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プレイヤーカード

「ねえねえ、これ遊んでみない?」 「なにこれ?」 「カードゲーム。みたいだよ」 悪原さんが置いた日焼けした箱の中には、少し厚めのカードがギッシリ詰められていた。カードの上半分はイラストが占め、その下に色々な数値や文章が書かれている。何かのTCGのようだ。 「なんていうカードゲームなの?」 「さあ? 持ってた人もよく知らないって」 なんでだよ、と思ったけど話を聞くとこれは公園のフリーマーケットで買ったのだという。売り手のお兄さんも親戚の遺品整理で出てきたやつだから詳しくは知らないとのこと。 箱はかなり古びれてるしなんかおばあちゃんちの箪笥みたいな匂いがするし、かなり古そう。数十年前に出たマイナーなゲームなのかな。 しかしそれにしてはカードが綺麗なのが気になった。ルールブックはヨレヨレだけど……。 「まあいいよ。暇だし」 放課後、私たちは部室で遊んでみることに決めた。古いカードゲームかあ。どんなだろ。 ゲーム部の部室。私たちは机上にカードを出して並べた。ルールブックによるとプレイヤーカードというものを一枚ずつ出して毎ターン戦わせる? らしい。プレイヤーカードは何故かどれもイラストがなく、枠の中が真っ白だった。 「これひょっとして不良品なんじゃない?」 「かもね~」 落丁もそれはそれで面白い。でも気になるのはルールブックにカードゲームの名前が記されていないこと。製造元もわからない。……ひょっとして誰かの手製なのだろうか。ネットで検索してもそれらしいゲーム見つからないし。 「じゃあ、とりあえずやってみますか」 席に着いた悪原さんが自分のターンを宣言した。場には一枚のプレイヤーカード。その後ろに属性カードと衣装カードが裏面で並ぶ。この二種類のカードでプレイヤーカードを強化するのが基本進行であるらしい。 「じゃあ、これ!」 彼女が上の列にあるカードを一枚めくった。上の列にあるのは属性カード。シャッフルして裏のまま並べるので、めくるまで何のカードからわからない。 「ウサギだ~!」 属性はウサギだった。プレイヤーカードにウサギ属性が付与される。その瞬間、悪原さんが突然「んんっ」と嗚咽のような声を漏らし、椅子からわずかに飛んだ。 驚きの光景に、私は目を真ん丸に見開き、彼女の頭上を眺めた。そこにさっきまでなかったものが存在していた。縦に長いふわふわの……ウサギ耳。まるでバニーガールのような。 悪原さんは立ち上がって必死に自分のお尻を手でまさぐっていた。なぜ頭を無視してお尻? ああ、見えてないんだ。 「悪原さん……頭、それ……何?」 「え?」 私が指摘すると、悪原さんが自分の頭に手をやり、「えーーっ!」と叫んだ。おふざけじゃないのは明白だった。私も作り物には見えない。生きた本物の白いウサギ耳。それが……「生えて」いる。飾りじゃない。彼女の頭から。パニクる彼女が私を冷静にさせたので、落ち着きながらなだめることができた。そして彼女は突然服を脱ぎだし、下着姿になって私にお尻を突き出した。 「ねえ、ここなんかある!?」 何もないと言ってくれと言いたげな、悲痛な声。しかし残念ながらお尻の少し上に、白い小さな突起物があった。彼女の尾てい骨から生えたそれは……白い毛をまとったウサギの尻尾だった。 「も、もうやめるー! これ呪いのゲームだよー!」 プレイヤーカードにウサギ属性を付与したらこうなったのだから、原因は明らかだった。このカードゲーム……やばい。そんなことありえないでしょと思うけど、現に生えているのだから信じるしかない。私も耳を触らせてもらったけど、生々しい迫力と命の感触があった。 「うん、そうだね。先生呼んでこよ」 私も立ち上がった。自分のターンやりたくないし。しかし、部室から出ようとした悪原さんの体が突然淡く光ったと思うと、その場からパッと消えてしまったのだ。 「!?」 呆気にとられ、しばらく何が起きたのかわからなかった。悪原さんどこ? もう先生呼びに行ったの? いや違う。ずっと視界に捉えていたけどそんなところ見ていない。急に消えた。 嫌な予感がして、私は机上に顔を向けた。すると空白だったプレイヤーカードのイラスト枠に、イラストが描かれていた。ウサギの耳を生やした女子高生のイラストが。泣きそうな顔で正面を……私を見つめている。その顔は二次元にデフォルメされていたけど間違いなく悪原さんだった。 (ええぇぇー……) 血の気が引くとはこのことか。私は腰に力が入らなくなり、自分の席に座り込んだ。悪原さんが……カードになっちゃった。プレイヤーカードって文字通りプレイヤーのことだったんだ。嘘でしょ。こんなことになるなんて私……。え、でもどうすればいいのこれ。悪原さんはもう一生カードのままなの? 助ける手段は……。 私が何をすべきか、いや正確には……何をすべきでないかは何となく悟れた。ひょっとしたら彼女はゲーム中に試合を放棄したから罰ゲームを受けたのでは? だとしたら私が部室から去ろうとすれば二の舞になる可能性がある。二人ともカードになっちゃったらお終いだ。 死ぬほど悩んだけど、悪原さんを見捨てて去る勇気が結局出なかった。先生呼んでもどうにかなる気がしないし……私もカード化される可能性を考えると、ね。 選択肢は一つしかない。きっと最初からそうだったのだ。 「私の、ターン。だね」 私はゲーム続行してみることにした。ゲームがちゃんと終われば元に戻せるかも。現状それしか希望がない。 しかし、どうしよう。属性カードの内容が現実の私に反映されるとしたら……私もおかしな変化を受けることに。それは御免被りたい。 (……よし!) ルールブック片手に、私は下の列に並ぶカードを一枚めくった。衣装カード。こっちの方が現実に食らってもダメージが少ないはず。 私がめくったカードはウェディングドレスだった。次の瞬間、私の体が一瞬浮き上がった。制服が消失し、一瞬で私は純白の花嫁さんに衣替えさせられていた。 「うひゃあ!?」 長く広がる白いドレス。いつの間にか両腕を肘まで覆っているサテンの手袋。髪は綺麗にまとめ上げられ、ベールが伸びている。 なんかお腹きつ。わが身に起きた超常現象に対して最初に思うことがそれかと脳内でセルフ突っ込みした瞬間、空席だった向かい側の席が光り、悪原さんが現れた。 「うわっ!?」「あっ!?」 同時に声をあげ、しばらく互いにきまずい沈黙が流れた。高校の汚い部室で何故かウェディングドレス着てる女とウサ耳生やした女が向かい合っているのは何ともシュールで、緊張が途切れた瞬間二人で大笑いしてしまった。 「あ~でも良かった。悪原さん元に戻れて」 「う~怖かったあぁ。一生このままかって……」 カードの中で意識あったんだと思った時、おはじきのような黒い置物がひとりでに動き出し、私たちは釘付けになった。私のフィールドまで移動すると止まった。勝ち点1。このターンのバトル? で私が勝ったらしい。ルールブック曰く衣装カードは数値を、属性カードは効果を付与するから数値で上回った私が勝ったのだ。ウサギより花嫁が強いというのもよくわからないけど。 「はぁ……私のターンか」 悪原さんはまだウサギ耳を生やしたままだ。私もウェディングドレスのまま。動きづらいな。とにかく逃げたらカードにされるらしい以上、一旦決着までやるしかない。 「これ負けた方が封印されるとかないよねえ……」 悪原さんがこぼした。ありえそうなだけに怖い。だったら生き残れるの片方だけってことに……。いや、そうとも限らない。 「でも、プレイヤーカード全部空白じゃなかった? そういうルールだったら前までの犠牲者が描かれてるはずじゃない?」 「あー、確かに」 悪原さんはそう言いつつ、下の列をめくった。お互い、体に異常を発生させる属性カードを避ける流れだ。そりゃそうか。彼女がめくったのはメイド服だった。瞬間、彼女が着ていた制服は消失し、ウサ耳を生やしたかわいいメイドさんに早変わりした。 「うわっ」 「あはは、悪原さんかわいいー」 「うー」 そのターンのバトルでまた私に勝ち点がついた。花嫁強し。 「んもー、なんでぇー」 悪原さんが吠えたが、私は内心このまま勝ち続けたいと思ってしまった。早くゲームが終わった方がいいし、万一負けたら罰ゲームがあるのなら……受けたくない。そもそもこのゲーム持ち込んで始めたの悪原さんなんだから。もし私がカード封印とかされるなら理不尽だという気持ちがないと言えばウソになる。 「私のターンね」 続けて衣装カードをめくる。チア衣装だった。瞬間、体の締め付けが緩くなり、軽くなった。目の前の悪原さんがププッと笑う。 「赤枝さんも似合ってるじゃん」 「うええぇ!?」 てっきりイラスト通りのチア衣装に着せ替えられるのだと思っていた私は、自分の胴体を見て驚いた。白いレオタードになっている。下腹部から白いミニスカートが広がるが、それは……チアというよりドレスっぽい……。そして手袋も健在で、いつの間にかその上からポンポンを握っている。ベールは消えたみたいだけど、代わりに頭に白いサンバイザーを被っている。めくったカードのイラストと全然違う。どうやら私はチアガールというか……チアガールとウェディングドレスを融合させたような格好をさせられていた。これは要するにウェディングドレスをモチーフにしたチア……だろうか。 「あはははは」 「笑うな!」 そのターン、悪原さんが勝ちおはじきを一つ手にした。うえーん、弱体化したあ。衣装の相性もあるのかな……。 「次私ね!」 悪原さんはすっかり立ち直ったみたい。呪いのゲームといえども、絵面がこれだしね。 「やった!」 彼女がカードをめくった瞬間叫んだ。えっ何? なんの衣装? 答えはすぐに出た。一瞬の間に彼女はメイドさんではなくなった。そこにはドヤ顔しているアイドルの姿があった。アイドル衣装を引き当てたのだ。とはいえ私と同じく、カードのイラストままのアイドル衣装じゃない。メイド服が混ざっている。メイドをモチーフにしたフリフリキラキラのとても可愛いアイドル衣装に仕上がっていた。単純に(えーっ、いいなーっ)と思ってしまった。ウサ耳生えてるけど。 そのターンも彼女が勝ち、勝ち点2ずつで並んだ。先に5になった方の勝ちなんだっけ。……今更だけどこれ何の基準で勝ち負け決まってるんだろう。……かわいさ? だとしたらメイドアイドルは強そう。勝てるかなあ……。 「私ね」 私は続けて衣装カードをめくった。今度は水色の……園児服だった。 「うっそー!」 その刹那、私はとても珍妙な格好に変えられてしまった。レオタードがセパレートになり、上は水色、下が黄色に。ポンポンと手袋が消失した代わりに、黄色い鞄をいつの間にか提げている。悪原さんの大笑いに私は耐えられなかった。園児服カラーのチア……とも呼べない何かになった私は、バトルに負けて逆転された。 「よーし逆転! このままいかせてもらうねー」 悪原さんのターン。彼女はなんと上の列から属性カードをめくった。衣装は混ざっていくことが分かった今、メイドアイドルという強いらしい衣装を捨てたくなかったのだろう。とはいえ属性カードをめくるなんて……。 「あれ?」 悪原さんが消えた。ように見えて焦った。またカードになったのかと思ったけど違う。ウサ耳を生やしかわいい衣装に身を包んだままの……小さな女の子が向かいの席に座っている。2枚目の属性カードは……「小学生」だった。 「ププッ」 「笑うな―!」 いかにも子供っぽい甲高い声が響いた。……が、残念ながらバトルは引き続き私が負けてしまった。うーん、私も属性引こうか。いやでもこのアホみたいな格好を何とかしたい……。 私はまた衣装カードをめくった。そこにはイラストが何も描かれていなかった。 「……待って嘘……」 裸カードの効果で、私は一糸まとわぬ姿にひん剥かれ、また悪原さんに大笑いされてしまったのだった。 「私の勝ちー!」 悪原さんが叫んだ。次のターンに中学生属性をめくった悪原さんが大きくなってバトル勝利、勝ち点5を手にしてゲームは終了。……のはず。 するとカードとおはじきがまた勝手に動き出し、ひとりでに箱の中に帰っていった。 「……終わった?」 「みたい……」 私たちは互いに顔を見合わせてから、はぁ~っと大きく息を吐いた。よ……良かった。負けたら封印とかじゃなくて。 「いや~、まさか呪いのカードゲームだとは思わなかった~。突き合わせてごめんねー」 「ほんとだよ。もう変なもの買ってこないでよね」 席から立ち上がった私は周囲を見渡した。何か着るものがほしい。裸のままじゃ帰れない。……あれ? ゲーム終わったんだよね? 私の制服は? 無事ゲームが終わったということに気を取られているのか、あるいは慣れてしまったのか、悪原さんはまだ気づいていない。自分がメイドっぽいアイドル衣装を着てウサ耳と尻尾を生やしたままだということに。……しかも中学生時代の身長になっちゃってる。 「あの……悪原さん。その格好……」 「え……?」 彼女は自分のひらひらスカートに視線を落とし、次にお尻、そして頭に手を回した。次の瞬間、絶望的な顔をして悲鳴すら上げず崩れ落ちてしまった。 翌日、悪原さんは学校を休んだ。そりゃそうだ。あんな格好で登校なんかできるわけない。ウサ耳と尻尾が物理的に体から生えてるのが元に戻らなかったし、おまけに……あのメイドアイドル衣装が脱げないらしい。体にくっついていて、どうしても剥がれないとメッセで教えてくれた。まさかゲーム内の変化はそのまま残るだなんて思わなかった。無属性の全裸でゲーム終了した私はどうやら相当な幸運をつかんでいたらしい。 問題は両親がそれを異常だと認識していないこと。悪原さんの格好に何も言わないばかりか、彼女の訴えを理解してくれないらしい。つまり、病院に行ってウサ耳を診てほしいとか、こんな格好で高校に行けるわけないという話を理解できず、娘が突然ヒステリックになったと認識してるそうだ。そんなことありえる? と半信半疑だった私は彼女の写真を自分の親に見せた。すると驚くべきことに……普通の格好だと認識したのだ。恐ろしい呪いとしか言いようがない。あのカード、初めた時点でほぼ詰んでるじゃん。 悪原さんどうなるんだろう。一生あの格好のままだと想像するときつすぎる。いやでも周囲が普通だと認識してくれるなら本人が割り切れれば……というわけにもいかんらしい。 あくる日、私は悪原さんにメッセで懇願された。もう一度あのカードゲームの相手をしてほしいと。 「やだやだやだ、絶対やだ!」 冗談じゃない。私がノーダメで終えれたのは奇跡だ。あれはやったら絶対に変な属性か服装で終了するゲーム。人生滅茶苦茶になっちゃう。……でも悪原さんを見捨てるのも忍びない。一生心のしこりになりそう。でも……。 (……そうだ!) 私は悪魔のようなアイディアを閃いた。悪原さんでさえ提案した時はダメだと言ったけど、結局元に戻る方法はそれしかないと、最終的に諦めた。それは……妥協できる結果を悪原さんが得るまで生贄を捧げ続けることだ。どうなってもいい人間を使って。 「お邪魔しまーす」 ウサ耳生やしたメイドアイドルに、おじさんは違和感を持たないようだった。可愛いとは思っているみたいだけど。最初の生贄はこのおじさん。町内の有名な厄介者で、方々に迷惑をかけ続けている。この人なら心も痛まない。……多分。話したこともない間柄だけど、女子高生とカードゲームできるということで割とすんなり乗ってきた。 そして私が見守る中、半分ゴミ屋敷みたいになっているおじさんの家で新たなゲームが始まった。カードを全て確認したところ、私が引き当てた衣装カード裸のほかに、無属性カードも見つかった。属性リセットカードだ。それを引いた状態でゲームを終えられれば……。 問題は呪いのゲームだとバレた瞬間逃げ出さないかってところだけど……都合よくおじさんが初手に引いたカードは中学生。しばらくパニックだったけど、若返ることに成功したおじさんは上機嫌でゲームを続けることに同意してくれた。 悪原さんは属性カードヤギをめくった。ウサ耳が消失し、硬そうなヤギの耳が代わりに現れた。まるで悪魔みたい。耳同士は併存しないらしい。尻尾はどうなっただろう。流石におじさんいるから確認できない。 「重いよ~」 本人的には外れだったようだ。首が心配。その後もぶりっ子を当ててしまい、言動がものすごく媚び媚びになった。 「や、やだぁ~っ」 うっ。よく知る友達の全力ぶりっ子見ててきついな……いや本人がしたくてしてるわけじゃないのはわかるけど。 「いーじゃない。とっても可愛いよ」 中学生の見た目なのに妙にねちっこい空気を醸すおじさんはキャビンアテンダント、軍服、原始人の服と酷い引き運だった。属性は危険だという読みで衣装を引き続けているのだろう。私たちも最初はそう思ったよ……。かわいそうなおじさん。 トンチキな格好になったおじさんがゲーム終了後に暴れないかが心配だなあと思っていた終盤。恐ろしいことが起きた。おじさんが逆転を狙ってか属性カードをめくり、そして……「ぬいぐるみ」を当てたのだ。その瞬間、おじさんはぬいぐるみになってしまった。スーツの生地でできた原始人の服をまとった、男の子のぬいぐるみが向かいの席に置かれている。 「……おじさん?」 呼びかけに答えない。ピクリとも動かない。予想外の事態に悪原さんも怯えている。 「……私のターンね」 悪原さんが属性カードを……めくらなかった。衣装をめくり、ブレザーを引き当てる。フリフリの青いブレザーになった彼女はぬいぐるみを相手に勝利し、勝ち点5。ゲームは終了した。箱の中にカードが仕舞われていく。 「おじ……」 ぬいぐるみは一言もしゃべらない。しばらく見ていたけど、手足が動き出すことはなかった。 長い沈黙のあと、私たちは荷物を片づけ、その家をあとにした。ごめんなさい、ごめんなさいと小さな声で謝りながら。 ぬいぐるみになったおじさんはこの後……どうなることだろう。いずれゴミになって……そして……。想像したくない。意識はあるんだろうか。まだ「生きている」のなら……。私はその日トイレで吐いてしまった。 犠牲を払ったが悪原さんは無属性も裸も引けなかった。ヤギの角とウサギの尻尾を生やしたフリフリ青色ブレザーのぶりっ子になっただけだ。むしろ悪化してしまった。悪原さんはおじさんをぬいぐるみにしてしまったことを相当悔やんでもういいとまで言ったけど、しばらくするとまた連絡をとってきた。もう一度チャレンジしたい、と。どうやら言動全てが強制的にぶりっ子にされることが相当辛かったようだ。文面を見るだけでもわかる。媚びっ媚びの痛々しい文面がスマホの画面で悲痛な救いを叫んでいた。 次のターゲットは野良猫に餌をやっている一人暮らしのおばさん。いきなり知らない女子高生からカードゲームやりたいと言われても怪しまれるかなと思ったけど、野良猫への餌やりを立派だと誉めてあげたら一気にノッてきた。本当は寂しいだけの人なのかなと思うと心が痛んだけどしょうがない。このおばさんのせいでみんな迷惑してるんだから……。大きな声じゃ言えないけど、あのおじさんが消えてから、その近所はかなり平和になったらしい。私のやったことは……トータルでみたらきっと良いことだったはず。今回もきっとそうなる。 おばさんと悪原さんの勝負はなかなか大変だった。大学生で若返りナース衣装になったおばさんは次で植物カードを引き当て、全身緑色で下半身が植物のクリーチャーになってしまったのだ。彼女が何とかしなさいと暴れ出しゲームは中断。ゲームが終わったら元に戻りますと嘘をついてなだめ、何とか続けさせたが……おばさんは次に小人カードで盆栽サイズになり、そして無口属性も得てしまった。元に戻ろうと属性カードを引き続けた結果、おばさんは小さくて静かなアルラウネのような生物と化してゲームを終えた。一方悪原さんは……メイドを引き当てた。衣装ではない。属性だ。メイド属性……。ぶりっ子ではなくなったけど、代わりに命令に従順な召使になってしまった。そしてその主人は……私だった。近くにいたからだろうか。 「赤枝様。この方はどうしましょうか?」 「庭に……植えといて」 「かしこまりました」 衣装は忍者とヒーローが混ざりとてもメイドらしくなかったけど、受け答えと所作はメイドそのものだった。私の命令通りおばさんを庭に植えた後、背筋良く立って次の命令を待っていた。おばさんは無口属性のせいで「あ……」とか「うぅ……」とうめくばかり。すごい形相で私をにらんでくるけど気にしない。もはや30センチにも満たないその体じゃ何もできやしまい。おまけに自分の家の庭に植えられちゃあね。私たちはおばさんの家を後にした。後日、その町内では無事野良猫の駆除が合意できたらしい。良かったね。 「……次、いこっか」 「はい」 悪原さんはメイド属性のおかげで私に逆らわなくなった。本心でどう思ってるかわからないけど、このままでいいはずないよね。いっちゃお。次。 その後も私は市内を回り、多くの迷惑な奴らをこのカードゲームの力で消して回った。悪原さんも何度かクリーチャー化しちゃったけど私という監督がいるから何とかなる。相手は何とかならずに人生を終えてしまうけどね。ある者は石像となって公園に飾られ、またある者はわけのわからないことを訴えるすごい老人として入院し、ある者は魚となり川に放たれた。 「赤枝様。目的を……忘れておられませんか」 「は?」 ある日悪原さんにそう言われた私はびっくりした。あなたのために色々頑張ってきたのにその言いぐさはないでしょ。 「忘れてないよー。元に戻ってないでしょ?」 今の悪原さんは私に従順なメイドであり、背丈は90センチ、格好は天使とアイドルとチアが混ざった可愛い衣装。私は結構気に入ってる。 「やりすぎです。あの方たちは一生そのままなんですよ」 「仕方ないでしょ。ていうかあんたがさっさと無属性裸引けないのが悪いんでしょ」 悪原さんはようやく黙った。急にこんなこと言い出すなんて信じられない。全部あなたのために始めたことなのに。わかってんの? お風呂から上がると悪原さんがリビングのテーブルに座り、アイスを用意していた。私は向かいの席に座り当然のようにアイスを手に取った。一口目を食べた瞬間、突如彼女がテーブルクロスを勢いよく持ち上げて投げ捨てた。テーブルにはカードがセットされていた。 「私のターンです」 「ちょ……」 アイスを口に含んでいた私はやめなさいと命令できず、いきなりの不意打ちに立ち去る判断もできなかった。悪原さんがめくった属性カードには女王と書かれていた。 「ばっバカ! やめなさい! 何考えて……!」 「もうあなたの命令はきかなくってよ」 威厳のある落ち着いた声だった。メイド属性が相反する属性によって消失してしまったらしい。彼女の頭には王冠がのっている。もう言うこときかせられない。そんな……。 「ふんっ、私は絶対やらないから!」 冗談じゃない。化物になって人生終了するかもしれない呪いのゲームなんか絶対やらない。立ち上がった瞬間悪原さんが芯のある声で言った。 「もうゲームは始まってましてよ。カードになりたいというのならどうぞご勝手に」 「なっ……」 私は震えながらテーブルのカードたちを見下ろし、そして悪原さんに顔を向けた。そうだ。属性カードが発動したということはゲーム中……嘘でしょ。やらないと……いけないの? これを? 私が? 今まで悲惨な姿でゲームを終えてきた人たちのことを思い出し、私は血の気が引いていった。 「どうして……あんた馬鹿でしょ。私がいなくなったら……」 「赤枝さんにも……あの人たちの気持ちをちょっとわからせてあげたくなったの」 悪原さんはとても哀しそうな目つきで私をジッと見据えた。なに、どういう意味? あんたを元に戻してあげるために私は……。それに全員人に迷惑かけてる奴らばっかだったでしょ。消えてみんな喜んでるじゃない。なんで私がこんな目に……。 しかし逃げたらきっとカードに封じられてしまう。でも……めくれない。めくったらあの悪夢のような効果の数々が私にも……。 「めくりなさい」 女王然とした威厳のある口調に、遂に私は観念して恐る恐るカードをめくった。属性は破滅を呼ぶ可能性もあるけど天才とか健康とかのカードもある博打。衣装は原則脱げなくなるという点において全て外れだし日常生活に支障をきたす。だったら一枚くらいは試してもいいかも……上の列。めくったのは属性カード猫。お尻の上に今まで感じたことのない細長い感覚が芽生え、パジャマに潰される圧迫感が生じた。 (うっ……) パジャマを少しズラすと、細長い猫の尻尾が私の尾てい骨から伸びていた。 「あ……あぁ……」 今までさんざん見てきたあの滑稽な光景が、自分の体に起こっている。それがひどく理不尽に感じられた。あとで覚えてなさいよ悪原。おはじきが一つ彼女の方へ移動する。そういえばバトルと勝ち点て無意味だよねこのゲーム。今更だけど。 「では私の番……」 彼女がカードをめくった。今度は服装。野球ユニホーム。直前までの服装と混ざりフリフリの野球ユニホームとして処理された。私の番。仕方がない。衣装で無難にやり過ごそう。変な格好がずっと脱げなくなるのはキツイけど……。下の列のカードに手をかけた瞬間だった。 「勝ち点を一つ消費」 「えっ?」 私の触れていない上の列のカードが勝手にめくれた。属性カード小人。私は急速に小さくなり、テーブルに手が届かなくなってしまった。 「んなっ……?」 「あ、このゲームね、勝ち点を消費して相手の選択を変えられるの」 「はぁ!? そんなルールどこにも……」 「ページが落ちてなくなっていたのでしょうね。古いから」 酷い。ずるい。聞いてない。インチキ。私は椅子の上で何度もジャンプして叫んだけど、小人の訴えは女王に届かない。悪原さんはその失われていたルールにいつ気づいたんだろう。……ずっとやらせてたんだから気づく機会もあるか……。ひょっとして私が気づいてないだけでこれまでに何回か使ってたんだろうか。めくるカードと変化しか見てなかった……。 衣装点ゼロの私はまた勝ち点をとられた。悪原さんが衣装カードをめくると、遂にその時が訪れた。これまで何度めくっても引けなかったあのカード。 「あらま」 悪原さんがそうつぶやいた瞬間、服が全て消え去り、全裸になった。あとには属性の産物である天使の輪っかと羽根、そして王冠だけが残っている。 (そんな……) 衣装カードにもう裸はない。ということは衣装カードを一枚でもめくったが最後、二度と脱げなくなることは確定。再戦で引き当てない限り……。でも属性カードは破滅が多い。ど、どうすれば……。 いや待った。また選択を変えられるかもしれない。悪原さんが私を破滅させようとしているのならば属性を引かせ続けたいはず。だったら裏をかいて……。 テーブルに上った私は、布団くらい大きく見える下の列のカードを指さした。 「これよ!」 チラッと悪原さんを見た。何も言わない。……あれ。 カードがめくれた。魔法少女。……魔法少女!? 私の頭が劇的に重くなり、パジャマが消失しフリフリのピンク色の魔法少女衣装に変わってしまった。髪は長いポニーテールでピンク色。 「そっそんな……」 私は小さな魔法少女になってしまった。高校生にはキツイ格好。これが……脱げない!? うそ……。 「私の番ね」 うう……てっきり選択変えてくると思ったのに。でも魔法少女と裸だから今のターンは私が勝った。お返ししてやる。彼女が衣装カードをめくろうとした瞬間、 「勝ち点消費!」 と叫んでやった。上の属性カードがひとりでにめくれる。ザマミロ。 すると悪原さんは信じられないとでも言いたげな顔で動きを止めた。ふっふっふ。効いたみたい。さーてどんな属性……。んん。彼女の頭上から輪っかと王冠が消えている。羽根も見えない。どうなったの? 一体なんの属性を……あ! 今度は私が信じられない表情をする番だった。無属性カード。悪原さんの属性がすべて消え、元通りの……ニュートラルな状態になった。 「あ……あ」 悪原さんはしばらく震えた後、全裸のまま両手を掲げて叫んだ。 「ばんざーい! やったー!」 その後呆然とする私を見下ろし、 「ありがとね」 と上から告げた。私は悔しくて悔しくて頭が破裂しそうだった。無属性もとられた……私は小人のまま戻れない。 (や……でも!) ゲームはまだ続いている。両方消費したということは、次でまた何か変化を背負わざるを得ない。そしてそれは取り消せない。まだだ……! 「私のターン」 私は衣装カードを指定。めくれたカードはメイド。私は魔法少女とメイドの混ざった、ピンク色のやたらフリフリなメイドに変貌。勝ち点とった。属性選ばせてやる。 その後ずっと私は衣装を選ぼうとする彼女を妨害し属性を選ばせ続けた。ヤギ、コウモリ、そして悪魔。最終的に悪原さんはヤギの角、コウモリの羽根、悪魔の尻尾をもった悪魔娘になった。そして相変わらず裸。なかなか滑稽でいいじゃない。 「私の……」 そして自分のターンが来た時、私はとんでもなくバカをやっていたことに気づいた。勝ち点を消費し続けたのでゲームが終わらない。そして……自分の場の衣装カードを全て消費してしまったことに。 「あ……」 このターン、絶対に属性を選ばないといけない。残り3枚の属性のどれかを。 私は震えた。そして、巨人の目線で見下ろしてくる悪原さんを見上げ、さらに委縮した。どうしよう……どうしよう。 「どうしたの? カードに入る?」 悪魔のような笑みを浮かべて彼女が空白のプレイヤーカードを叩いた。冗談じゃない。そんなの……。 「こっこれ!」 私が指した属性カードがめくれた。そこには読みたくない文字が描かれていた。フィギュア。 「うそっ! あ!」 それが私の最後の言葉になった。次の瞬間足を閉じて両手でハートマークを作って微笑み、私は二度と身動きできなくなってしまった。 「……っ!」 動けない。喋れない。そんな……。 「ラストターンね」 悪原さんは対照的に衣装カードしか残っていない。衣装をめくるとゴスロリ。彼女は黒いゴシックロリータで身を包んだ。悪魔娘になっていた肉体によく似合って見えた。 「さ、赤枝さんのターンだよ。どうしたの? 引かないの?」 「……っ」 (それ! それ! それよ!) 私は何度も頭の中で叫んだが、その選択が反映されることはなく、ほどなくしてカードが自動的に片付きはじめた。 (ああああっ!) ゲーム続行できなくなったら負け。動けないフィギュアと化してしまった私は、ゲームの敗者となってしまったのだ。 (いやだっ……こんなの……も、元に……元に戻して!) 「きっとみんな同じ気持ちだったんじゃないかなー」 一瞬私の声が聞こえるのかと思ったけど、気のせいだったらしい。悪原さんは目を赤く光らせて私を手に取り、私の部屋へ運んだ。私は自分の机の棚に飾られてしまった。文句を言うことも慈悲を乞うことも、瞬きすることすらできない。芯から髪まで硬くなった体が一切動く余地を持たない。 「ごめんね赤枝さん。私はもうこのカードゲームしないことにしたから……さよならね」 (待って! いかないで! もう一回! 一生このままなんていや! あたなこそそのままでいいの!?) 「私はなんか……結構いい感じにまとまっちゃったし、もういいかなって」 彼女は黒いスカートの裾を軽くつまんだ。 「じゃあね」 (ふざけないで! ねえ! なんで! どうして!?) 部屋のドアが閉められ、あたりには静寂が残された。ピクリともできない。もう……一生このままなの? アニメキャラみたいな格好のフィギュアのまま……動くことも、喋ることもできないまま……。 私は笑顔でハートマークを作り上げたまま、硬く冷たい樹脂の身体を呪い、悪原さんにありったけの呪詛を叫んだ。しかし、それが届くことは永遠になかった。私が犠牲にしてきた人たちの声が私に届かなかったように。


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