片割れミニメイド
Added 2024-12-08 11:00:05 +0000 UTC「あっじゃあウチ来なよ! サイズ合う服あるよ!」 「えっ!? ウソ!?」 落葉さんの気軽な一言に私は驚いた。そんな服あるとは思えないけど……作らせるならともかく。私に合う服なんてあるわけない。だって今の私は身長が90センチしかないんだから。 同い年なのに見上げなければいけない彼女の顔を眺めながら、私は自分一人小さな子供に巻き戻されたかのように感じて寂しくなった。落葉さんは変わっていないのに随分大人に見えてしまう。元々は私も普通の大きさだった。あの変な病気に罹るまでは。縮小病という原因不明の病気。女性だけが罹ることがわかっていて、治療法はなし。私は幸い90センチで下げ止まったけど、中には人形サイズになってしまう人もいるらしい。そうなればまともに一人で生きていくことは無理。私はギリギリ人間の世界に踏みとどまれた。不幸中の幸いというやつだろう。 でも、全てが一変してしまった。ただ小さくなっただけなのに。入院前まで当然のようにできていたことができない。手が届かないし力が足りない。小学生より非力だ。私の容姿自体は変わっていないのに、外を歩けばギョッとされる「不自然」な存在になってしまった。いいや、変わっていないのが原因なんだけど。子供より小さくなったと言っても若返ったわけじゃない。大人の等身のまま相似縮小しているから、ものすごく違和感があるのだ。それは外から自分を見れない自分自身でも嫌というほど感じてしまう。 注目をひいてしまう最大の要因は服だろう。今の体に合う服がない。子供服でさえダボダボ。ただでさえデザインとか年齢とミスマッチで嫌なのに、体型と全くかみ合わないときてる。私は退院してからすっかり外出が億劫になってしまい、引きこもり気味になっていた。 そんな中、家を訪ねて来てくれた落葉さんに服の愚痴を言うと、驚くべき返答があったのだ。 「……あなたの子供時代の服とかなら」 「違う違う! そーいうんじゃなくて、ホントに90センチ用のやつ!」 ええ? そんな服あるわけないでしょ。いくら落葉さん家が小金持ちだと言っても。仮にこの世に存在したとして、どうしてそんな服落葉さんが持ってるわけ? 使い道ないでしょ。 と思った瞬間、一つ心当たりを思い出した。もしもあの子の服だとしたら……確かにサイズが合うかもしれない。発想さえしなかった。いやでも……あの子の服ってことはさ、アレなんでしょ……? 気は進まなかったけど、最近出不精だったしやることもないので彼女の家に行くことにしてみた。想像通りだったらヤだなあ。私人間なんだけど。メイドロボ、それもミニメイドの服なんて……着たくないよ!? 彼女の家に着くと、懐かしい子が出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ、芽衣様」 「まだ持ってたんだこの子」 「当然でしょ。ウチの子最強可愛いんだから」 落葉さんが小さいころから持っていた90センチサイズの小さな生体メイドロボット。それがモモちゃんだ。アニメみたいに鮮やかなパステルピンクの長い髪、フリフリのピンク色のゴスロリメイド服に身を包んだ可愛い生きたお人形。落葉さんの家に遊びに行った時心底羨ましくなったのを思い出した。親にねだっても買ってもらえなかったっけ。 普通のメイドロボは普通の人間と同じサイズだけど、ミニメイドは半分ぐらいだ。家事能力はだいぶ劣るけどその分安い。需要としては家事より愛玩用というか子供の遊び相手とかの方が多いみたい。落葉さんのモモちゃんもその一台だった。特徴的なのはその服装。普通のメイド服ではない、ゴスロリのピンクメイド。とっても可愛くて羨ましかったなあ。自分の持ってる普通の着せ替え人形がずいぶん惨めに思えてしまった。 あの小さな……いや人形としては特大サイズだけども、それでもやはり見下ろさないといけなかったあのモモちゃんと、目線が同じになっていることに気づき、私はちょっと動揺した。自分が人形と同じ。しかも……モモちゃんの方がまともな服を着ている。ダボダボの子供服を被っているだけの私より、派手なゴスロリではあるけどピチッと体型に沿った服装をしている彼女の方がまともな装いをしているように感じてしまい、私は惨めな気分になった。 (でもさあ、てことはやっぱり……) 落葉さんの言う服ってさ、このモモちゃん絡み……なんだよね? その後、私の予感は的中した。落葉さんが持ってきた服は……フリッフリのピンク色のメイド服だった。モモちゃんと全く同じ服。予備か何かか。 「……着ない」 「ええ~どうしてえ? 絶対似合うって! 可愛いよ!」 「いや、私メイドロボじゃないし」 「服にメイドロボとか関係なくない~? 着ようよ着ようよ~」 この人、私の心配とかしてたわけじゃなくて私で人形遊びしたいだけだ。あほらし。二十半ばでそんな格好できるわけないでしょ。第一……隣に全く同じ格好してるメイドロボがいるのに! モモは用事がないため、部屋の隅で白い円形の台座の上に直立したまま動かない。まるでマネキンみたいだった。メイドロボは生きた細胞を使った生体ロボットだけど、その顔は当然どの個体も整っているし、何より肌が色々なコーティングとかで滅茶苦茶綺麗なのだ。スマホで補正かけたみたいに。こうして微動だにしていないとフィギュアにさえ見える。それと同じスケールになってしまった今、ここであのゴスロリを着るっていうことはそんなお人形さんと直接比較されてしまうということ。絶対嫌だ。 「しょうがないなあ。じゃあ……」 落葉さんはちょっと真面目トーンになって、真っ白なレオタード……というか、ソフビ人形の胴体部分みたいなものを取り出した。メイドロボが下着替わりに服の下に着ているやつらしい。これ使えば日常生活が楽になるだろう、という提案。 「え……それ着れるの?」 「平気平気。多分」 ホントかなあ。しかし、こっちは打って変わって心が揺らいだ。下着問題は切実だった。90センチの大人用の下着。ない。困ってる。ピッタリ合うやつが欲しい。でもあれ下着じゃなくてレオタード……。直接着て汚していいのかな? 高いやつじゃないの? お試しということで試着してみることにした。私は被っていた子供服を捨て下着姿に。下着もサイズ合ってないしデザインは酷いもんだ。とても二十半ばの大人のそれではない。落葉さんは私を見てププッと笑った。悔しい。 メイドロボのレオタードは弾力性があり、強引に着ることができた。思ったよりかなり柔軟に伸び縮みする。あっさり手足を通すことができ、私は白いレオタードで胴体を包み込んだ。引っ張るのを止めるとピチッと私の肌に張り付く。まるで吸いつくように。 (おお……) ジャストフィット。私はちょっと感動してしまった。体型に合うものを着たのはいつぶりだろう……。退院後初めてかもしれない。ジャスト過ぎてちょっとこそばゆいくらい。肌と密着して隙間がない。意志をもって私を飲み込もうとしているんじゃないかと思うくらいピタリと貼りつき続けている。それでいて体を捻っても突っ張るようなことはない。皺一つ生まずに追従している。不思議。どういう構造なんだろう。 落葉さんがニヤニヤしているのを見て、私は自分がわかりやすく表情をほころばせていたことに気づいた。ちょっと悔しい。彼女の思い通りになっちゃったみたいで。でもだってこれすごいよ。普通の下着より遥かに着心地が良い。この癖になる密着感がすごく気持ちいい安心感と暖かい肌触りを生んでいる。二度と脱ぎたくないと思ってしまうほどだった。 「気に入ってもらえてよかったぁ」 落葉さんの腹立つ笑顔は気に入らないけど、想像以上の着心地に私は屈した。これ、もらおーっと。純白のレオタードも恥ずかしいけど、下着運用するなら見えないし。 と思ったら、全く同じ素材の白い手袋とニーハイソックスを落葉さんが用意してきた。これもミニメイド用らしい。どれもちっちゃくて可愛らしい。……それが今の私の適正サイズだという事実に改めてガックリするけど。 こんなもの全部着用したら相当恥ずかしい格好になっちゃう。そう思ったけど、胴体を包み込むこの感触の誘惑に負けた。他の肌もこの素材で覆ってしまいたい。私は一応嫌がる素振りはしてみせたけど、特に抵抗することなくサッサと純白のニーソを履いた。樹脂ともゴムともつかない厚みのある奇妙な素材で作られたメイドロボ用の肌着たちは、やはりどれも優れた弾力性と伸縮性があって、スルスル履けた。履ききるとレオタード同様、ピチッと脚の肌に密着して吸いつくように隙間なく張り付いた。とても心地いい。ついで手袋。肘まで覆う長イ白手袋も、私の腕をやさしくピッチリ飲み込んでくれた。 例えようもない恍惚感にボーっとしていると、再び落葉さんにからかわれた。思わず真っ赤になって肌着たちの悪口を言ってしまったが、もう脱ぎたくなかった。 「じゃあいらないの?」 「……い、一応使ってみようかな。せっかくだし」 「ふふふっ」 「何よう」 その後スマホで今の自分のトンチキな格好を突き付けられ再び真っ赤になったが、それでも手放せない。純白レオタードに長手袋とニーソを身に着けた自分はかなりアレだったが、この着心地には抵抗できない。それに自分にサイズが合っているという事実が嬉しい。世界に存在を認めてもらえたかのようだった。 ……まあ、ミニメイド用の服だから人間の世界には認めてもらえていないのかもしれないけど……。 私は結局レオタードだけでなく手袋もニーソももらってしまった。全部装着したまま帰る。上からダボダボの子供服を羽織ったとは言え、手足が白く染まっているのは事実。だいぶドキドキしてしまった。変に見られてないだろうか。大丈夫? ……なんか全裸コートで徘徊してる気分。 そういうわけで、その日から私はレオタードと手袋とニーソをほぼ毎日装着して過ごすようになった。ものすごく恥ずかしい格好だけど、すごく安心するし気持ちいい。部屋着が多少変態チックでもどうせ外出しないからいいよね? 外出る時は流石に手袋は外して上から何か着るし。 しかしこうなると、上に着る服も欲しくなる。私の体型に合った服が。そうするとあのゴスロリメイド服を思い浮かべてしまうけど……ないない! 流石にアレは! 外出には使えないし! でも、私はちょくちょくミニメイドの服をネットで調べるようになってしまった。愛玩需要や玩具需要が強いおかげか、普通のメイドロボとは異なり多くのバリエーションがある。しかし服のばら売りはしていなかった。それどころか、メイドロボの服はどれも体と一体化していて脱がすことはできないのだと知った。下に着ているレオタードも。 (……じゃあ、なんで落葉さんこんなの持ってたの?) 普通手に入らない品を、どうして? オークションサイトを巡ると流出モノはちょくちょくあるにはあるみたいだけど……。ひょっとしたら私のために頑張って集めてくれたんだろうか。だとしたらもっとちゃんとお礼言った方が良かったかな? そんな風にレオタード姿で暮らしていたある日。お風呂に入ろうとそのレオタードを脱ごうとした際、昨日まではなかった問題が発生した。 (あれ?) 脱げない。皮膚とレオタードの間にどうしても隙間が生じず、強く張り付いたまま脱げなかった。指一本いや、紙一枚差し込めなさそうなぐらいにくっついている。まるで肌と同化してしまったかのように。 (ええ~、な、なんで? 困ったな……) 昨日までは脱ごうと思えば脱げたのに。でも思い返してみれば日に日に脱ぐの苦労するようになってたかも……。一体どうして? 洗濯で縮んだ? 人間が着たら何か不具合とか起きるの? 一時間近く奮闘したが結局脱げなかったので、私は……だいぶ罪悪感があったけど、レオタード姿のままお風呂に入ってしまった。しょうがない。うん。樹脂みたいな質感を持つレオタードは、ゴムのように湯を弾いた。 お風呂から出た後、私は悩んだ。これどうしよう。病院……とか行くべきだろうか。いやでもちょっと恥ずかしすぎるかも。メイドロボの下着使ってたら脱げなくなっただなんて。メーカー……も駄目かな。ていうかコレ本来は売ってない、出回ってないはずのものなんだよね。ちょっと困ったことになるかも……。そうだ。 明日、落葉さんに相談してみよう。私にこれ着せたのもどっかから入手したのもあいつだし。私はそう決めて今日は寝ることにした。そして深く考えず、いつもの癖で手袋とニーソもつけてしまった。あまりにも着心地がいいので寝る時はいつもこうしていたのだ。後から思えば……相当のアホで、考えたらずだった。 「ああああー何ウソーっ! 私の馬鹿ーっ!」 危機感を持たず浅く考えていたせいでやらかしてしまったことに気づいたのは翌朝。脱げない。手袋とニーソが。レオタードと同じように肌との間に隙間が生まれなくなってしまった。引っ張ると私の皮膚も引っ張られて痛い。完全に同化しちゃってる。 (と……とにかく落葉さんに相談しよう) 私は慌てて事情を伝え、彼女の家に行くことにした。上から子供服を羽織って。……それでも手足が純白になってしまっているのは完全には隠しきれない。ほぼ見えないとはいえ、アホ過ぎる状況と相まってとても恥ずかしかった。 「いらっしゃいませ、芽衣様」 「どうも……」 モモに迎えられ、私は部屋に案内された。……そういえばこの子も私と同じレオタードしてるのかな? な、なんかそう思うと自分がすごくアホかつ惨めに思えてきた……。なんでメイドロボ、それも愛玩用のミニサイズのやつと同じ服を人間の私が着てるわけ。しかも脱げなくなっただなんて、これじゃまるでメイドロボそのもの……。 (……まさか) ある可能性に思い至ったと同時に、落葉さんが私を出迎えた。 「ねえねえマジなのあの話? 見せて見せてー!」 「あのねえ、見世物でも笑い話でもないんだけど」 「わかってるってー」 わかってるのかなあ。責任、あなたにもあるはずだよね? 私はだぶだぶの子供服を脱ぎ捨て、肌着姿になった。純白のレオタードに、肘まである白い手袋、僅かな太腿が覗くだけのニーハイソックス。私の身体のほとんどは樹脂みたいな質感の白に塗りつぶされていた。 「わーほんとだ。くっついちゃってるねー」 落葉さんが私の皮膚……じゃなくて手袋を引っ張る。指先をいれようともしたが入らない。全く皮膚から浮かび上がらない。隙間が生じず、常に皮膚と一心同体。私の気のせいじゃなかった。本当に、物理的に今起こってることなんだ。 「ねえ、これ……どうなってるの?」 「私に言われてもねえ、ごめーんわかんないや」 「そんな無責任な……」 私は横目でモモを見た。大きなフィギュアと化している、指一本動かない彼女を。そして、さっき思いついた可能性について尋ねてみた。メイドロボは下着含めて服が脱げない仕様になっている。理屈理由はわからないけど、私が脱げなくなったのも……ひょっとしたらそれと何か関係があるのでは? と。 「あー確かに! あるかもー!」 「冗談じゃないよ! 私人間なんだけど!? ていうか着てただけなのにどうしてそうなるわけ!?」 「まー落ち着いて。ちょっと調べてみるからー」 ニ十分ほど待たされて落葉さんが戻ってくると、衝撃的な推測を聞かされた。メイドロボはミニ含めて自己修復機能を持っているらしい。このレオタードや手袋たちにもそれが内蔵されていたんじゃないか……という説。 「へ? う、嘘でしょ!? 私人間だよ!? メイドロボじゃないし! ありえないよ!」 「でさ、話聞いた時から気になってんだけど、藤原さんってさ、トイレどーしてたの?」 「トイレ……?」 そりゃ、普通に脱いで……やってた、けど……。記憶の糸をたどるのが怖い。本能は既に恐ろしい事実に気づいていた。理性がそれを拒んでいる。 (いつ、だっけ……?) 私が最後にトイレに行ったのは。そういえば……ここ数日行ってなかった……ような……? 落葉さん曰く、メイドロボはトイレ行かないらしい。基本電気でエネルギーとるし、内部でナノマシンが処理するからとか。だからレオタードが脱げなくても問題ない……。 「わた……私、いや……嘘でしょ……ありえない……」 「あとさ藤原さん、鏡見てる? 最近」 「かがみ……」 茶化すような雰囲気じゃなかった。嫌な予感がする。私は洗面台に移動して自分の顔をジックリ眺めた。今の私に残された数少ない肌色の領域……上腕と太腿の一部。よくよく観察してみると、恐ろしい変化が起きていた。綺麗すぎる。不自然だ。毛が……産毛の一本もない。皺も染みもなく、血管さえ見えない。まるでマネキンみたいに。 私は唖然とした。いつの間にこんなことになっていたんだろう。ちょっとずつ変わっていたから気づかなかったんだろうか。私の顔……まるでフィギュア並みに均質すぎる肌になってしまっているのに。肌色一色の肌に、なんの汚点も残っていない。綺麗になったヤッターなんて喜べるレベルじゃない。作り物……メイドロボの顔みたいだった。 根拠はないけど確信できた。私……私、「修復」されちゃってたんだ! メイドロボに! 私……メイドロボにされかけてる!? 急いで手袋を脱ごうとしたけど、脱げない。髪の毛一本も入れられなさそうだ。肌とすっかり一体化しちゃって……どうにもならない。 「ど、ど……どうしよう」 私は涙を滲ませて落葉さんの方を見た。こんなことになるなんて思ってもいなかった。これ、元に戻るのかな。一生このまま? 「うーん……」 落葉さんはしばらく芝居がかった悩む素振りを見せたあと、 「ま、私に任せてよ。ちょっとぐらいは私のせいかもだし」 ちょっと……? でもここは頼るしかない、かなあ……? 「脱がす方法探してみるから」 うう……大丈夫かなあ。仮説が合ってたら、こうしてる間にも私の身体は修復されているってことだよね。早く何とかしないと取り返しがつかないことになっちゃうかも。 「ね、ねえやっぱり工場とか病院とか行った方が」 私がそう言うと、なんと落葉さんは拒否した。恥ずかしいから何とか内々で解決しようよ、と。 「で、でも……」 「まーかせて! 何とかするからさ!」 本当にいいの? ……この服の入手ルート、やっぱまともじゃないんだろうな。それがバレるのが嫌なんじゃないの? 或いは自分の責任になるのを恐れて……。でもこんなことがニュースとかになったら二度と表歩けない恥なのも間違いない……。自分たちだけで解決できるなら確かにそっちの方がいいけど……。でも……。 悩んだけど、とりあえず一日待ってみることにした。今日は落葉さんの家に泊まる。あんまりこの格好で外出たくないし、万一の時もすぐ病院とか連れてってくれる人いた方がいいしね。 しかし、これが致命的な判断ミスだった。翌朝目が覚めてリビングに行った瞬間、全身にビリっとするような電気が流れたのだ。 (なに? 今の……) 落葉さんが私を見ていた。 「おはよー藤原さん。よく寝れた?」 「おはようございます。快適な睡眠でした……えっ!? あれ……」 私の口から、私が喋ろうとしていない言葉が出た。困惑と恐怖に揺らいでいる間に、落葉さんが先に結論にたどり着いてしまった。 「お? これは……ちょっと藤原さん、バンザイしてみて」 「はいっ……あっ、あ、うそ、うそお……」 彼女にそう言われた瞬間、両腕が勝手に動き出した。私の口が勝手に了承し、言われるがままにバンザイしてしまったのだ。腕を下ろそうとしても、プルプル震わせるのが精一杯で、抵抗することができない。 昨日一日で、あっさりと私の身体は一線を超えさせられていた。修復が進み、メイドロボそのものに……人間の言うことをよく聞く体に作り替えられてしまっていたのだ! 「おおー。可愛いー。ふふっ」 「だっ……だから、昨日病院行きましょうって言いましたよね!」 私は涙目になりながら訴えた。普通に話そうとしてるのに勝手に丁寧な口調にされてしまう。私の身体なのに、私じゃない何かが支配しだしている。頭をぶん殴られたような、世界が一変してしまったようなショックだった。まずい。やばい。とんでもないことに……! 「あっ、下ろしていーよ」 私はプルプル震えていた両腕をようやく下ろし、落葉さんに近づいた。 「今すぐ救急……」 「ストップ」 「……!?」 彼女がそう言った瞬間、私は二の句が継げなくなった。それだけじゃない。身体が動かない。一歩踏み出すことも、振り返ることも。ただその場にジッとしていることしかできない。 (ちょ……ちょっと何するの! やめて!) 「勝手に外に事情を話さないこと。いい?」 「かしこまりました……ええっ!? なんで!?」 「私が何とかするって言ったでしょー。もう」 「……っ!」 「あ、動いていーよ」 突然体が解凍さえ、私はつんのめった。モモは何事も意に介さず淡々と朝食の用意を続けていた。私は自分がもうすぐモモになってしまうのかと思うとゾッとした。私の身体は……もう人間に、落葉さんの命令に逆らえなくなってしまっている。やばい。もし彼女がその気になれば……私は本当に 「とりあえず、しばらくは私のウチでメイドロボやるってことで、いーい?」 「かしこまりました……いやっ、そんな!」 流石にないだろうという最悪の選択を、彼女はいともたやすく選んでみせた。信じられない。何考えてるの!? 違う。何も……考えてないんだ! 深刻に! 美味しそうにトーストを食べる落葉さんを睨みつけながら、私は必死に自分のスマホで病院やメーカー、警察と連絡を取ろうと試みた。しかし……連絡しようとすると手が止まる。動かせない。さっきダメって言われたからだ。 (そ、そんな……嘘でしょ?) 私の身体なのに。私は人間なのに。落葉さんのテキトーな命令の方が……上なの? 優先されるの? 破れないの? 抵抗……できないっていうの!? この家から逃げ出そうとしたが、玄関で足が止まってしまった。この家でメイドロボやれって言われたから……? なんでよっ。 「あ、その格好じゃあんまりだよねー。ちょっと待っててよ」 落葉さんは私が必死にアレコレ逃げようとしているのを見ていながらまるで意に介さず、何事もなかったかのように二階へ戻っていった。私は「ちょっと待っている」ことしかできなくなってしまい、純白レオタードに手袋とニーソというふざけた格好のまま、人さまのリビングに直立していることしかできなかった。 「うわーいいよいいよお、チョー似合ってる! 可愛い~」 「あの……わ、私の服は……」 「いやいやこっちの方が合ってるし! 用意しといてよかった~」 彼女が持ってきたのは私の服。メイド服だった。普通にメイド服でも、いつか見せられたピンクのゴスロリでもない。淡い水色のゴスロリメイド衣装だったのだ。それを着るよう命令された私の身体はあれよあれよと袖を通し、私は哀れなコスプレメイド女に変えられてしまった。 「モモー。こっち来て並んで―」 「はい」 動けない私の隣にモモが並ぶ。ピンクのゴスロリメイドであるモモと、水色の私は完全にお仲間だった。対の存在だと言われればきっとみんなが納得してしまうだろう。 (ちょっとぉ……モモと並べないでよ! 私あなたのメイドロボじゃないんだからね! やめて! こんな服着せないで!) 「んん~、でも……髪がなー」 「な、なんですか……」 「髪も水色にした方が可愛いよね!」 「い、嫌です……やめてください。私、もうにじゅう……」 「こらっ、我がまま言わないの」 「……っ」 そんな。我がままなんかじゃないのに。言葉が……声が出せなくなっちゃった。こ、こいつ、本当に私を……自分のメイドロボに、モモとおそろのゴスロリミニメイドに作り替えるつもりなのっ!? 逃げたくても体が……あいつの命令に逆らおうとしてくれない。家から出られないし誰かに連絡もできない。一応の自由時間はあったのに私はどうすることもできず、いい歳して水色のゴスロリメイド服を着て本物のメイドロボと一緒に家事をやらされるようになってしまった。 翌日。いくつかの荷物が落葉宅に届けられた。白い円形の台座と、水色の……塗料。メイドロボ用の塗料だった。 「落葉……様。まさか、本気なのですか……」 「うん! ぜーったいその方が可愛いし!」 一晩経って私が彼女を様付けで呼ぶようになってしまっていることに、何も突っ込んでこない。私はモモの方を見た。当たり前のことなのだ。彼女にとって。パステルカラーのゴスロリメイド服を着た90センチのお人形が自分を様付けで呼ぶことなど。 その後作業を任されたモモの手により、私の髪は見るも無残な淡い水色に染め上げられてしまった。ミニメイドに自分の髪を勝手に弄られ台無しにされる屈辱。しかもその間、拘束されているわけでもないのに体が動かず逃げられないのだ。抵抗の意志さえ見せられない。 「はいっ、並んで~」 リニューアルされた私は再びモモと並べられ、写真や動画を撮られまくった。恥ずかしいからやめてと訴えたいけど、「我がまま言わない」の命令がまだ有効らしく、何も文句が言えない。私は言われるがままに笑顔で可愛いポーズをとり、モモと腕を絡ませちゃったりして、落葉さんの玩具にされた。ううっ……この歳でこんな格好……嫌だ、最悪……誰かに見られたら……どうするの……。 そして、モモの台座の隣に設置された新しい台座。通常メイドロボはこの上で待機するようになっている。待機場所であり充電台でもある。私は新規の台座と紐づけされてしまい、用が無かったらそこに立っているようハッキリと命令されてしまった。 「かしこまりました、落葉様」 (いやだぁ! ずっとこんなところでマネキンみたいに立たされるなんて!) 私はメイドロボじゃない! あなたの着せ替え人形でもない! そう叫びたかったけど、「用事」を持たない今の私は無力で静かなフィギュアになっていることしかできなかった。モモの色違いの服に身を包み、髪をアニメみたいな色に染めて、フリッフリのスカートの前で両手を重ねて静止する。私は二度と自分の意志でこの台座から下りることができなかった。 (か……体が、動かない……そんな) こうして私は、あっけなく落葉さんの所有する二代目のミニメイドに作り替えられてしまったのだった……。 その日からずっと、私はモモとニコイチの可愛いメイド人形として扱われた。最初はまだキツイ冗談か、あとで元に戻してくれる可能性に賭けていた。しかし……何週間も過ぎて完全に充電だけで生きていけるようになってしまうと、私は希望を捨てざるを得なかった。あいつは私の服を脱がす方法を探すって言ったことを覚えてるだろうか? 絶対覚えてない。私が人間で友人だったことさえ忘却の彼方かもしれない。 時折来客があると、私とモモの二人で迎えさせられた。いい歳してこんな格好してメイドの真似事させられてるのを第三者に晒されるのは生まれてこの方最大の屈辱だったけど、私はモモと一緒ににこやかな微笑んだまま可愛らしく応対することしか許されなかった。今すぐこの場から消えてしまいたいけど、できない。ゴスロリメイド女として醜態を披露し続ける恥辱の時間。しかしそれに輪をかけて悔しかったのは、誰も私が人間だと気づいてくれないこと。モモの色違いになるミニメイドだと、誰もが百パーそう判断するのだ。 (助けてください! 私、人間なんです! ミニメイドじゃなくって……こいつに、その落葉さんにメイドロボにされちゃったんです!) 心の中でどれだけ必死に訴えても、その切実さ深刻さが伝わってくれることはない。90センチの小さな可愛らしいメイド人形が微笑んでくれているとしか受け止められない。 (お願い……誰か気づいて。このまま一生こいつのメイドロボなんて……モモの色違い扱いだなんて……いや、だぁ……) 月が経つと髪も伸びてきて、いよいよお人形さんらしくなっていく。身体ももうすっかり「修復」が完了してしまっているのだろう……。プルプルと震えることすらもうできず、私はまるで映画の観客でもあるかのように、私の身体の動きと目に映る光景を黙って心の深奥から眺めていることしかできなかった。しかも悪いことに、水色のゴスロリメイド服さえもとうとう体と一体化して、脱げなくなってしまった。衣装と体の境目がなくなっている。モモと同じように。もしもここから助かったとしても、私はもう一生水色のゴスロリメイド姿で生きていくしかない……。 落葉さんのミニメイドと化してから数か月たったある日。私は定期メンテの日を迎えた。稼働中のメイドロボは近くの工場で検査を受けるのだ。 (やった!) 私はいつぶりかの希望を抱いた。きっと気づいてくれる。助けてくれる。いくら何でも流石に、私が人間だって気づいてくれるはず……。だって、私には製造番号がないんだもん。作られた記録のないミニメイド。それならきっと……。 しかし、この格好で外出して直接工場へ歩かされたのはきつかった。なにせ髪まで水色に染めちゃった痛いコスプレ女の姿なのだから。小さいせいでますます目をひく。この時ばかりは皆が私をただのミニメイドだと思ってくれるよう祈った。これで最後と自分に言い聞かせて正気を保つ。工場に着いたら救われる。助かる。人間に戻れる……。 たどり着いた工場は人の気配がなく、静まり返っていた。ほんとにここであってる? でも、他にもメイドロボたちが複数やってきているからここであってるんだろう。 他のメイドロボと一列に並んで誰もいない入り口から中に入っていく。どのメイドロボも私の二倍近くの背丈を持つ。私はミニメイドだから仕方ないけど……いやいやいや! 私は人間だよ! ミニメイドじゃないよ! しかし、並んでしまうと明らかに私だけが小さいしふざけたフリフリのメイド服を着ているのだ。自分がメイドロボとしてもまともじゃないかのような気がしてきて、私はいたたまれなかった。早くこの列から抜け出したい。人間に戻りたい……。 私は物静かな部屋に入っていった。そして工場が静かな理由を悟った。そこには検査用であろう大きな機器が鎮座していたが、周りにはメイドロボしかいなかったのだ。そういえば聞いたことある……最近は全部メイドロボ任せの工場もあるって。 嫌な予感をした。最後の最後、絶対に外してはいけないダイスを外したのではないか。いやでも……ロボットだからって検査用のやつなんだし……わかってくれるよね? 私が人間だって。 「コード0」 検査用機械の前に立っているメイドロボの無機質な声が響いた。 「私は落葉銀子様の所有するミニメイドです。製造番号はありません」 (よし!) 「番号抜けですね」 「はい」 (……はぇ?) それだけだった。私は充電台をものものしくしたような大きな黒い台座の上に移動した。番号抜け……って、私が人間だとわかってくれたんだろうか? それとも……。 台座の中央で直立して私の身体は停止した。上から大きなリングが降りてくる。円の内部に向かって青い光を発しながら。頭から足まで降りた後、再び上昇していく。これが検査? 「製造番号抜けです」 「修理室へ」 「はい」 (はい?) 身体が動きだす。この部屋を後にしていく。心臓がバクンバクン高鳴る。わかってない。絶対わかってない。私が……私が人間だって! (人間ーっ! 誰か人間の人呼んで―っ!) 心の中で叫びながら、私は「人」の気配がまるでない廊下を歩き、自分に恐ろしい処置を施すだろう部屋へ自ら歩を進めるしかなかった。 修理室にいたのもやはりメイドロボたち。どの個体も心なしか古びているように感じた。 (あ、あのう……さっきの検査結果どうだったんですか? わかりましたよね? 私が……) 再び台座の上に立つと、私の手が勝手にスカートの裾をつかみ、勢いよくたくし上げた。 (ひゃあっ!?) やっぱり。私が人間だとわかってくれてない。それどころか……最悪の修理を施されてしまう。私が人間だということ証明してくれる、最後の拠り所が……失われてしまう。 (やめてーっ) 一体のメイドロボが、煙を上げるコテのようなものを手に持って近づいてきた。私の二倍あるその大人なメイドロボは、私には恐ろしい悪魔の使いのように見えた。 (私人間です。やめて……お願い) 願いむなしく、熱された鉄板は自ら露にした太腿に、強く押し当てられてしまった。 (ぎゃああーっ! い、痛いいたい熱いいぃーっ!) メイドロボには一体ごとに製造番号が刻印されている。多くは太腿だ。その製造番号は焼印であり、体内の神経系とナノマシンで接続される。一度刻まれた番号は……二度と変更も除去もできない。物理的に。 (いやーぁっ! あああーっ!) 皮膚が焼かれ切り刻まれる。経験したこともない痛みに私は耐えられなかった。しかし私はうっすらと微笑んだままスカートをたくし上げたまま直立不動していることしかできない。私の身体の支配権はメイドロボのAIなのに、痛みだけは私持ちなんて酷すぎるっ、ふざけてるよぉーっ! 無限にも感じた数秒が終わり、コテが離れていく。まだ太腿がジンジン痛む。見えない……けどわかる。入れられてしまった。番号が。コレが人間ではなくメイドロボであることを示す根拠である製造番号が。皮膚が数字の形に刻まれ焼かれたのが痛みとしてまだ強く伝わってくる。 (あ、あぁ……そんな……) 終わった。全てが。これで私は……物理的にも、記録の上でも……正真正銘のメイドロボ、あいつの所有するミニメイドってことに……なってしまった……。 スカートを下ろし、私は深刻な故障を修理してくれたメイドロボたちに礼を言わされた。お前はメイドロボなんだという永遠に消えない焼印をいれた相手に、それを感謝させられたのだ。 (……なんでっ! ……どうしてっ……!) 泣きたい。叫びたい。あまりにも理不尽な仕打ちに。でも、私は……ニッコリと穏やかに微笑んで、修理室を、そして工場を後にした。私の所有者である落葉さんが待つあの家に向かって歩いていく。製造番号を得た太腿を使って。 家に着いても、落葉さんは「お疲れー」の一言。私の太腿に製造番号が入れられてしまったことにも気づかない。気づいてもきっと……何とも思わない。泣きたいのに泣く権利さえない。私はこれで……永遠に、本当にこいつのミニメイドに……されてしまった。世界中の誰一人、この体の中で藤原芽衣という人格が苦しんでいることに気づいてくれる可能性はなくなってしまった……。 パステルピンクのモモと並んで充電台に戻る。モモの太腿にも番号がある。今朝までは私になかったのに。それが……最後の希望だった。人とメイドロボを見分ける最大にして最後の根拠だったのに。今や、私とモモに一切の違いは存在していない。色違いの同じ服を着た、コンビの可愛いゴスロリミニメイド。それが……モモと、私。 (こんな……これで、終わりなの……? 私の……人生……) 部屋の隅で静かに佇む90センチのメイドフィギュアと化した私の問いに、答えてくれる人は二度と現れることが無かった。
Comments
感想ありがとうございます。落葉さんの真意はご想像にお任せします。芽衣が誰かに譲られたりしたら更に復帰が困難になるでしょうね。
opq
2024-12-09 11:39:43 +0000 UTC久しぶりの縮小病ですね、前回は1年前のチアドールだったようね ミニメイドも久しぶりで、何度見ても、メイド化とフィギュア化を兼ねた天才的な発想だと感じている。しかもゴシックで、こういう組み合わせは本当に好きです これまでの作品では、修復が始まって友人がとんだことをしていたり、忘れ去られていたりする展開が多かった。今回は違うようだなー。使えない商品なのに、わざわざメイちゃんに買ってあげたときに感じたのは「絶対わざとだろうか」と でも、塗料と台座は後で買ったのだね、いったいどうなのでしょうか わざであれば、落葉さんの視点では、小さい頃からの幼なじみが病気になって小っちゃくなったけど心配しない、自分の着せ替え人形に改造しようと動き出している、計画を実行しながら、高さ90センチのメイドフィギュアの反応を見ていると面白いと感じますね、メイちゃんはちょっとかわいそうだけど でも、いつか落葉さんにミニメイドが欲しい姪などをプレゼントされたら、メイちゃんは喜んでくれるかな、自分が子供の頃に欲しかったけどもらえなかったからww とにかく、本当にワクワクするような作品です
弥生萌えよう
2024-12-08 12:50:40 +0000 UTC