前回の続きです。
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[5日目:夕方 吉原エリア]
「ところでさぁ、聞いても良い?」
「なんだ」
毘多尼は目の前で煙草をふかすピエロメイクの男——ウェイドに問いかける。
「良くある話だと思うんだけど。ほら、『トロッコ問題』ってあるじゃん?」
「ごく少数を犠牲にすれば大多数を助けられる場合…とかいうやつか?」
「そう。まさにそれ。『臓器くじ』ってジレンマも同じようなものだけどさ」
カウンターに腰掛けながら両足をブラつかせ、明るい調子で彼は話し出す。
「それがどうした」
「例えばそれを自分で選べるならウェイドはどちらを取る?」
「大多数だな」
「回答はや~」
回答の早さに笑いを零しつつ、毘多尼は更に続ける。
「じゃあ自分で選べなければ?」
「というと?」
「大切な人が殺された後に『大多数の為だから』って説明されたら素直に納得できる?」
「対象に大切な人とやらが含まれているとは聞いていないな」
「後出しだもん」
ふむ、とウェイドは少し考える素振りを見せると一度大きく煙を吐き出す。
「納得は出来ないが事実として受け入れるしかない」
「大人な考えだね」
「それで本当に大多数が助かっていればの話だ」
「おぉ、鋭い」
そう言って毘多尼はわざとらしく顎に手を当て、真面目な顔をしてみせた。
その後ろで店の扉が開き、そこから黒髪の青年が顔を覗かせる。
「おかえり魔誘。帰ったんじゃなかったの?」
「スマホ、置き忘れたんだ。毘多尼は今から店番?」
「ううん。もう少ししたら出掛けるよ」
「そうなの?」
黒髪の青年——“安楽さん”は物珍しそうに首を捻るだろう。
「そうだ。魔誘にも聞いとこうかな」
「何?」
「大切な人が殺された後に『大多数の為だから』って説明されたら魔誘は納得できる?」
「え、急に話おも…」
渋い顔をしながらも、安楽さんは考え込む。
そして、俯きがちになりながらも言葉を選ぶだろう。
「納得…するしかない、かな」
「その心は?」
「実際そうだったから」
彼は俯いたまま言葉を続ける。
「…僕は妹を殺された」
「そう言ってたね」
「妹は何かに操られて、そのままにしておけば僕も周りの人間も殺されていた」
「だから殺したの?」
「……僕には出来なかった」
「魔誘には無理だろうね」
「でも結果的に、妹が殺されたおかげで僕も皆も助かったんだ」
「それで納得するしかない、って思う訳だね」
「………」
毘多尼は言葉を詰まらせる安楽さんの頭を優しく撫で、もう片方の手で頭上の棚から落ちてきた壺を受け止める。
「ごめんね魔誘。意地が悪かった」
「…別に。気にしてない」
「ありがと。じゃあ、そろそろ行くね」
そう言って、毘多尼はカウンターから降りると壺を戻し、扉の方へと向かっていく。
しかし、その扉を開ける前に後ろからウェイドが声を掛けるだろう。
「何処に行く」
「スカラボだよ。仲裁に行こうと思ってさ」
「例の宗教家達か」
「うん。そろそろ多多羅が負けてるよ。きっとね」
それじゃ!と毘多尼は何処か楽しそうに店の外へと出て行ってしまった。
店にはいつもの二人だけが残される。
「今の話、どういう事…?」
「さぁな」
「説明面倒くさがっただろ、今」
一瞬、店内を静寂が包む。
「安楽さんならもっと悩むと思ったがな」
「だって、あの時のアンタの判断は間違ってなかった」
「本心は納得していないだろう」
「…妹以外が救われた以上、あれが最善と言い聞かせるしかない…」
「……なら良いが」
そこまで言うとウェイドは立ち上がり、鞄に荷物をまとめ始める。
「あれ、もう店閉めるの?」
「ああ」
「あっそう。じゃあ僕も今度こそ帰るかな」
「そうだな。俺も安楽さんの家に帰るとしよう」
「なんでさ」
突拍子もない展開に怪訝な表情を隠せない安楽さんに対し、ウェイドはさっさと荷物をまとめ終わるだろう。
「それ、街の外に出るって事?」
「そうなるな」
「…さっきの毘多尼の話と関係ある?」
「これはお願いだ」
「お、お願いなら…。って、話逸らさないで!もう…」
安楽さんは大きくため息をつき、諦めたように肩を落とす。
「今晩だけだからな。それから、後でちゃんと状況説明してよ」
「後でな」
ウェイドは適当に安楽さんを丸め込めば、「お先にどうぞ」と言って店の外へと促す。こうして、二人は急ぎ足で街の外へと向かうのだった。
シビュラ外伝「Day 5:dusk」 完
外伝⑦「Day 7」に続く。