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彫刻になった王女

馬車が止まった。周囲は月の光がわずかに差し込む暗い森の中で、目的地には程遠い。 「何事です」 従者が窓に近寄り、革命軍の検問が近いと説明した。先回りされていたらしい。続けて爺やが無事に通り抜けるための作戦があると言った。その内容に私は驚き、最初は質の悪い冗談かと思ってしまった。要するに私が革命を逃れ逃亡中の第二王女だとバレないよう偽装できればよいのだが……その方法が問題だった。必要なら奴隷に扮するぐらいの覚悟はあったが、求められる役はそれを遥かに超えていた。いや下回ったというべきか……。私を魔法で石化し彫刻に変え、積み荷に見せかけるというのだ。 「詳細な人相書きが出回っておりますゆえ、もはやこれしかないのです。どうか……」 「……わかりました」 皆の顔は真剣そのものだった。とてつもない屈辱ではあるが……致し方ない。私についてきてくれた皆の命もかかっているのだ。それに今の私にもはや守らなければならぬ名誉など残っていないのだから。 「おいたわしやレナータ様……。あれを」 爺やが従者に顎で指図すると、彼は後ろの荷馬車から布のようなものを持ってきた。暗くてよく見えないがドレスのようだ。その他に髪飾りや靴、腕輪もある。 「こちらにお召替えください。このために用意しておいたものでございます」 「う……うむ」 ドレスを受け取り馬車のカーテンを閉めた時、私はランプに照らし出されたドレスの正体に気づき、思わず窓を開けて抗議した。 「おい。これは……なんだ?」 「”花の妖精”の衣装でございます」 「童話のか?」 「はい」 「……」 「こんな……こんな格好できるかあぁー!」 私はドレスをひっぱたいて叫んだ。花の妖精とは有名な童話であり、その主人公を指すのであるが……。この衣装はまるで、子供のお遊戯会のようなデザインだった。よく絵本で見る花の妖精そのままの。 「そうは言われましても……レナータ様のイメージと少しでも離れた方が」 「男装かなんかでいいだろう!」 「しかし……レナータ様にそのような格好を」 「あのなぁ!」 私だとバレないよう私のイメージから遠い格好にしたいが、あまりにも変な格好はさせたくないという葛藤の結果生み出された折衷案が、どうも花の妖精らしかった。確かに可愛らしい衣装ではあるが、それは子供が着た時の話だ。私の年齢でこれは……ちょっと……その。ピンクと緑をメインに使った、名前通り花を模した可愛いワンピースドレスは大人らしさとは程遠い。しかも脚をかなり露出する。耐えられない。 喧々諤々のやり取りの末、結局私は折れた。言い合っても仕方ない。革命軍に見つけるだけだ……。検問を抜けるまでの我慢だ。 再びカーテンを閉めて私は着替えた。抵抗はすさまじかった。これだったら奴隷の格好の方がまだ格好がつく気がしてならない。変に折衷したせいでなんか……私がマジで可愛いと思ってこういう格好してると思われてしまうラインになってしまったのが我慢ならない。 メイドは慣れた手つきで私の着替えを手早く終えた。幼い子供のようなデザインのドレス。しかも丈が短く脚が大胆に露出してしまう。王女たる私がこんな……顔がリンゴのように熟れてしまう。そして花の冠を模した髪飾りで長い髪をポニーテールに結わい、腕にも花のような腕輪をつけさせられた。靴もかなり幼児っぽいデザインで死ぬほど恥ずかしい。泥をすする覚悟ではいたが……こういう泥は想定していなかった。 最後、背中に妖精の羽を接着され、私の変身は完了した。馬車から降りると歓声が上がり、私は耳まで赤くして俯いてしまった。 「よくお似合いですよレナータ様」 似合いたくないんだが。 月夜が照らす中、馬車から少し離れたところでいよいよ本命の処置が始まった。魔法陣の中に立った私はお付きの魔術師が唱える魔法によって、石化の呪いを全身に受けた。 (……っ) 陣が淡く光り、幼児デザインのピンク色の靴が冷たい灰色に染まりだした。足の感覚がかつてないほど硬い。指が動かせない。みっともない反応はすまいと思っていたが、全身がただの石に置換されていく感覚は怖くないとは言えなかった。見守る皆にも伝わってしまうのか、ある者は心配そうに顔をしかめ、ある者は別れの場であるように涙ぐんだ。 腰まで石化がおよび身動きとれなくなった段階で、私は少しでも堂々と見えるように石化したくなってきた。哀れみを誘うような姿はごめんだ。ましてや革命軍に見られるのだから。 とはいえもう下半身は固定されてしまった。私は短いスカートの裾を軽く両手でつまんだ。カーテシーには短いスカートだが……胸を張って石化したい。 スカートから指先に石化が進み、私はスカートを手放せなくなった。かつて王女だった人間がただの石塊と化していく中、私は不安や恐怖を超克して柔らかい笑みを懸命に浮かべた。恐怖は伝搬する。皆を不安にさせてはいけない。胸が灰色の浸食に飲まれ、遂に首へ進撃する。一筋の汗が顔から流れてしまったが、汗は石化することなく硬く冷たい石の身体の上を静かに流れ落ちていった。それと同時にいよいよ顔もカチカチに固定され、私はまっすぐ目を見つめて微笑んだまま、遂にその全身を石に変えられてしまった。 (動けない……) 当たり前だが、全く動くことができなかった。ただ、通常の拘束とは次元が違う。体の動きそのものが禁じられ、指一本どころか筋肉の筋一本さえも動かせない。動こうとする意思がこれっぽっちも肉体に反映されない。まるで時間を止められたかのようだ。何をされても私は抵抗することができない。もし革命軍に見破られたら――想像するとゾッとした。流石にやりすぎでは、抵抗の余地を残しておくべきでは……と不安が増大する。 「よし。次だ」 「はい」 (?) てっきりあとは荷馬車に積まれるだけと思っていたのに、魔術師は私の足元で屈み、魔法陣を書き換え始めた。なんだ……まだ何かやるのか? 魔術師が陣から下がり、また魔法を唱えだした。陣が妖しく光る。 (おいっ、何をするんだ、説明しろ) しかし、だれも私に向かって口を開かない。もう私は動きも喋りもしないのだから不要だと? ……あとで酷いぞ。 憤慨していると徐々にみんなが巨大化し始めた。ドンドン背が高くなっていく。 (な……なんだ!?) 目線が下がり、皆の顔が見えなくなった。森の木々も大きくなっていき、地面の魔法陣が視界に入り込む。 (これは……まさか) 世界が巨大化するわけがない。私が……小さくなっているんだ。 (や……やめろ! そんなこと聞いてないぞ!) しかし、哀れ小さな彫刻にされてしまった私の口が開くことはなかった。黙ってなされるがまま、全て受け入れることしかできない。 世界の巨大化がストップすると、爺やが私を拾い上げた。まるで巨人に捕まったみたいで思わず震えそうになったが、小さな石の身は微動だにしなかった。 痕跡が残らないよう魔法陣を丁寧に片づけるのを視界の端に捉えながら、私は荷馬車に積み込まれた。箱に仕舞われ、蓋をされる。今や私はただの荷物……童話のキャラクター、花の妖精の彫刻だった。 真っ暗な中、ガタガタ揺れる馬車の振動だけを感じる。あれからどのぐらい経ったのだろう……。本当に何にもできないので、周囲の様子がわからない。馬車の振動が止まり、聞きなれない人の声が聞こえ始めた時には、むしろ安心感さえ覚えた。革命軍の検問だというのに。それくらい、変化のない暗闇に身動きもとれず押し込まれているのは辛かった。 無遠慮な靴の音と振動が伝わってくる。荷馬車に革命軍の連中が乗り込んできたようだ。無事誤魔化せるといいが……。見つかったらどうしよう。いやどうにもできない。指一本動かせない上、人の膝にも届かないほど小さくされているのdから。おまけにこの格好じゃ、大陸中の笑い者だな……。 革命軍が積み荷を一つ一つ確認しだした。かなり乱暴で粗雑なのが音と気配だけでわかる。恐怖だった。自分の何倍もある巨人たちがすぐ近くでそのように振舞っていることは。 (大丈夫……大丈夫だ) 今の私をレナータ王女だと気づく人間がいるわけがない。花の妖精に扮したうえに石化され縮小までされたのだ。人相などすっかり変わっている。皆は旅の商人に偽装しているし……。 私の番はなかなかこなかった。やっと箱のふたが開けられ憎々しげな巨漢の顔に覗き込まれた時は心臓が飛び出るかと思ったが、すぐに蓋を閉じられ、あっけなく確認は終わった。そりゃそうだな。「隠れた王女」は王女より大きな箱にいるはずだ。こんな小さな箱に仕舞われている彫刻が逃亡中の王女と結びつくはずもない。最初はやりすぎだと憤慨した縮小化も、冷静で的確な判断だったと言わざるを得ない。石化だけだとあっさりバレたかもしれない。 (……ふう) どうやら王女は隠れていないと結論づけてくれたらしく、荷馬車には聞きなれた足音の主が乗り込み、また動き出した。良かった……。何とか切り抜けたぞ。 またしばらく暗黒の長い時間を体感したのち、箱が開けられ従者がささやき声で告げた。無事に検問を抜けたので安心してくださいと。 (よ……良かった) やっと心の底から安堵できた。が、次の瞬間また蓋を閉じられてしまったので困惑した。 (お……おいっ、なんだ、閉じるんじゃない!) てっきり元に戻してもらえるとばかり思っていたので、まだしばらく彫刻としてジッとしていなければならないらしいことに憤った。も、もういいだろう。ここから出してくれ。動けるようにしてくれ。しかし再度箱が開けられることはなかった。私が時間を長く感じているだけで、まだ検問から遠くないのだろう……そう自分に言い聞かせつつも、私はこの惨めな姿から早く脱したくてたまらなかった。 結論から言うと、私がみんなに元に戻してもらえることはなかった。信じられないような残酷な悲劇が私たちを襲った。山賊に襲撃されたのだ。私は動くことも喋ることもできず、何が起きているのかもわからないまま、怒号と悲鳴、叫び声の中静かに箱の中に納まっていた。皆は殺されたか逃げたかでいなくなり、私は……山賊たちによって戦利品として奪われてしまったのだった。 「おーっ、みてくだせえ、すごい彫刻ですぜ」 「へっへっ、こりゃいい値がつきそうだな」 (や……やめろ! 私は彫刻じゃない!) 私の完璧な偽装は最悪の方向に威を発した。本物の彫刻だと勘違いされ、山賊たちによって荷馬車から運び出されてしまったのだ。必死に逃げようともがいたが、やはり体が動かない。うめき声一つ出せないので、助けも呼べない。交渉もできない。 (んんっ……ああ……) 動けないことをこれほど呪った日はない。こんな状況になっても可愛らしく笑みを浮かべ続ける自分に心底嫌気がさした。でも、私は自分の心情を外に出すことがどうしてもできなかった。石化された一瞬の心情を、私は永久に固定されたまま変えることは許されなかったのだ。 一体これからどうなるんだ……。みんなは? 全員殺されてしまったのか? ……ああ。何もわからないし、誰も説明してくれない。山賊たちにとって、私はただの彫刻でしかないのだから。助けが来なかったらどうなる? まさか……私は、このまま永遠に彫刻として……しかもよりにもよって、花の妖精の格好をしたまま生きなければならないのか? その可能性が高いことに気づくと、恥も外聞も捨て泣き叫びたくなった。が、私の体はスカートの裾を軽くつまんで笑みを浮かべたまま動かない。それが益々私を苦しめた。 「続きましては……花の妖精の彫刻でございます」 汚い机の上に置かれた私は、オークションを訪れた買い手たちの顔を眺めた。知っている顔がいない……。山賊がモノを出しているだけあり、場末の闇よりオークションのようだ。 (ち、違う……彫刻じゃないんだ。誰か……気づいてくれ) 山賊たちの会話でオークションに出されることを知った時から、既知の人間に買われることだけが私に残された最後の希望だった。私がレナータ王女だと気づいて、元に戻してくれるかもしれない……。しかし、会場の来場者たちに残念ながら私を助けてくれそうな人間はいなかったし、机上の彫刻が二重に呪いを受けてこうなっている人間だと気づきそうな聡明な顔も、見当たらない。 「20万!」「30万!」「50!」 (やめろ! 買うな! 買わないでくれ! 私はモノじゃない!) ずっと山賊たちのところにいれば、いずれ助けが来るかもしれない。しかし場末のオークションなどで売りさばかれてしまっては、たとえ助けがあっても足取りを追うのが難しくなってしまう……。つまり、私は永遠に花の妖精の彫刻にされてしまう可能性が高くなる。 必死に祈っても、私はまるで買われるのを待ち焦がれているかのように、可愛らしくスカートの裾をつまみ微笑んでいることしかできなかった。 最終的に知らない商人に落札された私は、ジロジロと観察されてから再び箱に仕舞われた。商人がこんなに出来の良い彫刻は見たことがないと褒めるたびに、そのブクブクした顔を蹴っ飛ばしてやりたくなったが、どうすることもできない。 私は知らない場所の知らない商人の屋敷に運び込まれ、廊下の一角に飾られてしまった。単なる彫刻として。 (そ……そんな) これで私は本当に……ただの彫刻に成り下がってしまった。廊下に飾られた妖精の彫刻が、生きた人間だなんて……かつて王女だった女だと気づいてくれる人がいるだろうか。まず期待できない。しかも買い手売り手共に本当にただの彫刻だと思っているのだから猶更絶望的だ。 (う……動け。動いてくれ……) 私は何度もここから逃れようと手足に指令を出したが、その指令は全て却下された。手足まで届かせてもくれない。髪の毛一本揺れることもなく、私は屋敷の廊下をかざるためだけの存在である実績を積み重ね続けた。この私が、田舎の商人の屋敷の……廊下の飾り物とは……。それだけでも耐えがたい屈辱なのに、格好と名前も問題だった。大胆に両脚を露出するミニスカートの幼児っぽいデザインのドレス。そして皆が私を「花の妖精の彫刻」だと認識している。そう、レナータ王女の彫刻ですらないのだ。もし……もし仮に一生彫刻のままなのだとしても……せめて、せめて「石化された自分」でありたかった。革命軍に石化されてさらし者にされる方が自尊心を保てたかもしれない。私でも人間でもないただの置物にされるだなんて……あ、あんまりだ……。 誰一人私を人間だとは思わない。屋敷の廊下を飾る彫刻として固定された笑みを浮かべ続けるだけの日が過ぎていく。誰かが目の前を通るたびに祈りをささげて頭の中で呼びかけるが、誰も応えてくれない。発狂してしまいそうだ。このまま永遠に妖精の彫刻のままだなんて。 (何とか……何とかならないのか……) 動くことも喋ることも封じられ、名も立場も何もかも奪われ風景に溶ける日々。何もできない時間がこれからも延々と流れていき、最終的には人間として生きた時間を上回る日が訪れるのかと思うと、過酷すぎる仕打ちに世を呪いたくなる。 表情筋の一筋すら動かせないまま、季節の移り変わりを幾度か経験したある日のこと。ある客人が目の前を通りかかると、急に私の方をジッと見つめだした。何かに驚いたような顔だった。静かに目の前に顔を近づけてきた。 (……?) 客人が彫刻としての出来を品評することは何度かあったが、この女性は明らかにそうではなかった。私は彼女が魔術師だと気づき、数か月ぶりに途切れかけていた思考を活性化させた。 (助けて……) 「おう。素晴らしい彫刻でしょう」 商人がやってきてそう言うと、魔術師の女性はどこで手に入れたのか質問した。田舎のオークション由来だと知った彼女はその後も複数の質問を投げかけた。まるで探りを入れているようだったが、商人に真意はわからなかったろう。私だけがわかる。商人が呪いで彫刻にされた人間だと知ってて買ったのか、呪いに関わっていたのかを探っている。 商人は関係ないらしいと悟った彼女は、譲ってもらえないか申し出た。私は久々に祈った。受けてほしい。この人に私を譲って。お願い……。 「仕方ありませんねえ……カーチャ様の頼みとあらば」 (やった!) 私は歓喜した。元に戻れるかもしれない。また動けるようになるかもしれない。私に、レナータに戻れるかもしれない――。 魔術師の家は汚くてゴチャゴチャしていた。彼女は巻かれた紙を棚から取り出し床に広げ、そこに描かれた魔法陣の中に私を置いた。彼女が魔法を唱えると、幾年かぶりに……私の体が色彩を取り戻した。 「……あ」 全身が強制的な硬直から解放されると、私はその場に崩れ落ちた。動けない。体に力が入らない。どうやって動くんだっけ……。手足の動かし方がしばらくわからず、全身脱力して転がっていることしかできなかった。 起き上がれるようになってからも、喋れるようになるまで数日訓練が必要だった。それからようやく事情聴取が始まり、魔術師は呪われた経緯を知りたがった。彼女曰く非常に綺麗で整った呪いらしい。呪いにもそういうのがあるのかと思いつつ、私は自分の身と経緯を明かし、心からの感謝を述べた。しかし、私が数年前に革命で追われ行方不明になっていた王女だという情報はお気に召さなかったらしい。 「私、そういうのあんま関わりたくないんだよね~。そういうことなら申し訳ないけど……彫刻に戻ってくれる?」 「そ……そんな! わ、私は別に……王女に戻りたいとかないので! 何でもしますから彫刻にだけは!」 縮小は解いてもらえてないので逃げようもない。私は必死に命乞いした。彼女は私の処遇についてしばらく考え込んでいたが、棚から別の魔法陣が書かれた紙を取り出して広げた。 「じゃー、うちで雑用とかやってもらえる? それだったらちょっとは自由にさせてもいいよ」 「は……はい! ありがとうございます!」 雑用……メイドってこと? だったら平気だ。助かった。彫刻に比べればどってことない。 「じゃ、乗って」 てっきり縮小を解いてもらえると思った私は、疑うことなく彼女の陣に乗っかった。 (ううう……まさかこんなことになるとは) 魔法薬の材料を運びながら私は心の中で愚痴った。私の体は小さいままだ。それどころか、ますます人間から遠のいてしまった。材料を運び終えた私は棚の上に降り、背中から生える羽根を休めた。魔術師のカーチャは私に種族変更の呪いをかけ、本当に妖精にしてしまったのだ。おかげで飾りだった背中の羽根は、今や本当に背中から生えた生きた羽根だ。衣装も花の妖精のままで、着替えたくとも着替える服がない。 「お疲れー。休んでいいよー」 カーチャがそう告げた瞬間、私は慌てて次の用事を申し付けるよう縋ったが、あえなく私は用事を失ってしまった。体が勝手に飛び立ち、四角い石の台座に向かう。その上に着地した私は胸の前で両手を重ね、にっこり微笑んだ。これらは全て私の意思じゃない。カーチャの呪いによるものだ。そして足元から石化が始まり、小さな私はあっという間に全身灰色に塗りつぶされ、哀れ妖精の彫刻に戻されてしまった。そう、用事がないときに私は所定の位置で石化してしまうようにされたのだ。だからどうしても逃げることができない。 (うううう) せっかく助かったと思ったのに……。まさか今度は本当に妖精にされるなんて。これじゃ使い魔だ。いやそれよりもっとひどい……。なにせ普段はこうして動くことも喋ることもできないインテリアにされてしまうのだから。 耐えがたい恥辱だけども、あの商人の屋敷で廊下の小さな飾りだった時よりはマシだと認めざるを得ない。私が人間だと知っている相手に所有されている、少しは動ける時間があるってだけで根本的に違う。いつかは完全に戻してもらえるかもしれない。その希望がある。……もっともカーチャにその気はなさそうだけど。 (くうぅっ……) カーチャによる石化も以前の石化と変わらず、ピクリともできない。も、もういや。誰か私を助けて。私は彫刻でも妖精でもないのにっ。 新たなご主人様が大きな鍋の中をかき混ぜる様子を静かに見つめながら、私は次の用事を言いつけられる時まで棚の飾りを務め続けるのだった。


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