鯉のぼりをあげよう
Added 2025-04-29 04:54:40 +0000 UTCゴールデンウィーク真っ只中ということで、道の駅はいつになく混雑している。さしたる目玉もない小規模な施設だというのにこれだけ人が集まるのは、今日がこどもの日だからというだけではない。五月晴れで早くも夏日となったこの日、地元の子どもたちを集めて、道の駅でこいのぼりを揚げるイベントが開催されるのだ。参加者だろうか、親子連れが目立つ。私はといえばカメラを首からぶら下げて一人である。地元の名産、鯉のぼりをモチーフにしたゆるキャラのノボリンがやってくるイベントなのだが、そのポスターには、サプライズゲストのシルエットが描かれている。私の目当てはそっちだ。シルエットは、日曜日の朝に放送しているアニメ、マギピュアの主人公のピュアフラワーのもので間違いない。現在放映中のアニメシリーズではなく、2世代前のキャラクターだが、同じく生花が特産であるというところで選ばれたようだ。遊園地や住宅展示場で行われるキャラクターショーに出向いて写真を撮ったり、キャラクターの着ぐるみと触れ合ったりするのが私の趣味だ。今回は道の駅、しかも鯉のぼりをあげるという珍しいイベントということもあって、興味をそそられ、朝早くから車を走らせてやってきたのだった。 一方、ノボリンは、界隈ではちょっと有名なゆるキャラだ。口の大きな鯉のキャラクターで、本物のコイのように何でも丸呑みにしてしまう、という設定で、ゲストを着ぐるみの中に飲み込んで連れ去ったり、ゲストをサプライズで吐き出したりする一芸が少し話題になっていた。今回、実物を初めて見られるということで、そっちもかなり気になっている。 広場に子どもたちが集まったところで、MCのお姉さんが、簡単に注意事項をお友達と約束すると、早速ノボリンを呼ぶ。広場の脇に停めてあったバンの後ろのドアを全開にしたところにタープを張って簡易なテントにしてある。そこから、ノボリンがのっしのっしと太い脚で歩いて登場した。胸ビレというのだろうか、そこを手のようにぶんぶんと振って観客にアピールしている。 スタッフに誘導されて、ゆっくりと配置に着くと、鯉のぼりを上げるロープを口から入れはじめた。確かにあのヒレではロープを引っ張ることはできないだろう。しばらくモゾモゾしていたかと思うと、尻尾のところからロープの端が出てきた。そして固定していたもう片方の端と結ぶ。 MCのお姉さんの声がけで、尻尾の後ろに子どもが順番に並んでいく。3人くらいの子どもをノボリンの後ろに並べてロープを渡す。 「合図をしたら引っ張って鯉のぼりをあげようね!」 お姉さんの案内もよそに待ちきれないのか、ぐいぐいとロープを引っ張っている子もいるが、ノボリンが間に挟まって押さえているおかげで、鯉のぼりには影響がないようだ。 お姉さんが合図をすると、鯉のぼりの童謡をBGMに鯉のぼりが少しずつあがっていく。昔ながらの分厚い生地で作られた鯉のぼりだからか、子どもの力だけでは難しいようで、時々下がったりしながら、ノボリンが手伝い、少しずつ上まで登っていった。 鯉のぼりがある程度登ると、お姉さんが観客に拍手を求める。写真撮影中は、ノボリンがロープを飲み込んだまま、ポーズをとっている。大人が入っているとはいえ、着ぐるみを着たままだ。けっこうな重労働だろう。 次の子どもたちが案内にしたがって駆け寄ってくると同時にゆっくりと鯉が降りてくる。一回3人くらいの子どもで揚げては、写真を撮って降ろす。それを10回ほど繰り返すと、たくさんいた子どもたちも皆、1回ずつ鯉のぼりをあげることができた。 「みんな、鯉のぼり、上手にあげられたねー!最後にみんなで拍手ー!はーい、ありがとう!ん?なになに、ノボリン?今日はみんなの為にスペシャルゲストを連れてきてくれたの?え?誰々?えー!すごい!」 無言のノボリンと小芝居が始まった。同時に、駆け寄ったスタッフがするするとロープが口から抜いてしっかりとポールに固定した。 「みんなー!今日は、ノボリンが、スペシャルゲストとして、マギピュアを連れてきてくれたんだって!早速皆んなで呼んでみよう!せーの、マギピュアー!」 子どもたちの呼び声と同時に、大人気の魔法少女アニメの音楽が鳴り始めた。そして、ノボリンがしゃがみ込んだかと思うと、大きな口がぱっかりと開いて、ピュアフラワーが飛び出してきた。ボリューム感のあるピンクの髪がふわりと広がる。そのまま、曲に合わせてダンスを披露し始めた。いつの間にか口を閉じたノボリンも一緒に手拍子ならぬヒレ拍子で盛り上げる。アップテンポの曲に合わせて、水色とピンクのスカートが揺れて、中に詰まったパニエが見え隠れしていた。 最後の決めポーズでピュアフラワーはぴったりと止まった。しかし、息切れが激しいようで、肩が激しく上下している。着ぐるみを着たまま、ノボリンの中に入っていたのだから無理もない。胸元は衣装の生地まで汗染みができていて、首元のチョーカーも変色している。しかし休む暇もなく、すぐに動き出して、観客たちに手を振って走り回っていた。それからMCのお姉さんのところに駆け寄って何やら耳打ちするような素振り。 「どうしたのフラワー?うんうん、いいね!みんなー!フラワーは、みんなと一緒に踊って遊びたいって!お友達は、その場で立って、周りのお友達とぶつからないように踊ろうねー!フラワーは、準備オッケー?」 広場の真ん中に位置取って、両手でお姉さんに大きな丸を作ってみせた。脇の下はびっしょり濡れているのが遠目にもわかった。 「じゃあいくよ!ミュージックスタート!」 二年前のシリーズなので、少し懐かしい気もするが、フラワーの振付けは完璧だ。放送中のダンスやショーも覚えなければならないだろうに、大したものだと思う。アップテンポの曲で、きっと消耗も激しいと思うが、生き生きと踊っている姿からはそんな疲れは微塵も見えない。それどころか、およそ2分弱のダンスを終えると、またすぐに子どもたちに元気よく手を振っていた。一瞬、目が合った気がして、鼓動が早くなった。まるでアイドルだな、と額の汗を拭った。 ダンスの後はそのままハイタッチ会になった。子どもたちの後ろに並んでいる大人たちの列の最後尾に並ぶ。気恥ずかしさは、何度経験してもなかなか消えないが、他にも大人が並んでいるので、少し安心した。フラワーは、丁寧に子ども一人ひとりの身長に合わせて屈んだりしながら、ハイタッチしていた。 けっこうな長い列で、スタッフも足りないのか、一人ひとりのハイタッチが長い。ようやく私の番が来る。予定を大幅にオーバーしているのだろうが、フラワーは全く手抜きする様子はなかった。私がカメラにつけていたフラワーのマスコットを見つけると、嬉しそうに指さして、私の手をきゅっと握ってくれた。当然、手はびしょびしょに濡れていたが、むしろ嬉しかった。間近で見ると、汗がスカートの生地まで染み出しているのがわかる。苦しそうに肩を上下させているが、私に向けられているのは満面の笑みだ。一枚だけ写真を撮らせてもらうつもりだったが、お礼を言おうとしたタイミングで別のポーズをとってくれた。ソロの撮影を間近で独り占めできるのは贅沢すぎる。最後尾で長く待った甲斐があった。何度もお礼を言いながらノボリンの方へと移動して、私の番は終わった。 大人のお友達ともハイタッチを終えると、お姉さんがお別れを告げた。元気いっぱいに手を振ってから、ノボリンと一緒に、車のテントへと戻っていく。先にノボリンをタープの中に入れると、フラワーは、こっちを振り向いて、手を振ってくれた。テントはなにやらもぞもぞとしている。どうやら一人ずつしか入れないのかもしれない。 結局、5分ほどフラワーは、テントの前で立ちっぱなしになり、フリーの撮影会みたいになった。子ども連れはほとんど帰っていたので、近距離でほぼ独占のような形になったのはラッキーだった。カメラ目線のポーズがたくさん撮れた。ようやくテントが空いて、フラワーが車に入ってからも、私はしばらくカメラのプレビュー画面を再生し続けながらそこに立っていた。ジリジリと頭を太陽が焼く。もうすぐ夏だ。