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彫刻を受け入れること

中学生の子たちが二人組になり、互いの顔を見つめて描きあう様子を、私は美術室の隅っこから静かに眺めていた。これだけ人数がいるのに誰一人私たちに注意を向ける者はいない。仕方ないと言えばそれまでだけど、理不尽だと憤りたくもなる。仮に誰かの意識にひっかかったとしても、どうにもならないのだけど。 だって今の私たちは30センチにも満たない小さな彫刻でしかないのだから。 一ミリも動かない役立たずの身体の中で、私は黙って時が過ぎるのを待つことしかできなかった。 事のおこりは少し前。私たちはコンビのヒーローだった。生まれつき超人じみた身体能力を持っていた私は、同じ境遇のハルカと一緒に人助けに明け暮れていた。もって生まれた才能を悪に使う輩もいて、そういうやつらと戦うことも多かった。物語だったら正義は勝つということになっているけど、私たちは負けた。多くの勝利を重ねてきたけど、一度の敗北ですべて失うことになった。 (か……体が) (動かない……?) 敵の放った光線を浴びて全身が痺れたと思った次の瞬間、突然全身が経験したこともないほど強く固まり、ピクリとも手足を動かせなくなった。私とハルカの命運はそれっきり尽きた。敵は漫画のように説明してくれることもなく、急ぎ足で立ち去ってしまったのでしばらく何をされたのかも把握できなかった。わかるのはただ。全身が芯から皮膚まで変わりない塊のように感じてしまうこと、動くことも喋ることもできないということだけ。やがて人が通りかかっても怪訝そうな表情を向けるだけ。女性二人が固まって動かなかったら普通もうちょっと騒ぎになってもいいはずだけど、誰一人声をかけてくる人も、警察や救急車を呼ぶ人もいない。 (なに……一体なんなの) (誰か説明して……助けて!) 深夜、月が高く上がり煌々と明るく輝いたころ、私たちは自分たちに起こった異常を解くことができた。私たちのパワーは月が出ていると増加するのだ。 「あ……動けた」 「大丈夫? リナ」 「うん。……なんだったのかな」 手足を伸ばしたり曲げたりして異常がない事を確認してから、私たちは帰路についた。とはいえ旅行先でのバトルだったので深夜に帰ることはできないけど。駅に向かう途中で空模様が怪しくなり、月が雲に覆われだした時。急に全身が重くなりだした。 「あ、あれ……」 「う……」 発条の切れた玩具のように徐々に体が鈍くなり、私たちは不安げに互いの顔を見つめあった。そこで全身がとうとう動かせなくなり、そして……信じられない光景を目の当たりにした。ハルカの顔、いや全身が……徐々に色彩を失い、単色に塗りつぶされていく。服、首、顔、髪……すべてが全く同じ質感の灰色に変わり、そしてピクリとも動かなくなってしまった。 (そんな……!) ようやく私たちに何が起きたのか理解した。私たちはどうやら……石にされてしまったらしい。 (う、嘘でしょ……こんなことありえない) 始めて経験する事態だった。石に変えられるだなんて。道理で動けないわけだ。ハルカに不安そうな表情が視界の中央に固定されたまま、視線さえ動かせない。ハルカはまるで彫刻のようだった。リアルで、精緻で、今にも動き出しそうな迫力に満ちた石像。しかし、どれだけ雨に打たれても髪の毛一本揺れることがなかった。 月の加護を失った私たちは石化を解除することができず、道端で石像になったまま夜が更けるのを待つしかなかった。 朝になると、突然道端に出現した二体の像は人々の注目を集めた。出来がいい、すごいリアルなどと言われるたびに心の中で石像じゃない、人間ですと叫んだ。しかしその声を声にすることはできない。邪魔だとか、はよどけろなどと言われると腹が立った。動けないんだからしょうがないでしょ。好きでこんなところに突っ立ってるわけじゃない。見世物じゃないんだからどっか行ってよ。 そのうち警察が来て私たちは近くの交番に移送された。まるでマネキンか何かのように、直立姿勢のまま横に倒され運搬されることが恥ずかしく、悔しかった。私たちはモノじゃないよ。一人でもいいから、誰か私たちが石にされた人間だって気づく人いないの!? 夜になればまた石化を解除できるはずだと信じ、私たちは交番で静かに夜を待った。しかし運命はもう私たちを突き落とすことに決めたらしく、更なる試練が私たちを襲った。スーパーパワーを持つ男二人組が交番を襲撃してきたのだ。お巡りさん全員がやられた後、男たちは交番の奥で何かわからないけど用事を済ませてから、私たちに注目した。 「スッげーなこれ。売れるんじゃね?」 「落とし物……か。石像落とす奴がいるかよ」 馬鹿にしたような口ぶりに私たちは怒り心頭だった。しかし、まだ月が出ていない。石化を解除できない。二人を逃がしてしまう。体さえ動けばこんなやつら……。 「うし、いただいてくか」 (えっ?) こんな大きな石像、いくら超人でも運ぶのは大変だろうに。そう思った矢先、男の片割れが私たちの頭上に手を置いた。次の瞬間、またもや信じられない現象が起きた。世界がドンドン大きく広がりだしたのだ。奴らは巨人になり、交番内全てがデカくなっていく。目線がドンドン下がる。今度は私たちも一発で理解できた。小さくされているのだ。 (やっやめて!) 脳内で叫んでもどうにもならなかった。抵抗の意思を示すことすら許されないまま、私たちはあっけなく縮められ、戦利品として奴らの鞄に収められてしまったのだった。 「戻った!」 「よし、それじゃ……静かにね」 また深夜まで待ち、月の加護を得て私たちは石化を解除した。もっと早く解除もできたのだが、二人組が寝静まるのを待ったのだ。鞄から出るとどこかのホテルの一室だった。奴らは寝ている。やっつけてやりたいという気持ちがムラムラ沸いたけど、ここは我慢だ。だって……私たちは小さくされたままなんだから。石化はこうして一時解除はできるものの、縮小はどうしても解除できない。私たちよりだいぶ強力なのかもしれない。ここはひとまず脱出だ。 ホテルのロビーに出て、受付に飛び乗った。人気が無い。 「誰かー! いませんかー!」 大声を出すと奥の方で人が動く音がした。よし。これで……。 「あっ……」 ハルカが小さくうめき声を漏らした。どうしたのと言う間もなく、私もそれっきりだった。また天気が悪くなったらしく、私たちの力が弱まったのだ。ホテルの人が来るより早く、私たちは再び全身を石に戻されてしまった。 (そんなぁ) 一瞬で全身がカチコチになってしまった。昨日はもう少し猶予があったのに。ひょっとして小さくされたことが関係しているのだろうか。やってきたホテルの人は誰もいないことを不思議がり、そして受付の上に置かれた私たちを手に取った。多分ダメだろうなと思った通り、私たちは彫刻だと勘違いされた。落とし物の中に混ぜられた私たちは、しばらく石化解除できず、苛々しながら天気の回復を待った。 再び動けるようになったころには数時間経っていて、ホテルの人は見当たらなかった。トイレだろうか。 「あーもう。時間ないのに」 ロビーに出ると、階段に人影があったのでそっちへ向かって走った。しかし30センチ未満の小人では階段に行くまで少しかかってしまい、すでに誰かさんは上の階に行ってしまっていた。 「あのっ……」 声を出そうとしたその時、また私たちは時を止められた。さっきからまるで嫌がらせみたいなタイミング。私たちは階段の端で静かに石の塊と化し、その夜二度と動くことができなかった。 翌朝、私たちを見つけたのはホテルの従業員でも、例の二人組でもなかった。全く関係ない大人の女性。私たちを手に取ると、あたりをキョロキョロしてそっと自分の鞄に入れた。 (ちょ! 何するの!) (嘘でしょ!) 私たちはまた彫刻と勘違いされ、あろうことか……ネコババされてしまった。信じられない。非常識なおばさんだ。 しかし全身をただの石にされている状態では抗議の声をあげることもできず、私たちはそのまま持ち去られてしまったのだった。 その女性の家の棚に飾られた私たちは飾り物扱いされる屈辱に耐え、夜を待った。月の加護が十分に高まると石化を解き、女性にコンタクトを取った。彫刻が生きて動き出したことに死ぬほど驚かれ怖がらせてしまい、落ち着いて話を聞いてもらうまで少し難儀したものの、ようやく私たちは自分たちが人間であることと、これまでの経緯を話すことができた。 「じゃあ、しばらくここでゆっくりしていってよ」 ただ、女性は助けを呼ぶことを固辞した。変な奴らに標的にされたくない、関わり合いになりたくないと。それはまあ、しょうがない。でも警察に連絡ぐらいは……と思ったものの、彼女の理屈はこうだった。警察行こうが病院行こうが、私たちの石化と縮小化は解けないだろう。だったら別にどこいても同じなんだから元に戻れるまでうちにいればいい、と。確かに警察とか行っても元に戻れないのはそうなんだけど……。でも。 「私から事情は話しとくから。ねっ」 「う~ん」 全く見知らぬ土地なので二人だけで警察行くのも厳しい。小人だし。それに確かに、どこ行ったってどうせ日中は石化してしまうのも確か。だったらここにいても変わらないか……も? 敵にも見つからないだろうし。 女性と諍いあってもしょうがないので、私たちはとりあえずお世話になることを受け入れた。また明日もあるしね。警察への連絡も彼女に任せて、私たちは久しぶりに安心して眠ることができた。ふう。一時はどうなるかと思ったけど、とりあえずよかった……。 翌日、彼女がなぜ私たちを引き留めたのかが明らかになった。仕事帰りに人形用の服を大量に買い込み、私たちに着るよう迫ったのだ。どれも少女趣味な可愛い服ばっかりで、ちょっと心情的にキツイものがある。でも家に置いてもらった手前、断り切れず私たちはフリフリのお洋服たちに袖を通すことになった。 「かわいい~」 「あうう……」 どうやらこれが目的だったっぽい。生きた着せ替え人形が。出ていこうかなと思ったけど、これはこれでちゃんと面倒見てくれることの証明でもあるのかもしれない。滅茶苦茶恥ずかしい撮影大会の後、元の服に着替える前に私たちは石に戻った。その時、思いがけない事実が判明。着替えた人形用の服が一緒に石化したのだ。 「やだ~、これイイ~」 女性は目をキラキラさせて喜んだ。私たちはと言えば、だいぶ焦った。フリフリの服を着たまま石化してしまったということは、今の自分たちはフリフリの彫刻と化しているということ。自分で自分の姿は見えないけど、想像するだけで恥ずかしい。……とはいえ、服が石化しなかったら人形の服をまとった裸の彫刻になっていたわけだから、マシなのかな……。 それからは毎晩、かわいい服を私たちに着せて、その姿で石に戻るよう言われるようになってしまった。向こうからすればそうすると日中は可愛い彫刻を飾れることになるのだろうけど、こっちとしてはたまったもんじゃない。恥ずかしい格好を丸一日固定され、しかもそれを家の飾りとして使われるなんて。 でも脱ぎ捨てて裸で石化したくもないので、結局私たちは否応なく女性の企みに乗るしかなかった。そうして私たちは可愛い服を着て石化し、彼女の家に花を添える役割を与えられてしまったのだった。注文も次第にエスカレートしてポーズもつけるよう言われ出す。最初は恥ずかしさで断っていたけど、どうせ見るのは彼女だけだし、変な格好で石になるよりは体裁もいいので、徐々に応じるようになってしまった。気が付いたらアイドル気取りで媚びたポーズを着て、その上マジのアイドル衣装も着て石化するようになっている。……これじゃまるで本当に可愛い飾り物になるのがお仕事みたいだ。日中可愛く石になっていると正気に戻って身悶えしたくなるけど、身体は可愛くポージングしたまま動かせないので、ますます羞恥が募る。 「かわいい彫刻になれましたね~」 女性は私たちが石に戻るといつもそう声をかけてくる。私たちは人間なんだから彫刻扱いしないでほしいと何度も言ったけど、石化中は言い返せないので向こうは平然と彫刻と呼んでくる。次第に私たちは何言っても無駄だと諦め、文句を言わなくなっていった。ていうか実際問題……。 (ああもうっ、何やってんの私たち!) 私たちは彫刻なんかじゃないと思いつつも、いつも次の服に着替えては言われるがままにポーズをとって、かわいい彫刻になってあげるのだから。 そんな日々をしばらく過ごしていたけど、中々体が元に戻らない。石化や縮小化をかけたあいつらはまだ捕まっていないのだろうか。……まさかこれ二度と解けないってことないよね? だとしたら一生、私たちは彫刻として生きなければならないことに……うう、考えたくない。 三か月もすると、毎夜着せ替えるのに飽きてきたのか、女性は飛び切り出来の良い服をオーダーメイドで用意して、明日からずっとそれを着るよう言われた。それはメイド服だった。ミニスカートでフリルと大きなリボンの多い、コスプレみたいな服。 (えーっ!?) と思ったけど、今までになく作りがしっかりしていて驚かされた。ちゃんと服だった。着せ替え人形の服ではない、小さな人間のための服。久々にゴワゴワしない、体にフィットする服を着られた私たちはデザインのことはさておき嬉しく思った。白タイツで両脚を白く染められても、腰にアニメみたいに大きなリボンがあっても。両腕も白い長手袋で肘まで覆うことになったけど、これがしっかりサイズがフィットしていて着心地がいい。テンション上がっちゃった私たちは、その日飛び切りの笑顔で彫刻になってあげた。 次の夜は着せ替えなしだった。正直、人形用のちくちくする服に戻りたくなかったので、私たちもこれを喜んで受け入れた。アニメみたいなメイド服は恥ずかしいけど……。 可愛らしいメイドの彫刻でいることが当たり前になったある日。出張で女性が帰らなかったので、私たちは夜に家の中を用もなくブラブラしていた。その時、恐ろしいモノを見つけてしまった。小動物を訓練するために使う、自我を弱める薬。なんでこんなものを? あの人何も飼ってないのに……と思った瞬間、私たちは互いに顔を見合わせた。もしかして、ひょっとして……。 「いやっ……ないでしょ」 「だよね……流石に」 アハハと笑ったけど、どこか乾いた笑いだった。薬はかなりの量が使われ、残り僅かだった。 その日私たちはくだらない疑念を振りほどくため、ある提案を交わした。今日は……ほかの服を着て、かつ可愛く石化しないでみよう、と。でも、メイド服を脱ごうとすると体が止まった。 「あ、あれ……」 私もハルカも、メイド服を脱ごうとしても途中で手が止まってしまう。石になったわけでもないのに。仕方なく定位置に戻り、突っ立ったまま真顔で彫刻に戻ってみることにした。しかしその瞬間……。 (あっ) (うそっ) 身体がひとりでに可愛くポージングして、笑顔を形作った。そしてその格好のまま全身があっというまに石に置換された。誰も見せる相手のいない家の中で、私たちはいつものように可愛いメイドの彫刻と化した。今のは……絶対、私の意思じゃない。体が勝手に動いた……と思う。 (まさかっ、そんなこと……) ゾッとした。私たちは知らず知らずのうちにあの女に、調教されていたかもしれないということに……。 彼女が帰ってきた日、即刻問いただした。すると意外にもあっさり彼女は認めた。薬を霧状にして私たちに吸わせていたことを。 「ど、どうしてそんなことを」 「だってぇ、どうしても可愛い彫刻になってもらいたかったんだもん」 こ、こいつ……人をなんだと。 「元に戻してください。じゃなかったら出ていきます」 「んも~わかったからあ。怒らないでよー」 女性は今度は堂々と自我を弱める薬を持ってきた。今までは薄めてちょっとずつ吸わせていたらしいけど、元の濃度で噴射すれば一時的に暗示をかけ放題になるから、それで戻すと。 「えっ、大丈夫なんですかそれ」 「多分ね~」 「ていうか、まさかと思いますけど変な催眠かけないでくださいよ」 「わかってるって~」 彼女が噴射機をこっちに向けた。 「待って! 一人ずつ……」 叫んでも遅かった。私たちは二人まとめて自我を弱める薬を最大濃度で吹き付けられてしまった。 (待っ……て) (あ……だめ……) 「人に見られている間は、絶対石化を解いちゃダメだからね。解いていたらすぐ彫刻に戻ること!」 (あれ?) 目が覚めた時、体が動かなかった。頭がボーっとする。一体どうしたんだっけ……。直前のことが思い出せない。霧がかかったように。 数十分すると徐々に記憶が蘇り、何をしていたのか思い出してきた。そうだ、確か私は……ああ! (調教は!? 解けたの!?) 私たちは勝手に可愛く石化するようにされていたのを元に戻してもらうよう彼女に頼んだはずだった。それで濃い濃度で吹き付けられて、そして……。 (どうなったんだろう) 確かめたい。けど、動けない。彫刻に戻っている。 (って、ちょっとぉ……) 私は自分が相変わらず笑顔で、しかも媚びたポーズをとっていることに気づいた。 (治ってないじゃない!) そう叫びたかったけど、声が出ない。隣のハルカも動く気配がない。きっと同じだろう。 しかもいつの間にか日が進んだらしく、日中だった。これではどうしようもない。 (くそー……覚えてなさいよ) 帰ってきたらとっちめてやる。そう心に固く誓い、私は月夜を待った。 (戻れない! どうして!?) 夜。彼女が帰宅したので私は石化解除して抗議しようとしたものの、石化を解除できない。外の天気が悪いんだろうか。いや違う。これは……。 (戻ろうとできない……?) 解除してもできないのではない。加護の力を強めることそのものができない。意思を封じられているような奇妙な感覚。横のハルカもうんともすんとも言わない。 (まさか……ちょっと嘘でしょ……?) ひょっとしてこの女、石化解除できないよう新たな調教を加えたわけ? 最大濃度で!? (い、いや……そんな。一生、メイドの彫刻だなんて……) 一時は絶望したものの、彼女が寝静まると何故か石化を解除し、自由になることができた。 「んん?」 気のせいだったのかな。そう思ったものの、ハルカと話し合うと違う結論に達した。彼女の前では石化を解けないようにされたのではないか、と。 「なるほど……」 もう私たちと口論したくないということか。ありうる。だとしたら……。 「もう、ここにはいられないね」 「ああ」 私たちは今夜、家を出ることに決めた。まともな人に相談して助けてもらおう。それしかない。 真っ暗な深夜の町を、30センチ足らずの体で駆けるのは怖いし大変だったものの、私たちはようやく最寄りの交番にたどり着けた。 「すいませーん」 お巡りさんが足元の声に気づき視線を下に向ける直前だった。 (あっ) (えっ) 私たちは自分で石化解除を中止し、彫刻に戻ってしまったのだ。 (なっなんで!?) (月は……出てるのに!?) 月はまだ強く光っている。雲にさえぎられてもいない。なのにどうして……? 私たちは例によって落とし物ということにされた。月が出ているはずなのに、石化解除できない。晩と同じだ……。 (こ……これってまさか) 見立てが間違っていた。彼女の前だけじゃなく、人の前では彫刻でいるように調教されてしまったに違いない。きっとそうだ。 (……っあのババア~!) はらわたが煮えくり返るとはこの気持ちを指すのだろう。しかし私たちは心中を一ミリも表に出すことはできず、媚び媚びポーズのメイド像でいることしかできなかった。 その後は最悪だった。事情を書いたメッセージを残そうとしても、何故か私たちは彫刻ですとしか書けず、人間であることを伝えるメッセージをうまく書くことができなかった。そんな調教もされていたのだろうか。いや……そういえばあの女、いつも私たちに可愛い彫刻だと声をかけていた。あれで私たちは自分は彫刻だと刷り込まされていたのかも……。 (こ、これどうするの!?) 詰んだ。八方ふさがりだ。人前では常に可愛く彫刻にされてしまうし、人間だと筆記で伝えることもできない……。これじゃ彫刻だと思われたまま、人間だと気づいてもらうのは不可能だ。 (う、うそ……こんなバカなことってある?) あの女性の元に戻ろうかとも思ったけど、絶対元に戻してはくれないだろう。それどころか、今度はきっと逃亡も禁じられるに違いない。 (くう……) 私たちは人がいない深夜にだけこっそり動ける哀れな存在におち、自分たちの正体に気づいてくれる人を求め毎夜あちこちを彷徨うようになった。あちこちを巡って催眠を解く方法や気づいてくれそうな人を捜し求めたものの、かわいいメイドの彫刻が生きていると想像する人は見つけられず、ただただ私たちの精神と体力がすり減るばかりだった。変な人に拾われ、子供に壊されそうになり、危うく車に轢かれそうにもなり……。私たちはいつしか助けを求めるのではなく、彫刻になっても安全でいられる場所を探すようになっていた。 「あ、ねえ、アレ……」 何となく入り込んだ中学校を散策中、ハルカが足を止めた。窓のヘリに飛び乗り、美術室を覗いている。私もつられて中を覗いた。教室の後ろの棚の端っこ。小さな彫刻が並ぶ一角がある。 上の窓に鍵がかかっていなかったので中に入ると、ちょうど私たちと同じくらい……30センチ未満程度の彫刻が五つほど棚の端に置かれていた。抽象的なもの、動物、色々だけど人間の彫刻はない。 「今日はここにしない?」 ハルカの提案に私はなにも異論がなかった。とりあえず安全そうだし良いかな。日中はほんとに危険なんだよね。彫刻って目を引くし。 彫刻の中に混ざり、私たちは笑顔でかわいくスカートの裾をつまんだ。こんなポーズやりたくやってるわけじゃないけど、いまだに調教が抜けないからしょうがない。私たちは中学校の美術室の隅っこで、静かに彫刻の仲間入りを果たした。 夜が明けてしばらく。遠くから子供たちの喧騒が聞こえてくるが、美術室は静かだった。バレたらどうなるだろう。とにかく平和に日中をやり過ごしたい。そう構えていたものの、驚くほど何も起きなかった。美術の授業が何回か行われたものの、後ろの棚の隅っこで彫刻が二つ増えていることに気づく子はいなかった。 放課後、美術部らしい子たちが入ってきた時は一人が気づいた。今までの遭難生活のことを思い出し心の中で震えたけど、こんなのあった? とかよくできてるとか、かわいいーと言うだけで、誰も勝手に持ち帰ろうとしたり粗雑に遊ぼうとしたりはしない。みんなが離れていくと少しほっとした。 日が落ち夜が更けると、私たちは石化を解いた。また安全な場所や助けてくれそうな人を求めてさ迷い歩く……はずだったけど、お互い無言のままその場に座り込み、足を延ばしてくつろいだ。何か言い出すのを待っていた。 「ねえ……。しばらく、ここにいてみない?」 私は静かに同意した。もう疲れた。ここはきっと安全だ。しばらくここにいよう。他の彫刻もいるから目立たないし。 そうして、私たちは名前も知らない中学校の美術室に落ち着いた。体力気力を回復するまでってことだったけど、何とも平和で安全なので、ズルズルとずっとい続けている。アニメみたいな格好で媚びたポーズで固まってしまうので、時折注目の的になることはあるけど。 「これ誰作ったん?」 「さあ?」 「かわいいー」 「メッチャすごくね?」 「ぜってーオタクだろ」 このフリフリミニスカメイド服は着たくて着たんじゃないし、このポーズも体が勝手にやってるの、自分でやってるわけじゃないの! と弁明したくなるけど、それは許されない。私たちは注意を引く機会があれば羞恥を味わい尽くす羽目になったが、それ以外は平穏だった。美術室の隅にある彫刻など、大概の中学生は興味を持たない。 ただ、全員ナチュラルに私たちをメイドの彫刻だと認識するのが悔しいし苛立ちもするけど、このサイズでこんな格好じゃ仕方がない。人間だと気づけと言う方が絶対無理な相談だ。しかも同じサイズの彫刻の中に混じっているのだから。 すっかりここが定位置になってしまったころ、私は将来の不安を感じた。このまま、静かにここで彫刻になっていくのだろうか。元に戻ることも、人間だと気づいてもらうことも、それどころかここから動くことさえ諦めて。このままだといずれそうなる。いや、もうなってしまっているだろうか。 でも、どうしようもない。人前じゃ動けないし、いつも彫刻らしくポージングして固まっちゃうし、メッセージも残せないし……。敵にかけられた呪いやあいつに施された調教が解ける日が来ることを願って、ここで身の安全を確保することだけが、私たちに残された最後の希望だ。 もう中学から出ることもないので、私たちは月の加護が高まっても石化を解かないことも多くなった。何もやることが……できることもないし。たまにポーズを変えたくなった時だけだ。ふっと怖くなる時もある。こうしてちょっとずつ、確実に自分たちが彫刻であること、いることを受け入れてしまうのかなーと。そんな時は石化を解きたくなるのだけど、不思議と解くことができない。解けるのはポーズを変える意思がある時だけになりつつあった。 (あちゃー……) あの女の元を脱出してからだいぶ経つのに、まだ自我が弱められていたのだろうか。それとも自分の意思なのか、もうよくわからない。ただ確実なのは、私たちは誰にも気づかれないうちにひっそりと正真正銘の彫刻と化していることだけだった。 「あの彫刻って何?」 「どれ?」 「あのメイドの」 「さあ?」 「そういやいつからあるんだろうね」 「昔からあるよアレ。すごいクオリティだよね」 「わっかるー。なんか生きてるみたいだよね」


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