇にどけて最低限の通路は作れたものの、30センチのルナでは本格的な掃除、家事を行うことはできない。そもそもそんな機能もない。よく出来た着せ替え人形でしかないんだから。 残り少ない貯金をはたき、私はメイドロボットを購入した。あんまり大きくても怖いから、小柄なタイプを選んだ。身長150センチ。それでもやっぱり、私の十倍近くある。 業者の人にセットアップもやってもらい、メイドロボは無事に起動した。私が指示をすれば即「わかりました」と言って家事をこなしてくれる。見る見るうちに部屋が片付き、薄暗い洞窟だった我が家が明るい町に様変わり。 「うわあー、すごい! ありがとー!」 私は涙を流して喜んだ。二度と手が届かなくなった照明が点いてくれる日が来るなんて。 メイドロボのケイトには、家事だけでなく、私の世話もお願いできた。私を持ち運んでくれる。体感数メートルの高さに持ち上げられ、壁も命綱もない手の上で風を感じるのは生きた心地がしなかったけど。それも徐々に慣れてくると、あんまり気にならなくなった。 病院の時はずっと慣れなかったのに、なんでだろう? ルナとケイトは病院の人たちと何が違うんだろう? 必ず命令を聞いてくれることへの安心? うーん。 ある日、ルナの膝に座ってテレビを見ている時に理解した。臭くない。ルナからは一切の体臭を感じない。人形だからか。振り返って見上げると、ルナの大きな顔がよく見えた。彼女が静かに微笑んだ時、その美しさに見惚れてしまった。 (ルナ綺麗~。やっぱうちの子最高じゃん……) いいなあ。病院じゃ、人の顔なんて直視できなかったしね。……なんでだっけ? 入院生活のことを思い出してみると、迫力のある巨人の顔がフラッシュバックし、鳥肌が立った。そうだ。めっちゃ汚かったんだよ。目に入れたくないようなものがズームアップされてて……。ルナの肌は綺麗だ。艶々してる。人形だから当たり前か。 「ケイトー。ちょっとこっち来て~」 私はケイトに、顔を近くに寄せるよう指示した。ケイトは小柄だけど、スケールは普通の人間と同じ。あの巨人たちと同じ。でも、ルナと同様、不快感のない、綺麗な顔だった。すごい。肌荒れも血管も垢も目ヤニもない、鼻毛も血管も見えない。私が元の大きさだった時はみんなの顔がこうみえてたんだよね。寂しくなって、少しウルっときた。いや、ケイトはそれ以上だよ。化粧しててもここまで綺麗じゃなかったはず。画像修正したみたいにハリのある肌。肌色一色。人形みたい。まあロボットだから人形か……。 私は二人が羨ましかった。トイレに行かなくてもいいし、お風呂に入らなくても体は汚れない。ルナの体は特殊な素材でできていて、ナノマシンが常に汚れを分解しているって、昔調べた覚えがある。いいなあ。私もそうだったらよかったのに。 ケイトが来る前、私はこたつの上にティッシュを敷いて、その上にウンチをしていた。おしっこも小皿に。仕方ないとはいえ、部屋の中央でそんなことをしている自分が恥ずかしくて惨めで、辛かった。かつて醤油を蓄えていたお皿におしっこするのも罪悪感が半端じゃなかった。出したものの処分をルナに頼むのも。可愛いうちの子に生々しくて汚い仕事をやらせているのが申し訳なかったし、一人でトイレの始末もできない自分が人としてあまりに情けなかった。今はケイトがトイレまで運んでくれるようになったとはいえ、普通のトイレは私には大きすぎる。どうやって用を足しているかというと、ケイトがM字開脚した私を支えるように持ち、便座上空に固定、そのまま遥か下へ垂れ流すのだ。後はケイトが水で流してくれる。トイレで用を足せるってだけで幾分気持ちが楽になっても、赤ちゃんみたいに介護されるのが苦痛だった。トイレに行くのも、用を足すのも、お尻を拭くのも、全てケイトがいなくちゃ、自分じゃどうしようもない。いい年してこんな扱いを受けなければならないなんて。 お風呂はまだマシ。洗面器に湯を張って、石鹸の破片さえもらえればなんとかなる。でも面倒なことには変わりないし、普通サイズだった時と比べると断然洗いにくい。髪や肌のケアなんて贅沢なことは夢物語だった。昔に戻りたい。なんでこんな病気発症しちゃったんだろう。一生このままなんだろうか。意識もハッキリしているし、ただ小さいってだけで体も健康体なのに、この年で死ぬまで要介護とは。 (私もルナやケイトみたいだったらいいのに) ボサボサの髪、荒れた肌、完璧な美しさを保ち続ける二人と暮らしていると、嫌でも気になる。この家でトイレにいかなくてはならないのは私だけだ。汚れるのも、臭うのも。 働くことはおろか、外に出ることもままならない私は、ひたすらSNSとネットを巡回するだけの日々を過ごした。そんな中見つけたのが、フィギュアクリームを塗った人の存在。同じ縮小病に罹った人たちの中に、全身にこれを塗って暮らしている人がいるらしいのだ。そんな馬鹿な、と思ったけど、実際に動画を上げているし、まんざら嘘でもなさそうなのだ。 しかし動画を見てみると、それが私と同じ人間だとはどうしても思えなかった。ツルッツルの肌色一色に染まった体、フィギュアみたいに一つの塊となった髪。それでも挙動は普通の髪と同じで、見ていて感覚が狂う。心なしか、顔もデフォルメされたフィギュアのような印象を受けた。その色合いと質感はどうみても出来合いの樹脂製フィギュア。しかし、動いている。生きて動き、話し、表情がたゆみなく変わっていく。AIフィギュアも動くけど、それとはハッキリ違っている。無駄な動作や体の揺れがあり、生きた人間であることが伺える。信じられない。本当にこんなものを全身に、顔まで覆いつくすほどに塗りたくって大丈夫なのだろうか。フィギュアクリームとは艶々した肌色のクリームで、本来フィギュアに塗って使うものだ。人間用じゃない。塗ったフィギュアは艶が出て、色合いがよくなる。それに、クリームに含まれるナノマシンによって汚れを分解する機能を付与することも可能だ。フィギュアに触った時の手垢とかを自動で除去するための機能なんだけど、動画投稿者によると、縮小病患者の体にこれを塗れば、お風呂に入らなくても体を清潔に保てるとか。しかも、股間に厚塗りすれば、おしっこやウンチまで綺麗に分解してくれるらしい。いくらなんでも信じられないや。本当かな。 (でも……) 私は後ろに立っているルナを見た。均質な人形の肌。ケイトも。二人はお風呂もトイレもいらず、それでいていつも美しい。もし……もしもこれが本当だったら、私も二人みたいになれるんだろうか。もうトイレでケイトに真顔で見つめられる中、空中で垂れ流すような恥ずかしい真似もしなくてよくなるの? (試してみる価値あり……かも) そうだ、別に死ぬわけじゃない。ちょっと試してみて、ダメだったら洗い落とせばいいんだ。幸い、昔棚のフィギュアに塗るために買ったやつが残ってたはず。すぐ試せる。よし……。 ケイトに頼んで、私は自分の体にクリームを塗らせた。ケイトの巨大な右手が私を机の上に押さえつけ、左手の指がクリームをすくい、私の体に盛り付ける。指でクリームの塊がゆっくりと薄く延ばされ、私の体に広がっていく。 (う……) 全裸で大の字になって、メイドロボに変なものを塗らせているこの状況が、なんだか酷く間抜けなものに思えてきて、居心地が悪い。くすぐったいし……。ケイトは真顔のまま、粛々と私の全身に肌色の染みを広げていく。 前面を塗り終わると、ケイトに無理やり立たされた。まるで小物を持ち上げるように、腕を掴んでひょいっと軽く。ちょっと傷つく。メイドロボにそんな扱いされるなんて。 私は全裸のまま両腕を横に伸ばし、ケイトがクリームを塗り終わるまで待った。ホントみっともない図だな。腕が終わると、今度は逆さまにぶら下げられた。 「あ、ちょ、ちょっと! おろして!」 流石に怖くて震えてしまった。酷いよもう。こんな持ち方しなくたって……。ケイトはすぐに私を下ろし、今度は机に寝かしつけてきた。指でお腹を押さえられ、どうにも身動きがとれない。指一本で動けなくされちゃうなんて。改めて自分の非力さに泣きそうだった。両足だけ上に伸ばし、ケイトが丁寧にクリームを足の裏まで塗りつけていく。こそばゆい。足が樹脂みたいな質感を放つようになると、今度はケイトが親指と人差し指で私の股を開き、股間を開放させられた。 (あうぅ……) ケイトは指先でクリームを瓶から一山取り出した。私の股間にベチャリと貼り付け、そのまま指先で股間を覆い隠すように広げていく。 (んん……) メイドロボットに拘束され、股間をまさぐられる。とんだ変態プレイだ。誰かに見られたら死ねる。自分の股間を見てみようと首を伸ばすと、こたつの上からジッと私を見ているルナの顔が目に映った。何だか恥ずかしくなって、私は頬を染めて顔を逸らした。 入念に厚くクリームを塗りつけた股間は、ツルッツルの滑らかな曲面となった。一切の凹凸が存在しない、人形みたいな股間。お腹も、手足も、気づけばテカテカと光沢を放つフィギュアみたいに均質で滑らかな肌となっている。 (すごい……) あの動画は嘘じゃなかったんだ、本当に生きたフィギュアになるんだ……。っていやいや! フィギュアっぽく見えるだけでフィギュアになるわけじゃない。でも自分が自分でなくなっていくようでドキドキしてくる。 今度はうつ伏せになり、背中に。次はまた立ち上がり、側面に。直立で万歳させられたまま脇を塗られる時は、まったく着せ替え人形になった気分だった。 最後に顔。私は目をつぶり、ケイトに全てを委ねた。生暖かいクリームの感触が顔面一杯に広がる。指の圧が私の顔全体にかかる。自分の顔が指ぐらい小さいのだということがまたショック。 ケイトはゆっくり、優しく私の顔をクリームで覆っていった。鼻、瞼、耳の裏、そして髪。ケイトは私の髪も肌色のクリームで念入りに厚く塗りたくった。 「終わりました、マスター」 恐る恐る目をあける。特に違和感はない。顔中に塗りたくったはずなのに、突っ張ることもなく、スムーズに顔の筋肉が動かせる。 鏡を見てみると、思わず声が漏れた。そこに映っていたのは、全身肌色一色のフィギュアだった。髪の毛も体と同化し、均質な肌色の塊となっている。これは結構気持ち悪い。 動画の主と同じく、顔はデフォルメされていた。でも感覚は以前と全く変わらない。不思議だった。髪の毛もフィギュアや彫刻みたいな表現で、一つの塊になっているようにしか見えないんだけど、触ってみるとちゃんとサラリとわかれる。徐々に黒色があらわれて、私の髪は鮮やかな黒髪となった。 「わぁ……」 見事なフィギュア人間の完成だった。どうみても全裸の女性……いや少女のフィギュアにしか見えない。あれ? 私こんなに綺麗だったっけ? 若返ってる? しばらく鏡の前でいろいろ動いてみたり、ジッと見つめてみたりして観察した。ああわかった。染み皴血管、その他もろもろの「汚いもの」が全部クリームの海に沈んで、艶々とした肌色で染め上げられてしまったからだ。だから不思議と若く、綺麗に見えるのだ。 (あ……でも、こうしてみると私も結構……) っていやいや。何考えてんの。あのボサボサの髪と疲れ切った薄汚い顔はクリームの下に変わらずあるんだから。 (しかし、変われば変わるもんね……) フィギュア感を醸し出すのはクリームの質感だけど、それ以上にやっぱり股間の影響も大きい。何にもない。すっかり埋まっちゃってるし、そこに何かがあった痕跡すらない。ちょっと撫でてみても、本当にツルツルなのだ。しかも、乳首もなくなってしまっていることに今更気がついた。ていうか、胸自体がちょっと大きくなっているような……? 触って確かめた感触だと、どうやらクリームを多く盛り過ぎて、ちょうど乳首を覆うように、ひと回り胸が大きくなってしまったみたい。光沢のある凹凸のない曲面。ほんとフィギュアみたい。 (ま……いいか……) 別に誰に見せるわけでもなし。私はしばらくこの状態で過ごして、様子を見ることにした。 フィギュアクリームは最高だった。本当の本当に、これを塗ってからトイレに行かなくてもよくなってしまったのだ。16センチまで縮んだ私は、このクリームの汚れ分解機能で間に合ってしまうらしい。お風呂に入らなくても、いつも私の体はピカピカだし、新品のフィギュアのよう。不快感もない。クリームが乾いても、動くのにまったく支障ない。いいこと尽くめだ。もっと早く知ってればなあ。あんな惨めで恥ずかしい用の足し方しないで済んだのに。 「ねえマスター、お着替えしない?」 「? ……ああそっか、でも……」 入院してから今まで、ルナを一度も着せ替えていないことに気がついた。ルナは私が普通の大きさだった最後の日に着せた服、黒いゴシックロリータのドレスのままだ。 「ごめんね、私もルナの可愛いとこ一杯みたいけど……こんなだし……。あっそうだ、ケイトに」 「マスターよ。マスターのお着替え」 「へ? 私? どういう意味?」 「とっても可愛いお洋服をいっぱい見つけたのよ」 こたつの上に大きなプラスチック製の容器があった。いつの間に。ていうか、私の着替えって? 確かに、私もずっと同じ服着てるけど。退院の時もらった白ワンピ。これ以外、16センチの人間用に作った服はない。 「ほらっ、こんなにたくさん」 「わっ!?」 容器の中には、フリルやリボンがたくさんついた派手な衣装がたくさん詰め込まれていた。しかもサイズがこれ……ちょうど私サイズじゃない!? 「……」 あっ、思い出した。これ、ルナを買った時に一緒に買ったやつじゃん。サイズ間違えてたから着せられなかったやつ。あの時と今では容器の大きさが全然違うせいでわからなかったよ。ケイトが掃除中に見つけたのかな? 「ほらマスター。これ、似合うと思わない?」 ルナが取り出したのはドピンクのアイドル衣装。各所に散りばめられた装飾がキラッキラに輝く。 「えっ……、わ、私に!?」 やっと話が飲み込めた。ルナは私にこの服を使ったらどうかと言っているのだ。「人形の服」としか見てなかったからその発想はなかった。 「あ……確かに、サイズ合いそう」 「でしょ? それじゃあ早速」 ルナは即座に私の腕をつかんだ。 「えっ、あっ、ちょっと、もっと普通の服が……」 「はいっ、お着替えしましょうね~」 私は強引に引っ張られて、ルナの前に立たされた。30センチの人形に過ぎないルナでさえ、私の二倍の背丈を持つ。到底腕力では敵わなかった。ああもう。いつもは素直に命令きくはずなのにどうして。そりゃ私だってちゃんとした服着たいよ。でもそのアイドル衣装はなしっていうか、容器の中をちゃんと調べれば他にもっとまともな服が……。 ルナは心底楽しそうに、柔らかい笑みを浮かべて私に無理やり万歳させた。暴れても離す気ははなさそう。骨折とかしたら洒落になんないし、大人しくしよう……。 人形に白ワンピを脱がされると、すぐに私の裸体が露わになった。下着なんてない。もう必要なかったし。ルナは派手なアイドル衣装のドレスを私に着せた。やっぱりこれか……。私もう二十代折り返しだし、小さくなってから碌に体の手入れできてないのに、こんな服着たって痛々しいだけじゃん。 ルナは腕飾りやブーツも私にセットし、上下完璧にコーデ完了させた。私は恥ずかしくてずっと下を向いていた。自分の着せ替え人形に着せ替えられる日がこようとは……。それもこんな服に。 「きゃーっ、可愛いーっ」 ルナは滅多にないハイテンションで興奮している。やめてよもう。本気で恥ずかしくなるから。 「ケイト。鏡をちょうだい」 ルナの言葉でケイトが机からこたつの上に鏡を移動させた。……あれっ、メイドロボって人形の言うこときくの? 私の目の前に見せつけるかのように置かれた鏡。そこに映っていたのは可愛らしいアイドルのフィギュアだった。 「えっ!? うそ……!?」 想像と全然違った。これは確かに……にあ……可愛い、かも? (そうだ……私は今クリーム塗ってるんだった……) ボサボサの髪とカサカサの肌、生気のない顔に派手なアイドル衣装をまとった痛々しい病人はそこにいなかった。艶々のフィギュアみたいな肌と汚れ一つないデフォルメされたあどけない顔、フィギュアみたいなボリューミーな黒髪。 (これ私?) ジッとしていると、本当にポーズ固定のフィギュアとしか思えない。動くと違和感があるくらい。すごい……クリームすごい……。 「ねっ、可愛いでしょう?」 ルナが私の肩に手を置いた。 「まっ……まあ……悪くはないかも……」 「ふふっ、照れちゃってまあ」 「い、いやでもやっぱりこの衣装はその……私もういい年だし……」 「そんなことないわ。とってもよく似合ってるじゃない」 また鏡を見てみると、真顔を保とうとしつつも、口角が上がっているだらしない自分の顔が映った。うんまあ……確かに、中学生ぐらいに見えるかな……。それなら恥ずかしくない……いやいや。 にやける私を尻目に、ルナはいそいそと他の衣装も並べだし、 「ほら、お着替えしましょう」 と私を誘惑した。どれもアニメキャラじゃないと着ないようなものばかり。ルナを買った時テンション上がって、可愛い系をそろえたんだっけ……。結局は別路線でまとまったけど……。 「も、もう~、だから私にはそんなの似合わないってば~」 ああ駄目だ。どうしても笑っちゃう。だってだって、もう二度とできないと思っていたお洒落が、また楽しめるだなんて夢にも思わなかったもん。 「ほらこっち来て。脱ぎ脱ぎしましょう」 「あっ、ちょっ、待っ、一人で」 「だーめ」 ルナはどうしても自分で着せ替えたがった。私が自分で着替えることを許さず、毎回ルナが私の手足を掴んで逃げられないようにして、まるで着せ替え人形みたいに扱った。小さい子供をあやすかのような口調で喋るので、私の顔は真っ赤っかだった。 (もう~、子供じゃないんだから……) なんでルナはこんなに、自分で着せ替えることにこだわるんだろう……。 「はいっ、お終いっ」 両手にポンポンを持たされ、チアガールに扮した私の髪を縛ると、ルナが優しくそう言った。あ……これ私がいつも言ってた……。そういえば、私も毎回必ず自分でルナを着せ替えてたっけ、可愛いもんだからつい……。ひょっとして、それで着せ替えるのを愛情表現だと学習していたのだろうか。 (ルナなりのお返し……なのかな……?) そう思うと、付き合ってあげなくはないかな……と思えてきて、私は抵抗するのを諦めた。 「ポーズとってポーズ!」 「え……え~」 遂には可愛いポージングをとるよう言いだした。瞳をキラキラさせながら私を見下ろすルナ。ルナから見た私も、ひょっとしてこんな風に見えていたのかな……。自分キモっ……。 そうなると、少しはルナに付き合ってあげなくちゃいけないかな、という気がしてくる。それに……まあ……実際、多分、客観的に見ても、今の私はその……可愛い……と思うし……。 「ちょ……ちょっとだけだよ?」 私はルナに付き合い、色んな服で可愛らしくポーズをとったり振舞ったりして、夜までファッションショーを楽しんだ。 それからは毎日のように、私はルナの着せ替え人形にされた。二倍も大きい相手からは逃げられないし、一度捕まればそれまでだ。恥ずかしいし疲れるけど、観念するほかなかった。まあ他にやることもないし、別にいいけど……。しかしラブリーなフリッフリの衣装ばっかりなのが本当にキツイ。いくら見た目は美少女フィギュアだからといって、私がアラサー近くの人間であることには変わりない。誰か知人に見られたら死ねる。16センチになった今、訪ねてくる人もいないけど……。 (思い切って新しい服注文しようかな……) AIフィギュア用の服は最近結構増えてきてる。探せば常識的なやつもあるはずだ。でもお金がな……。毎月入る給付金と生活の支出額はほぼ同じだし、入院費とケイト買うのに貯金使ったから先立つものがなんにもない。仕事……16センチじゃな……。はぁ。 「マスター。お着替えしましょう」 「ごめん、あとにして」 今はそんな気分じゃないの。ていうかもう一通り全部袖通したのに、よくもまあそんなに情熱が続くもんね。……私も人のこと言えないけど。いや人形か。 しかし、私は何故か立ち上がった。 (ん?) なに? 体が……なんかへん。今勝手に動いた……ような。 気のせいではなかった。私はクルリと振り向き、ルナの方へ歩き出したのだ。 (えっ!? な、何!? なんなの!?) 習慣になってしまって、つい癖で……いや違う。今私はハッキリと歩みを止めようとしているのに、足が言うことをきかない。独りでに、勝手に歩いてる。 「と、止まりなさい、こら!」 手で足を抑えようとしたら、手も動かせなかった。私の体が、私の意志に反して動いている。一体どうなってるの? ひょっとして病気かなにか? 「今日はこれにしましょう。きっとマスターに似合うと思うの」 ルナはいつもと変わらぬ笑顔で、ピンクのメイド服を取り出した。背中に大きなリボンがついた、装飾過多なデザイン。ハッキリ言ってセンスが悪い。数日前に着せられたものの、あまり好きになれなかった服だ。 「い、いやルナ……私それどころじゃないの。体がおかしいの……」 身体の反乱はとどまるところを知らず、私はルナの前にたち、両手で万歳した。いつもの着せ替え時の姿勢。 「うふふっ、素直じゃないんだから」 「本当よルナ! 体が勝手に動くのよ!」 ルナは私の服を脱がしにかかった。ああ……。また着せ替え遊びか。それどころじゃないのに。ルナが手を離してくれたら逃げられ……。あれ。掴んでない。ルナは私の体に触れてない。服だけだ。いつもなら私が逃げないよう片手握ってたのに。 「うう……ぅ……」 物理的には自由なはずだ。なのに逃げられなかった。体が思い通りに動かない。万歳の姿勢をとったまま、ブルブルと震えるのが精一杯。 (どうして……何が……) 必死に頭を働かせた。こうなったのはルナがお着替えしましょうって言った時……。それから私の体は勝手に動き出して、ここで万歳を……。 「る、ルナ! 私に何かしたの!?」 「はい、脱げました~。お上手~」 ルナは私の問いに答えなかった。馬鹿にするように拍手したのち、メイド服を頭から被せ始める。私は相変わらずプルプルと震えていることしかできない。どんなに力をこめても、手足が命令を跳ねつける。 「お座り」 メイド服を着せられた後、ルナがそう言うと私の体がようやく動いてくれた。しかし、動かしたのは私じゃない。また私じゃない何かが、私をその場に座り込ませて、両足を前に伸ばしたのだ。これはルナが私に靴やニーソを履かせる時の……。こうなってくると、いよいよルナに関係があるとしか思えない。 「ルナ! いい加減にして!」 とはいえ、口で何を言おうと、今の私は従順に着せ替えられるのを待っていることしかできない。忸怩たる思いだった。で、でも、ただのAIフィギュアであるルナが、私の体を操るなんてことが可能なの……? 「はい、完成」 私は抵抗もできず、全身メイドコーデに包まれてしまった。うう……一体なんなの。 「ルナ、あなた本当に……」 ルナに食って掛かった時、体が動かせた。いつも通り、普通に動く。 「あ、あれ?」 謎の強制力は嘘のように消えた。ますますわからない。でも絶対気のせいじゃなかった。病院とか行った方がいいかな……? 「ほら、ポーズとって。メイドさんのポーズ」 「だからそれは今……えっ、えっ、また!?」 ルナがそう言った瞬間、再び体の自由が失われ、私は両脚を閉じ、スカートの前で両手を重ね、背筋を伸ばして微笑んだ。私がしたくてしたんじゃない。体が、今度は顔までが独りでに動き、可愛らしい従順なメイドのポーズをとった。崩せない。手足が動かない。表情すら固定されて、声もでない。 (んんんーっ!) 「ほらほらもっと笑って。手を腰に……そう。そうよ」 私の体はルナの言われるがままに動き続けた。ダサいピンクのメイド姿で、私は延々と恥ずかしいショーを演じなければならなかった。 (何が……何が起こってるのよー!) 結局、ルナが満足するまで私は舞台から降りられなかった。着せ替え遊びが終わると、また何事もなかったかのように私の体は私の元に戻ってきた。 「きいてルナ。命令よ。私に何をしたのかいいなさい」 「あら、お着替えさせてあげただけよ」 「さ、させてあげたって何よ。着せ替えごっこしたいのはあなたでしょ。私は今日はしたくなかったの!」 「うふふ、いいのよ。わかってるから。今日は自分から来てくれたしね」 「だからっ、それをあなたがその……したんじゃないの!?」 「?」 マスターの命令には逆らえないはずなのに。本当にルナは関係ないってこと? 第一、人に危害を加えることは禁止のはずだし……。じゃあケイト? いや……他に何か、原因になりそうなもの……縮小病、フィギュアクリーム、それから……あ! 私は急いでパソコンの前に戻り、大急ぎでフィギュアクリームについて調べた。ビンゴ! クリームはフィギュアに学習機能を付与できるって! (う、うそ……! それが、私に……? 私、ルナの着せ替え遊びに付き合うことを「学習」してしまったの……!?) 信じられない。私は人形じゃなくて人間なのに。クリームが問題なく効果を発揮するなんて。まったく想定してなかった。いや、汚れの分解機能は作動してたんだから、予想すべきだったのかも……。いやいや、でもだって、まさかあんな風に、あそこまでとは思わないじゃん! 私の意志をあそこまで排して、クリームが勝手に体を動かすだなんて! でもまあいい。原因はわかったんだから、リモコンから学習結果を消して、それから機能も停止すればいい。 (リモコン……) が、新たな問題が浮上した。ケイトに用意できたのはルナのリモコンだけだった。私には使えない。そりゃそうだよ。私は人間なんだもん。付属のリモコンなんてあるわけないよ! どうしよう。この学習結果消せないの? 私には「設定画面」なんて存在しないんだもん、どうしようもない。調べても何もでてこない。メーカーに……イヤ。いくらなんでも恥ずかしすぎる。この美少女フィギュアみたいな格好自体、人前に出ることを想像しただけで顔から火が出そうなのに、「フィギュア用のクリームを自分自身、それも全身に塗った」「自分の人形に着せ替えられることを学習しちゃったんです!」なんて言えない。とんでもない馬鹿か、変態だと思われちゃう……。 うー、でも困ったなあ。これじゃあルナの遊びにいつでもつきあわなくっちゃいけないってことじゃん。……ここんとこ毎日、ずっとそうだったけど……。でも、まがりなりにも自分で参加するのと、体を操られて強制参加するんじゃ大違いだ。 (どーしよ……) 翌日。また着せ替え人形にされて、甘ロリ衣装でぶりっ子ポーズをとらされている時に閃いた。 (クリーム落としちゃえばいいじゃん!) 体に塗っているフィギュアクリームを一旦全部洗い流して、改めて塗りなおせばいい。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。ルナの人形遊びから解放された、すぐケイトにお願いしようっと。 最後に魔法少女衣装に着せ替えられて、ステッキを構えてポージングさせられた時だった。 「それよ。そのポーズね」 「?」 ルナが私の視界から消えた。え? 何? 今日はこれで終わり? いつもと違う展開に茫然としつつも、体が自由になったので、すぐにこの恥ずかしい格好から着替えようとした。 「ほらマスター。台座に立って」 「え?」 ルナの言葉を聞いた瞬間、ビクッと体が震えた。 (ま、また……) 体が勝手に動き出し、私はこたつから滑り降りて、本棚へ向かって歩き出した。初めての展開に戸惑った。今までの着せ替え遊びでこんなことやった覚えないんだけど……。いくらなんでもやってないことを学習するなんておかしい。 一番下の棚には、数体のフィギュアが並んでいる。みんな私と同じ背丈。その間に、何も乗っていない白い円形の台座がある。いつもルナを待機させていた台座だ。 (え? ちょ、ちょっと……) 私は台座の上に立ち、棚の外に向き直った。ルナの指示通りに。 (お、おかしいよ。こんなのやったことないのに。学習してるわけない) 私は必死に体を動かそうともがいたが、両足は接着されたかのように台座に貼りつき動かない。 「ちょっとルナー! 何するつもりー?」 返事はなかった。なんだか無性に気が焦る。なんでだろう。左右を見渡すと、自分が自分のフィギュアコレクションの中に並んでいることに気づく。 (やだぁ……これじゃ、私本物のフィギュアみたいじゃん) 自分が自分のフィギュアになる日が来るなんて……。ここに立っていると、段々自分が人間でなくなっていくような気がして、焦燥感が募った。 「お待たせー」 ルナがこたつの上に現れた。何か引きずってきている。何だろうアレは。 「なあにそれ?」 「マスター、ポーズよ。あのポーズ」 「へっ!?」 その瞬間、私は再びステッキを構えて、ニッコリ笑い、魔法少女の決めポーズをとらされた。 (ちょっと! 人形遊びはもういいでしょ! これ以上何するっていうのよ!) ルナは大きなライトを私に向けた。位置調整をしている。 (……あっ、まさか……ちょっと嘘でしょ……?) 私はこの光景を知っている。何回も見てきた。……いややらせてきた。ここにルナを立たせて、お気に入りの可愛いポーズをとらせて、そして……。 「はい、ポーズ」 「駄目!」 私の全身をポーズライトの光が通過した。全身が瞬間的に凍結され、私は一切の身動きがとれなくなった。 (あっあぁ……) こ……効果が……ある……なんて……。私、人間なのに……。フィギュアじゃないのに……。何なのよこのクリーム! さっきまでの学習結果による拘束とは次元が違った。動けない。動くという概念自体が消し飛ばされてしまったかのように、私は手足に指示を出すことすらできなかった。体の芯まで樹脂でできているかのよう。筋肉とか骨とか、体を動かすという機構が存在していないかのようだった。ピクリともできない。表情も変えられない。 (る、ルナ! すぐに私を解放して!) 当然、声も出ない。ルナは悪びれもせず 「可愛い~。うちのマスターが一番ね~」 などと呑気にのろけている。 (ふざけてる場合じゃないわ! ほんとに動けないんだから!) しばらくすると、ルナは私の前から姿を消した。そしてそのまま戻ってこなかった。数分経過すると、私の焦燥感は限界を迎えた。 (んんんっ……動いて! こら! お願い!) 必死に体の硬直と戦っても、体力だけが消費されていく。体は一ミリも動かせない。筋肉の筋一本も。もう一度ポーズライトを浴びるまで、私は完全なフィギュアでいなくてはならないらしい。まるで悪夢をみてるみたい……。 (どうして、どうしてこんなことを……) ルナが視界を横切るたびに問いかけた。でも何となく答えはわかってる。私がずっとこうやってルナを「可愛がって」いたからだ。着せ替えごっこと同じ。ルナはきっと、可愛くして固めることを愛情表現だと……それも最大の……思っている。 (違うのルナ。これはあなたが人形だから……。私は違うの。人間は違うの) やっぱり、一刻も早くこのクリームを落とさなくっちゃ。でも、どうやって……? この遊びが終わったら、私はケイトに洗浄を頼むつもりだった。でも、ポーズライトで固められてしまった私は、動くことも喋ることもできない。これじゃケイトに指示できない。 たまにケイトの巨大な足が視界を横切る。脳内でケイトに助けを求めた。当然、全て徒労に終わった。私は笑顔で魔法少女の決めポーズをとったまま、ずーっと棚の中央でフィギュアを演じ続けなければならなかった。 (私……今、どう見えるんだろ……) ルナが再び私を自由にしてくれるのを待つほかないと悟った私は、自力での打開を諦めた。考えることは、今自分が外部からどう見えるか。何しろ、年甲斐もなく全力で魔法少女のコスプレなんかしちゃって、決めポーズとってるんだから。しかも、体はフィギュアみたいな質感で、顔はデフォルメ……。もし誰かがこの家に来て今の私をみたら、間違いなくただのフィギュアだと思うだろう。だって、同じスケールのフィギュアたちと並んで飾られているんだから。 (わ、私……フィギュアなんかじゃないよ。この格好だって、やりたくてやってるんじゃないの……) 誰に向けているのかもわからない言い訳を並べ立て、私は自分のあまりにも間抜けで惨めなピンチから目を背けようと努めた。でも、頑としてポージングしたまま動かない体が、常に私の逃げ道を塞ぎ続けた。


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