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アクターメイド

「ねえこれ行ってみない? 遺伝子脱毛」 「うーん、お金ないしな~」 「いやいや、若いうちにスパッとやっちゃった方がトータル安くなるんだって!」 大学で落葉さんにしつこく勧誘され、私は困ってしまった。遺伝子脱毛とは最近流行ってる脱毛方のことで、遺伝子染色剤というDNAを書き換える薬で毛が生えない体にしてしまうというもの。しかも、その場で全身に適応させるらしい。つまり要らない体毛がその場で全て抜けて以後二度と生えなくなるのだ。一回で終わる上復活しないということで最近かなり流行ってきている。SNSでも脱毛報告を見ない日はない。でも、私は遺伝子を弄るという処置方法が何だか怖くってやれずにいた。本当はお金の問題じゃなく、ただ何となく怖いのだ。 (そんなことやって本当に大丈夫なのかなぁ……) 宣伝では健康に悪影響はないって言ってるけど、やっぱ怖い。私は誘いを断り帰宅した。 「おかえりなさーい」 自宅アパートの玄関で派手な姿の女性が私を出迎えた。白いフリルで縁取られたピンク色のミニスカメイド服。脚を真っ白に染める白タイツ。肘より上まである純白の長手袋。そしてアニメのように鮮やかなピンク色の髪。彼女はイチゴ。女性と言ったが彼女は人間ではない。私の所有する生体メイドロボットだ。 「ただいまー」 私は部屋の床に腰を下ろし、鞄を置いてスマホを宙に投げ、パソコンの電源をいれた。スマホはイチゴがキャッチして充電台に置いた。ワンルームにメイドロボと二人だと窮屈に感じるが、常に彼女が整頓してくれているので割と広々としている。 パソコンで改めて遺伝子脱毛を調べていると、イチゴが画面を覗いてきた。うちの子は普通のメイドロボと挙動がかなり違っている。普通はもっとなんていうか……事務的だ。格好もこんなどピンクじゃないし。これには色々と理由がある。 「芽衣様、脱毛なさるんですか?」 「いや……う~ん、悩み中……かな」 普通はこんな風に話しかけてくることもない。普通のメイドロボっぽい言動にすることも可能ではあるのだけど、私はロボットのAI弄るの難しくてよくわからないからずっとこの調子だ。メイドロボを持っているというより、同居人がいるような感覚。 私は間近に迫っている彼女の顔を眺めた。……綺麗だった。ロボットだから当たり前だけど、無駄な体毛は一本も生えていない。産毛も毛穴もない。血管も見えない。生体ロボットだから実際にはあるはずなんだけど、コーティングだか何だかで彼女たちの皮膚は肌色一色に塗りつぶされている。私の顔と違いすぎる。今まで意識したことなかったけど、何だかショックだった。 (脱毛かー……) 私の心は揺れた。イチゴが作った夕飯を食べながら、膝を抱えて座っている彼女の顔を見た。フリフリのピンクのメイド服とピンクの髪。だいぶ凄い格好だけど、顔が整ってて肌も綺麗だとギリ許せる気もしてくるから不思議だ。とはいえ外で買い物してるイチゴとか見ちゃうと私が恥ずかしくなってしまうことも一度や二度じゃないから当落線上だけど……。彼女が普通のメイドロボと違うわけは、元はメイドロボじゃなかったということ。彼女は映画やドラマを撮影する時に背景のモブや端役に使うアクターロボだったのだ。高校卒業の時、先生の伝手で安く払い下げてもらった。この派手過ぎるメイド衣装もその時ついてきたもの。通常、メイドロボは服を着脱できない。身体と一体化しているからだ。でも彼女は撮影用のモデルだったからそうじゃない。一応メイドロボAI入れて売られる時にメイドロボ用の格好をこうして着せられはしたけど、これも何かの撮影の時に使ったらしい衣装だから脱がすことができる。本当はもっと普通のメイドロボと同じ格好が良かったけど、メイドロボ用の服って販売してないから……。わざわざメイドロボ用にメイド服買うのも勿体ないしアホらしいし……。そんなわけで、イチゴはずっとピンクのミニスカメイドのまま使っている。 そんなトンチキな格好でも可愛いと思えてしまう均質な肌。私はそれが羨ましくなってしまった。翌日、大学で落葉さんに会ったので、私は一緒に遺伝子脱毛を受けることを許諾した。まあ……安全らしいからいいでしょ。多分……。脱毛は悪いことじゃないし……。 お洒落なエステサロン。私は落葉さんと一緒にそこで処置を受けた。連休前ということもあってだいぶ混んでいる。落葉さんより私の方が先に順番が来た。通された部屋には円柱型の大きな容器が複数並んでいて、その中に緑色の液体が満たされ、中心には裸の女性の姿があった。あの中に入るんだ……溺れたりはしないのかな。やっぱ怖いかも。 容器の一つがウーッと音を鳴らせると、徐々に容器内の液体が排出されだした。容器内の液体が全て無くなり中の人が自分の足で立つと、スタッフの人が容器の扉を開けた。全身が液に濡れた女の人が覚束ない足取りで容器から出てきたが、思った以上に綺麗に見えた。髪や眉毛などを覗く体毛がサッパリ消えている。 (おお……) 感心してしまった。本当にちゃんと綺麗になるんだ。いいなあ……私もこれから受けるんだけど。 しばらくすると順番が来たので、私は指示に従い服を脱いだ。さっきの、そして今容器内でプカプカしている人たち同様、一糸まとわぬ姿に。施術を終えた人やイチゴの肌と比べるとずいぶん汚らしく感じてしまう。ケアはしてるんだけど……やっぱり遺伝子からやると根本的に違ってくるのかな。 容器の中に立ち、扉が閉められるとかなり不安になってきた。特に緑の液体が注がれてわが身が液体に沈んでいくと、本能的にここからどうしても飛び出したくなってくる。平静は装えない。溺死への恐怖と戦いながら、私は祈った。やがて口、そして鼻より水面が上がると内心のパニックはピークに達した。どうしよう。口開いても大丈夫って事前に説明は受けたけど、流石に怖い。しばらく息を止めていたけど容器内全て液体で満たされたころ、限界になって私は水中で口を開いてしまった。ゴポッと音を立てて液体が口の中へ流れ込む。体の中まで……。でも苦しいのは勢いよく入ってくる最初だけで、その後は不思議と苦しくなくなった。息できる。溺れない。体内が変な液でパンパンにされているのに。 ふわっと足が浮く。本来ならどう考えても溺死する状況だけどそうならないのは奇妙で仕方なかった。 くぐもった音が鳴り水面が下がりだしても、口が空気に触れると同時に私は体内の液体を吐きだしてしまった。うえええ。二度受けたいとは思えないな……。 体を拭いたあと服を着る前に鏡を見せられた。そこで私はとんでもないものを目の当たりにしてしまった。アニメのように鮮やかなピンクの髪と眉毛、そして瞳がしっかりと映し出されていたのだ。 (……は?) これが自分だとわからなかった。というか理解したくなかった。え? 何? なんで? 脱毛のことなど頭から吹っ飛び、私はスタッフに尋ねた。何で残った髪がピンクになってるの、と……。すると驚きの返事。私は脱毛だけじゃなく、あちこちをピンクに染める遺伝子染色も同時に申し込んでいたことになっていたらしい。そんな……そんなの頼んでない! 私は全身脱毛を……! その時、頭の中に浮かんだのは落葉さんの顔。申し込みあいつに任せてたんだった……。あの女……! 落葉さんは綺麗な金髪になって出てきた。脱毛もしっかりされていて一見すると人形みたいに綺麗だった。ふざけた姿にされた私と大違い。怒り狂って猛抗議しても彼女は「えーいいじゃん! 可愛いよー!」とヘラヘラ笑うだけで、全く真面目に取り合わない。最後には不機嫌そうに私がちゃんと確認しないのが悪いと言い出す始末。それは確かにそうかもしれないけど、勝手にこんな内容で申し込んでるなんて思わないじゃん! 脱毛しか聞いてないよ! 元に戻してほしいとサロン側に訴えても、間を空けずに遺伝子染色を行うのは危険なのでできないと告げられ、私は詰んだ。当面フィギュアみたいなピンクの髪と瞳でいなければならないのだ。信じらんない……最悪……。帰り道は針の筵だった。普通じゃありえない色合いのピンクの髪を露出させながら駅に行き、電車に乗るのは死ぬほど恥ずかしかった。みんな私の事どう思ってるだろう。嫌だぁ……。 家に着くと更に傷ついた。イチゴが出迎えたからだ。ほぼ同じ色合いのピンクの髪と瞳。イチゴはメチャクチャ肌が綺麗だし顔も整ってるからまだいいけど、私は……脱毛くらいじゃ足りないよ。なんか自分がイチゴと同じ土俵に立たされた上で負けたような気がして、心底惨めだった。 翌朝はもう少し落ち着いて自分の顔を見れた。夢だと良かったんだけど……。遺伝子レベルで完全に脱毛したからか、顔も腕も脚もかなり綺麗に見える。でも……頭にこんなものがのっかってちゃなぁ……。もう外出できないよ。幸い連休だけど……予定は全部キャンセルかな。酷い。 「お揃いですねー、芽衣様」 イチゴは私が髪と瞳をピンクにしてきたことが嬉しいのか、昨日から何度も絡んでくる。くう……やっぱ普通のメイドロボの方がよかったか。でもお金なかったしな……。同じ色で私より断然見目麗しい彼女に褒められると嫌味かと思う。メイドロボにそんな高度な言動できないはずだけど。いやアクターロボだったっけ。 「これ使いますか?」 彼女は髪用の塗料を提示した。メイドロボ用の。当然、人間や動物には使わないでくださいとデカデカ書いてある。いらんし。まあ、人間用でもしばらくそういうの使っちゃダメって言われてるんだけどね……。コンタクトとか目薬とかもどうしてもって病気じゃない限りは当面するなと言われている。逃げ道がないのだ。 あーっ、大学どうしよう。連休明けまで待ってもまだ再染色はしてもらえない。しばらく大学はピンクの髪で……帽子で何とかなるかな。瞳は……そこまで目立たないかも? いや目立つかな。カラコンってことで……。 しかし、連休中に問題が起きた。どーしても行かなきゃならない用事ができたのだ。でもこの格好では……ちょっと……。どうしよう。しかも結構畏まった場なので帽子も中々……。あぁ……誰か私の代わりに行ってくれないかな……いや私じゃないとダメなんだけど……。 「でしたら、私が演じましょうか?」 「え?」 悩んでいると、後ろからイチゴが声をかけてきた。そして再度同じ提案を受けた。しばらく何を言われているか呑み込めなかったけど、どうもイチゴが私に化けて行って来てくれるという意味らしいとわかると、慌てて引き留めた。 「い、いやいや無理無理無理! そんなんバレたら私終わるよ!」 いや……この髪と瞳で出るのも割と終わるな……マジでどうしよう……。 「芽衣様でしたら演じることが可能ですよ」 いや、背丈は同じぐらいだけど顔違うし……いやまあ顔立ちは同系統かも? でも流石にありえない。うう。時間が迫っている。行くなら一時間後には出ないと。 イチゴは洗面台の方へ姿を消した。私は急病ってことで断るかどうか悩んだ。でも落葉経由でバレた時が大変。返す返す一人で行けばよかった。 ウンウン唸っていると、部屋に私が入ってきた。どういうことかというと、艶やかな黒い髪をした私の顔をした女性が立っていた。が、首から下のふざけた格好のおかげでイチゴだとわかった。 「え……何それどうしたの!?」 色んな意味でショッキングな絵面だ。まるでドッペルゲンガーみたい。自分を他者視点で見てるだけでもかなり気持ち悪いけど、「私」がピンクのメイド服と白タイツしてるのがキツかった。 「芽衣様なら演じることが可能です」 あー、アクターロボだったんだっけ……メイク上手いな。メイクっていうか特殊メイクの域。確かに私そっくりだ。肌も適度に汚く見える。……腹立つなあ。でもこれなら確かに通用しそうだ。でも会話は……どうだろう。でも二年近く一緒にいたんだから学習はしてるのかな。そもそもメイドロボを代わりに行かせること自体非常識というかありえないことだけど……。バレたらヤバい。でも、私は目の前に立つ自分のビジュアルに説得されかかっていた。私じゃん。イケるじゃん。実物の迫力はすごい。 時間が迫っていたこと、そしてピンクの頭を晒したくない、恥をかきたくないという思い、何より……本当に私そっくりに変身してみせた彼女の姿によって、遂に私はバカみたいな決断を下した。イチゴに対し、私を演じて用事を済ませてきてほしいと命令してしまった。 「かしこまりました、芽衣様」 イチゴはそういうと、そそくさと服を脱ぎだした。メイドロボが服を脱ぐところを初めて見た私は慌てた。 「ちょちょ、何してんの!?」 私が勝手に服を脱いでいるようにも見えたからだ。 「芽衣様の衣装に着替えております」 「え? あ、あぁ……そうだね」 そりゃまあ、ピンクのメイド服で行かせるわけにもいくまいが……。全裸になった彼女の綺麗すぎる裸体を眺めながら、私は普通ならありえない事態の進行を見守ることしかできなかった。メイドロボは皆白いレオタードを下に着ている。それは身体と一体化していて脱ぐことは不可能なんだけど、彼女は脱いだ。アクターロボ出身だからだろう。もっとも、その体に乳首はないし股間はマネキンのようにツルツルだったけど。そして私の下着を身に着け、服を着る。迷うことなく着替えていくその様にちょっと恐怖する。私がもう一人いる。現れた。そしてその私は黒髪で美しい肢体の持ち主。ピンク髪の今の私よりずっと常識的で、本当の「私」に近かった。 「それでは、行ってきます」 「いって……らっしゃい」 呆気にとられたまま、私はイチゴが私の顔して私の服を着て、私の鞄を持って出かけていくのを見送った。送ってしまった。あ、どうしよう。なんか恥かきたくない一心で流されちゃった。バレたらヤバい。メイドロボ行かせた方が恥だ。 しかし私のスマホはイチゴが持って行ってしまったので、今更止める手立てがなかった。走って追いかければ間に合ったろうが、このピンク髪で外にでることができるなら、そもそもこんな展開にもなっていなかったはずだ……。 イチゴが上手く切り抜けてくれることだけを祈り、私は心臓をバクバクさせながら部屋で吉報を待った。そして、ベッドで横向きになった瞬間、イチゴの服が目に映った。脱ぎ捨てられたピンクのミニスカメイド服。長い白手袋。白タイツ。そして……普段お目にすることのない白いレオタード。どれもが透明人間に着られているかのように形状を保っている。メイドロボの服は布じゃない。ゴムと樹脂の中間みたいな質感で厚みがあり、適度に光沢がありテカテカしている。暇だったのと、落ち着けない状況でソワソワしていたのが手伝って、私は自分でも思いもよらなかった行動にでた。メイドロボの服ってどんな感じなんだろう……ちょっと着てみる? 二度とない機会だし。 メイドロボの服は脱げない。だから、人が着ることはない。しかし、それが今目の前に脱ぎ捨てられている。好奇心だった。あとは、イチゴが私の服着てるんだからオアイコみたいな……。私はさっきのイチゴのように服を脱ぎ、純白のレオタードを手に取った。形状を保っているのでソフビ人形の胴体パーツのようだった。一瞬これ着れないじゃんと思ったものの、伸縮性が高く、強引に突っ込めば割と簡単に身に着けることができた。首と手足を全て出すと、キュッと胴体が締め付けられる感触があった。まるで肌に張り付いているみたいに。 (お……おお?) 気持ちいい。それが最初の、そして率直な感想だった。滑らかで心地よい肌触り。ちょうどよい圧迫感。ピチッと締まっているにも関わらず身をよじっても突っ張らない。私はあっという間に虜になってしまった。続けて手袋。白タイツ。どちらも同じ素材だからか、天にも昇れそうな快感だった。 (えーっ、何これ、すごい……!) メイドロボの服ってこんなに着心地良かったの!? なんで!? 人間用の服もこんなならいいのに! 私は手足や腰を何度も動かし感触を確かめた。どれも隙間なく密着しているのに動作の邪魔になることなく、かつ皮膚と衣装の間に空間を生まずに追従する。皺ができない。どういう原理なんだろう。でも……すっごい気持ちいい。唯一皮膚を覗かせる上腕にこの感覚を味わってもらえないのが申し訳ないくらいだった。 これ、部屋着にいいかも。私はイチゴを代理に送り出したアホな決断も忘れ、ルンルン気分でベッドに転がった。これって買えないのかな。売ってないか。本来脱げないもんだし。 ただ、鏡の前に立つと流石に顔が真っ赤に染まった。テカテカした純白のレオタード、白タイツ、長手袋。あまりにもフェティッシュな格好に、我に返った。 (な……にやってんの私……!) メイドロボの服着て気持ち良くなってるなんて変態染みてる。しかも見た目がヤバい。でも、脱ぎたくなかった。本当に心地よいから……。 そこで私は、上から……着てしまった。白いフリルを持ったピンクのミニスカメイド服を。鏡の前に立つと、また赤面してしまう。何やってんだ私……。でもさっきよりはマシな格好に思える。それに、このメイド服もまるで私の身体にピッタリあつらえたかのように密着してきて気持ちいいのだ。 (恥ずかしい……けど、なんか……いい、かも……) 髪と瞳がピンクに染まっているのも今は強みに転じていた。まるでイチゴみたい。もし私がメイクをしたら……イチゴが私になったのとは逆に、私がイチゴになるだろうか。 (イチゴは……上手くやってるかなぁ……) 服を取り換えっこする形になった相方のことと自分の社会的地位を案じながら、私はメイド姿のままベッドに転がり、いつしか寝てしまった。 (ん……) 目が覚めると、既に夜の七時だった。 (やばっ) 勢いよく起き上がると、イチゴの声がした。 「おはようございます芽衣様」 「えっ……」 自分が床に座っていた。その光景を外から眺めていることに困惑したが、イチゴを私に見立てて送り出したことを思い出す。 「あ、うん……どうだった?」 聞くのが怖いけど聞かざるを得ない。 「撮影成功です」 「さつえ……」 多分、演技は上手くいったということなんだろう……。スマホを見せてもらったけど、お怒りのメッセージは確かに見当たらない。 (うーん、ホントかなあ……) まあ、それとなく友達に聞き出せば実際のこともわかるか……。私は一安心して、彼女が用意してくれていた夕食に手をつけた。自分がイチゴの格好をしていることに気づいて真っ赤になったのはお風呂に入るときだった。 それから連休中、私はずっとイチゴの服を着ていた。あまりの着心地の良さに癖になってしまい、脱ぎたくなかったのだ。とにかく肌と接する面積を確保して快感を得ていたいので、手袋もタイツも装着し続けた。ピンクのメイド服は……着なくていいんだけど、流石に着た方がまだ格好つくように思えたのでついでに着た。イチゴには私の服を着るよう指示。そんなわけで、我が家では人間とメイドロボの姿が入れ替わったかのような奇妙な光景が日常となっていた。イチゴ本人にずっと見られているのが物凄く恥ずかしいしいたたまれなくなる時もあるけど。 「芽衣様は私を演じたいのでしょうか?」 「えっ! いや、そういうわけでは……」 ある日、イチゴに突然そう問われて困った。気持ちいいから着てるだけ、とは何となく答え辛かった。すると彼女は私にメイクを施すことを提案。イチゴの顔になるメイクを。 それは流石に……と思ったものの、興味本位でオーケーした。一度くらいなら。どうせこんな格好してるし。暇だし。 人間のメイクに使うのとは違うメイドロボ用の道具にちょっと怖くなったものの、健康上の影響はないと聞き、そのままやらせてしまった。イチゴは慣れた手つきであれよあれよという間に私の顔面にかつてのイチゴの顔を蘇らせた。鏡を見ると驚き。イチゴがそこに立っていた。顔も格好もイチゴそのままだ。 「すごいねえ。メイクも任されてたんだ」 が、間の悪いことに来客があった。大学の友人……。心臓が喉から飛び出るかと思ってしまった。よりにもよってこんな格好してる時に! 仕方なくイチゴに応対させた。 「いい!? 私として振る舞って! 絶対バレないようにね!」 「かしこまりました。芽衣様はどうなされますか?」 「私は……」 ワンルーム。逃げ場がない。風呂に隠れても友人がトイレに来たら終わる。この格好。絶対ヤだけどやりたくないけど……一つしかない。 「私のことは……イチゴとして扱って」 「かしこまりました」 その後、私は顔が真っ赤になるのを必死に堪えながら、部屋の隅っこに突っ立っていた。イチゴは見事に私を演じて自然な応対をこなしていた。友人も気づかない。その脇で本物の私は……ピンクのミニスカメイド服で直立しているのが全く惨めだった。 (なんか……これ……私……いらなくない?) これから大学行くのもイチゴに任せちゃって良さそうな気がしてきたよ。ていうか早く帰ってお願い……。特殊メイクのおかげで赤面が外に出ないことだけが唯一の救いだった。 ようやく友人が帰ったあと、流石に私は服を脱ぐ決意を固めた。もうまっぴら。が……。 (……あれ?) メイド服が脱げない。いくら引っ張っても動かない。昨日までこんなことなかったのに。胴体に密着したまま、一ミリの空間もできない。しかも脱げないのは手袋もだった。私の腕にピッチリと貼りつきビクともしない。タイツもだ。 「イチゴ……これ、脱がして……」 いい歳して服も自分で脱げないなんて。しかしイチゴのロボットパワーをもってしても脱ぐことはできず、身体が一緒に引っ張られて痛いだけだった。 「ど……どうなってるのこれ……」 メイドロボの服が脱げない事態の解決法をネットで調べても、出てこない。当然だ。人間が着ることはありえないんだから。売ってもないし、メイドロボと一体化してるから脱がせな……。 (……) 私は恐ろしい可能性に思い至った。メイドロボは自己修復機能があると聞く。調べてみると……どうやら衣装の方にその機能は搭載されているらしかった。短いスカートを捲ると、タイツとレオタードの境界線がなくなり融合していた。私の胴体から下半身にかけて、余すところなく真っ白だ。 (あ……あ……あ) ヤバい。修復機能が働いてるんだ。そうに違いない。どうしようこれ。病院? メーカー? いやでも……どう言おう。ていうか恥ずかしすぎるよ。ニュースとかになったらもう生きていけない。自力で何とかできないかな。 既に夜だったのと、あまりにも馬鹿馬鹿しいトラブル過ぎて恥ずかしいのとで、私はどこにも連絡できなかった。翌朝になっても服は脱げないどころか、更に悪化していた。私の肌が信じられないぐらい綺麗になっていたのだ。イチゴのように。メイドロボのように。私は呆然とした。ただ服が体にくっついているだけじゃなく、私の身体も「修復」されているということだからだ。 (まさか……まさか……私、メイドロボになっちゃうんじゃ……) 慌てた。流石にもうどっかに連絡して助けを求めるべきか。でも……今日から大学だ。どうしよう……そうだ! とりあえずイチゴに! 私はイチゴを大学に行かせた。行かせた後で、私は一人で病院かメーカーへ行かないといけないことに気づき、パニクっていたとはいえ自分の愚かさに呆れた。こんな格好じゃ外歩けないよ。いやでもメイドロボだと……イチゴだと思ってもらえるんなら大丈夫かな……? でも、羞恥心が勝った。どうしてもこの格好で外に出ることはできず、私はイチゴの帰りを待つことしかできなかった。そして、その日私は一度もトイレに行くことが無かった。 「ただいまー」 「おかえりなさ……い、ませ……?」 イチゴが帰ってくると、私の身体が勝手に動いて出迎えた。短いスカートの裾を持ち上げ、頭を下げさせられる。絶対、私が自分の意志でやった行動じゃない。これは……ホントにまずいかも。 「イチゴ……。私、身体が……メイドロボに」 口が上手く動かない。まるで口周りの筋肉が私が自発的に喋るのを妨害しているかのようだ。イチゴは私をジロジロ見た後、いつか聞いた言葉を言った。 「芽衣様は私を演じたいのでしょうか?」 「違い……ます」 そんなわけない。身体が「修復」されてメイドロボになりかけてるの。助けてほしいの。しかしその言葉がうまく紡げない。私は両手を胸の前で重ねて突っ立ったまま、クネクネすることしかできなかった。そしてどうやら、イチゴはメイドの格好をしてメイドロボっぽく振る舞いだした私を見て、最悪の解釈をしてしまったらしかった。 「かしこまりました」 (それ……どういう意味!?) 直後、イチゴは私に「命令」を下した。部屋の整頓だ。 「それはイチゴがっ……かりました……っ」 ゼンマイが切れかけた玩具のようにたどたどしい動きで、私の体が掃除を始めてしまった。イチゴは私の「ロールプレイ」に付き合うことを選んだらしい。 「違うの、これは……違くて」 今でさえこれなら、明日になればどうなってしまうのだろう。私は小声で病院やメーカーへの連絡を頼んだけど、聞き取ってもらえなかった。そして、寝静まる頃には自分から何か言うことができなくなってしまった。 「いってらっしゃいませ、芽衣様」 翌朝、私は私を見送った。頭を下げて。屈辱だった。もう、身体が動かせない。修復された結果生まれたらしいメイドAIが私を操縦している。 イチゴは何も疑問に思うことなく私として出かけていった。その後、私は洗濯と部屋の掃除をこなしてから……買い物に出かけてしまった。死ぬほど嫌だったこの格好での……ピンク髪、ピンクメイド服での外出。 (やっやめて……) 必死に抗おうとしたけど、止められない。私はこれ以上ないほど恥ずかしい格好で強制的に往来を歩かされた。特殊メイクで顔が覆われていなかったらタコより赤く染まった顔に、誰かが人間だと気づいてくれたかもしれない。でも……この顔じゃ、もう僅かな望みも託せない。以前からイチゴが出歩いていたからだろう、だれも私に格別の注意を払わない。それがまた悔しかった。 (みんな……私を……イチゴだと、メイドロボだと……思ってるの?) 私、一体どうなっちゃうんだろう。もしかして、このままメイドロボになってしまうの? 嫌だ。そんなの。あるわけない。そんなことありえない……。し、しかも……よりにもよって、こんな全身どピンクのメイドになるなんて……! 「おかえりなさいませ、芽衣様」 夕方、私は私を出迎えた。 「ただいまー」 まるで私のような口ぶりだった。大学のみんなはイチゴを私だと思ってるんだろうか。だとしたら……私の発見は……私が完全にメイドロボになってしまうまで、なってしまっても……ないかもしれない。「私」は、藤原芽衣は変わらず日常を送っているのだから。 (嫌だよ……誰か助けて。メイドロボになんてなりたくない。しかもピンクで……ミニスカで……ヤダぁ……) 特殊メイクに覆われた私の顔には、涙も紅潮も二度と浮かび上がることはなかった。


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