SamuKata
TAKO UNAGI
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鯉のぼりをあげよう(裏側編)

 気を抜くと眠ってしまいそうだった。もちろんステージ前で緊張はしているのだが、それ以上に、ゴールデンウィークは休みなく仕事だったから、疲労がピークに近かった。とはいえ、今日、子どもの日が終われば、明日はオフをもらえることになっている。  しかし、今日は早くも夏日らしい。エアコンの効いた車内でも、マギピュアの衣装を全身タイツの上に着込んでいると少し暑い。そのうえ、膝の上に置いたマスクから伸びるふわふわの髪が膝掛けのように脚を覆っているから、すでに太ももの裏は汗でびっしょりだった。事務所からは、マスクを被るだけの状態まで着替えて車に乗り込んだ。会場には、20分足らずで到着する。隣には、一緒に出演するノボリンの中の人も乗っていた。全身黒の長袖長ズボンのぴったりした服を着ているこの子は、後輩のつむぎちゃんだ。明るく元気で誰にでも好かれる子だが、一つだけ問題がある。 「先輩、今日めっちゃ楽しみだったんですよ!先輩のフラワー見られる上に一緒にノボリン入れるとかマジで役得すぎっス!」  私のことが好きすぎるのだ。後輩に慕われるのは素直に嬉しいのだが、つむぎちゃんは、ちょっと度を越しているところがあった。ボディタッチが多いくらいは序の口で、現場で一緒になると、私の恥ずかしいところを弄ったりと、けっこう際どいことをしているのだが、側から見ると微笑ましく戯れているようにしか見えないらしい。たいていは着ぐるみに入っているときだから、他のメンバーにはバレていないのだが、弄っているつむぎちゃん本人には、私が着ぐるみの中でどんなに恥ずかしいことになっているか全て知られてしまっていた。弱みを握られているというわけではないのだが、そのせいで今日も恥ずかしいお願いをすでに一つ聞くことになってしまった。ドライバーさんにはそんなことを知られたくないので、なるべく自然に会話しているが、まだマスクをかぶっていないというのに、顔はもう火照っていた。  会場に到着すると、広場の脇に車を停め、ドライバーさんが後ろのドアを開けて、タープを張って簡易テントにしてくれる。これで着替えができるようになるし、車のエアコンのおかげでテント内も少しは涼しい。本当ならここで私も着替えるのだが、ノボリンが大きいため、スペースがとりにくく、最小限の着替えになるようにほぼ完成の形で車に乗り込んだのだ。 「段取りおさらいしておきますね。」  ノボリンの準備をしながらつむぎちゃんが話し始める。 「ノボリンの中は、私が後ろでフラワーが前。ヒレは先輩が担当してください。定位置に着いたら、口からロープを入れてもらえるので、カラビナを受け取って、フラワーの横を通して、尻尾の穴に通す。あとは上げ下げと、写真撮影の繰り返し。フラワー登場後に2曲踊ってハイタッチ会。こんな感じっスね。」  外はもう人が集まり始めているようで、ざわついている。振り返るとノボリンの着替えがどんどん進んでいた。 「じゃ、そろそろマスク被って、ノボリンに入りましょう。」  つむぎちゃんに言われるまま、マスクを被る。狭いマスクの中に、顔をめちゃくちゃに歪められながら頭をねじ込む。ずっしりとした重みがのしかかる。髪の毛の重さで後ろに引っ張られて顎にマスクの縁が食い込む。ふぅ、と吐いた息はほとんどが跳ね返ってきた。つむぎちゃんが髪を掻き分けてマスクの紐をきつめに結ぶと、鼻がマスクの裏側に押し付けられて潰れる。どうせすぐに息があがるから、鼻からの呼吸は諦めて口から息をする。はぁ、はぁ、と呼吸音がマスクの中にこだました。 「はい!フラワー変身完了っス!はぁ可愛い〜!こっち見て〜!」  髪を軽く整えると、ノボリンから体半分だけ出したつむぎちゃんに向き直る。つむぎちゃんは、黄色い悲鳴をあげるのを堪えて震えていて、かと思えば次の瞬間には勢いよく両手を広げた。 「‥ハグ、いいすか!?」  仕方ない、とつむぎちゃんの腰に手を回す。広がっていたつむぎちゃんの腕が私を包む。ふわぁ〜、と息を漏らすつむぎちゃんの体重を感じてよろけそうになるのをなんとか押し留めた。 「ありがとうございますー!じゃ、そろそろノボリンに入りましょっか。」  既に暑くて息苦しいのに憂鬱だが、ノボリンの大きく開いた口に足から入っていく。つむぎちゃんにうしろから抱きしめられる形で、先につむぎちゃんの足が入っている太い脚に、そっとフラワーの足をブーツごとねじ込んでいく。これで二人三脚のように歩くのだ。転んだら起き上がれるか分からない。お腹のところにあるヒレのパーツに手を差し込んでフラワーが動かすと、手を振っているようになる。エナメル製のグローブを付けたままだから余計に暑い。指の間が汗で滑りを帯びているのが不快だ。少し屈んで、つむぎちゃんが上から私を飲み込むようにして口を閉じて、ヒレのところの留め具で手首を固定する。すぐにめちゃくちゃな暑さが襲ってきた。吸い込む空気がぬるくなって、汗とカビっぽい臭いがマスクの中に満ちた。 「頑張ろうね、フラワー。」  そう言いながらつむぎちゃんは後ろから私を、いや、フラワーをぎゅっと抱きしめた。既にフラワーとして扱われていることを実感すると、下腹のあたりが何だかきゅっとした。  タープが開いて、運転手さんが顔を覗かせた。ノボリンの目玉は大きくて黒のメッシュ生地だから本来なら視界も良くて呼吸もしやすい作りなのだが、フラワーのマスクの視界は、瞳の隙間に貼られたメッシュ越しだから、暗い着ぐるみの中にいるとほとんど見えない。後ろのつむぎちゃんも私が邪魔して見づらいとは思うが、視界に関してはつむぎちゃんに頼るほかない。私を抱きしめる腕と、囁く声が手綱のようにピュアフラワーをコントロールする。 「間も無く出番です!いけますか?」  着ぐるみ越しでも聞こえる大きな声が聞こえた。いよいよだ。2人で息を合わせて体を縦に振ってうなづく。それを見て運転手さんは、MCさんに合図したようだ。注意事項の説明が始まった。緊張が高まり、段取りや振付を改めて頭の中でおさらいする。よしいける。 「ノボリーン!!」  子どもたちの大きな声が聞こえたと同時にタープがばさっと開いた。 「右足から行きますね。せーのっ。」  のそりのそりとノボリンは動き出す。体がテントから出たところで、ヒレを元気に振る。あまりよく見えないが、盛り上がっているようで嬉しくなる。密着したつむぎちゃんの体から重心の移動を感じとって、リズム良く歩いていると、本当に手綱を握られているような気分になる。誘導するスタッフの手が触れたのが分厚い綿越しに伝わってきて、ようやく長い散歩が終わることがわかった。  定位置に着いた頃には、既に汗だくになっていた。汗止めに頭に巻いたタオルを貫通した雫が、鼻の脇を伝ってあごのタイツ生地に吸い込まれていった。首筋には、はぁはぁ、とつむぎちゃんの息がかかって、タイツ越しなのに暑くてくすぐったい。  スタッフが外からノボリンの口をノックすると、後ろからつむぎちゃんの手が伸びてきて少しだけ口を開いた。少しだけ新鮮な空気が流れ込む。眩しい。口からロープの先のカラビナが入ってきた。これを受け取るのは前にいる私の役目だ。つむぎちゃんがベルトの留め具を外したのを確認して、ヒレから片手を抜いて急いでそれを掴んだ。 「閉めますね。」  首筋でつむぎちゃんが囁いて思わずびくっとなってしまった。ノボリンの口が閉じて、視界がまた暗くなる。そこで、はたと気付いた。持っていたロープがない。 「フラワー、ロープちょうだい。」  私は慌てて首を横に振った。 「あれ?もしかして落としちゃいました?ちょっと待っててください。」  後ろでつむぎちゃんが私たちの足元をごそごそと探っている。 「あ、ありました。よかったー。」  本気でホッとしている私をよそに、つむぎちゃんは、尻尾のところからロープの端を出したようだ。うまくもう片方と結べたようだ。それからつむぎちゃんは、再び手首をベルトで固定した。これでしばらくは、ヒレを振りながら立っておけばいい。暑苦しいのは仕方ないが、動きが少ない分、消耗は少ないだろう。  MCのお姉さんの声がけで、尻尾の後ろに子どもが順番に並んでいく気配がした。3人くらいの子どもをノボリンの後ろに並べてロープを渡そうと、スタッフがロープをピンと張った瞬間だった。下半身に刺激が走った。ノボリンの中を通ったロープがぐいっと引き上げられ、股間に食い込んだのだ。思わずあげそうになる声を堪える。痛くはないのだが、場所が場所だ。多分、身長差のせいでつむぎちゃんには何も影響が無いようで、幸か不幸か気づかれていない。 「合図をしたら引っ張って鯉のぼりをあげようね!」  お姉さんの案内もよそに待ちきれないのか、ぐいぐいとロープを引っ張っている子もいようだ。ロープが前後に擦れながら食い込む。パニエのボリュームがあるのでスカートの中が見えることはまず無いのだが、運営の方針でスパッツを履いている。サテンのつるつるした生地が災いして、ロープはスムーズに私の敏感なところを行き来している。つむぎちゃんが後ろから腕を回して、軽くロープを押さえているおかげで大きく動くことはないが、鯉のぼりをあげ始めたら大変なことになるのは明白だった。  お姉さんの合図が聞こえるとすぐに、鯉のぼりの童謡が流れ始めた。それと同時に少しずつロープが動き始めた。両腕はヒレに入って固定されているので、つむぎちゃんが外してくれない限り、ロープが当たるところを手で押さえることもできない。  昔ながらの分厚い生地で作られた鯉のぼりだからか、子どもの力だけでは重すぎるようで、時々ロープが戻ってくるのをつむぎちゃんが抑える。外から見ると、ノボリンが手伝いながら少しずつ上まで登っているようにみえるだろう。困ったことに、ロープには滑り止めのためか、所々に玉結びになった結び目がいくつもあった。そこが私の真下を通るたびに、ごりっ、ごりっ、と一番敏感なところに予想外の刺激を加えるのだった。子どもたちが気を抜いて、結び目が連続して私を擦り上げると、思わず爪先立ちになりそうになるが、つむぎちゃんが抱きついている状態なので、刺激から逃れられない。  悩ましい責苦に耐えて、なんとか鯉のぼりが定位置まで昇ると、お姉さんが観客に拍手を求めた。そのまま写真撮影だ。少しだけ体を動かしてカメラの方を向いてポーズをとる。ロープの固定はつむぎちゃん一人ですることになるので、けっこうな重労働だろう。手の震えが伝わってくる。その力の入れ具合でまたロープが食い込む。  撮影が終わると、次の子どもたちが案内にしたがって駆け寄ってくる。鯉のぼりを降ろそうと、つむぎちゃんがロープを離したので、一気にロープが元の位置まで戻って、あまりの刺激に腰がびくついてしまった。外から見ればゆっくりと鯉が降りて来たようにしか見えないだろうが、私にとっては急激に敏感なところを擦られることになる。あと10回ほど繰り返さなくてはならないと思うと絶望感が胸に込み上げた。 「フラワー大丈夫そう?」  小声で聞かれるが、頷くしかない。 「良かったー。ねぇ‥フラワー、出番までけっこうあるし、退屈だよね?」  嫌な予感がした。 「‥ちょっと遊んじゃおっか‥。」  ロープの食い込みが強くなって、つむぎちゃんがロープから手を離したのがわかった。 「ロープ、大丈夫そうだね。」  確かにロープは手を離しても大丈夫そうだったが、それは私がブレーキになっているからであって、急に鯉のぼりが落ちてくることがあれば、私がロープを挟み込んで抑えるしかない状況になっている。  私の腰に回っていた手が上へと這い上ってきて、くすぐったくて思わず身を捩ると、ロープの結び目がぐりぐりと回転してしまう。 「そうそう。くすぐったかったら手をパタパタ動かしてね。ノボリンが喜んでるみたいに見えるから。」  そう言いながら、つむぎちゃんは私の胸の膨らみをつつーっとなぞり始めた。身体がどうしても反応してしまう。衣装の下にタイツ、そしてインナーがあるから、本来なら触られたところで、感触があるかないかという感じなのだが、今日はつむぎちゃんの「お願い」を聞いてしまったせいで、指の感覚が伝わってしまう。タイツの下に着ているインナーの胸パットが今日はないのだ。いつもスポーツブラのようなインナーを着ているのだが、パットがなくても生地が密着しているし、垂れるほどの大きさもないからと、つむぎちゃんの言うがままに、乳首が透けたままその上からタイツを着たのだった。  衣装の内側につむぎちゃんの手が滑り込んで、私の胸をまさぐっている。その間にもロープは一切の容赦なく私の敏感なところを前後に、そして不規則に刺激してくる。唯一動かせる手を動かして気を逸らすが、つむぎちゃんの言うとおり、ノボリンが楽しそうにしているようにしか見えないだろう。 「あ、ここ、立ってる。くりくり〜。えへへ、気持ちいいね。イベントの最中なのに、こんなに気持ちよくなっちゃってるなんて、フラワーは悪い子だなぁ。お仕置きにもっとくりくりしようね〜。」  タイツを押し上げている突起を指で摘まれて、ぐりぐりと左右につねられると、全身に電流が走る。 「気持ち良くて大変だね〜、フラワー?でも、ちゃんとしたインナー着てない先輩のせいなんだよ〜。カリカリカリカリ〜っ。」  今度は爪を立てて先端を激しく引っ掻かれる。顔がさらに熱くなる。写真を撮っている間も指は休まず私の胸をいじめ続けている。するすると鯉のぼりが降りてくると同時に強く摘まれて、たまらず身体がびくんとはねてしまった。 「あぁ〜っ、今の気持ちよかったね〜。フラワー、可愛いよぉ。」  早く、早く終わって。新鮮な空気を求めて私の口は鯉のように大きく開き切って、端から垂れたよだれはタイツに吸い込まれていく。  最後に鯉のぼりを上まであげ切るまでに、何度も絶頂を迎えてしまっていた。気持ち良くなればなるほど、ロープの滑りはどんどん良くなって、さらに快感が強くなってしまう。ぼうっとしたまま、到底見せられない顔のまま、最後の子どもたちとの撮影を済ませた。その間もつむぎちゃんの指は、休むことなく私の胸をいじくり回していた。  そろそろ出番だ。気持ちを切り替えなくては。そう思って、ピンクのモヤモヤを頭から振り払おうとした。 「みんな、鯉のぼり、上手にあげられたねー!最後にみんなで拍手ー!はーい、ありがとう!ん?なになに、ノボリン?今日はみんなの為にスペシャルゲストを連れてきてくれたの?え?誰々?えー!すごい!」  MCのお姉さんが駆け寄ってきて、無言のノボリンと小芝居を始めた。 「‥フラワー、もう出番だね。大丈夫?とろとろになっちゃってるよ?‥じゃあ、これ最後ね。ぎゅうぅっ‥!」  つむぎちゃんが、固くなった二つの蕾を思い切り摘んだ。タイツ越しにサワサワ、カリカリと甘くもどかしい刺激で焦らされ続けたそこに、痛みすら伴う強い快感が流し込まれて頭が真っ白になる。タイミング悪く、スタッフがロープを支柱に固定するために引っ張ったのか、今までにない力でロープが食い込む。大人の力でグイグイとロープが引っ張られ、一気に硬い結び目がゴリゴリと私の弱いところを通り過ぎていった。身体をばたつかせて悶えても、逃げどころのない快楽が全身を駆け巡って、身体が私のコントロールを完全に外れて痙攣した。 「‥ふふ。可愛い。あと少しだから頑張ろうね、フラワー‥。」  首筋で悪魔が囁いた。 「みんなー!今日は、ノボリンが、スペシャルゲストとして、マギピュアを連れてきてくれたんだって!早速みんなで呼んでみよう!せーの、マギピュアー!」  子どもたちの呼び声と同時に、大人気の魔法少女アニメの音楽が鳴り始めた。足が震えて、今にもへたり込んでしまいそうだが、惚けている暇はない。つむぎちゃんが手首のベルトを外してしゃがみ込むと、ノボリンの口を最大まで開いた。首筋の濡れているところが少し冷たくなって、新鮮な空気が入ってきたのがわかった。マスクにも少しだが酸素が入ってきて脳を目覚めさせる。やるしかない。覚悟を決めて、夏と見紛う炎天下のステージに飛び出した。  まずは、ちゃんとイントロの間に登場できた。大歓声に心が高まる。ステージを走り回って客席の隅々まで手を振る。そのまま、曲に合わせてダンスを披露し始めた。よし、振りも飛んでない。いつの間にか口を閉じたノボリンも一緒に手拍子ならぬヒレ拍子で盛り上げてくれている。とんでもない責苦をもたらした悪魔はその中に隠れて気配も見えない。アップテンポの曲に合わせて、水色とピンクのスカートが揺れて、濡れた股間が一瞬冷たくなってはまたすぐに蒸れる。中に詰まったパニエを脱ぎ捨ててしまいたいと本気で思った。  最後の決めポーズでぴったりと止まる。歓声と拍手がすごい。新鮮な空気を感じたのはノボリンから出た一瞬だけで、全身から汗が吹き出している。激しい呼吸音がマスクの中で反響して、MCの声が聞き取りにくい。肩が激しく上下するのを止められなかった。苦しそうな様子は子どもたちには見せたくないので、すぐに動き出して誤魔化しながら、観客たちに手を振って走り回る。観客席の至る所から手を振ってくれている。大人のお友だちも少なくない。できる限り一人一人に手を振ったり、手でハートを作るポーズでファンサしていった。目が合ったお姉さんが黄色い悲鳴をあげるのが分かってちょっと嬉しい。隣のお兄さんにもちゃんと見てるよ、と指さしポーズ。ひとしきり各方向へのファンサを終えてから、MCのお姉さんのところに駆け寄って何やら耳打ちするような素振りをする。この距離だと苦しい呼吸がバレてしまうが仕方ない。 「どうしたのフラワー?うんうん、いいね!みんなー!フラワーは、みんなと一緒に踊って遊びたいって!お友達は、その場で立って、周りのお友達とぶつからないように踊ろうねー!フラワーは、準備オッケー?」  広場の真ん中に位置取って、両手でお姉さんに大きな丸を作ってみせた。風が吹いて、脇の下がびっしょり濡れているのがわかった。 「じゃあいくよ!ミュージックスタート!」  二年前のシリーズなので、少しだけ復習が必要だったが、前にもやったことがあるフラワーの振付けは身体が完璧に覚えていた。アップテンポの曲でかなり消耗も激しいうえに、アドリブでステージを大きく走り回って観客一人一人に目線を配っていると、苦しくて倒れそうだが、疲れをみせるわけにはいかないから、むしろ大きく手脚を動かして生き生きと踊る。およそ2分弱のダンスを終えると、またすぐに子どもたちに元気よく手を振る。おこがましいかもしれないが、気分はアイドルだ。恥ずかしそうにこっちを見ているお兄さんにも漏れなく目線を送る。よく見るとフラワーのグッズを持っている。気づいてるよ、と指さして嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた拍子に、垂れた汗が目に入って思わず顔をしかめてしまう。  MCのお姉さんがハイタッチ会の案内をしている間もステージでファンサを続ける。一旦テントにはけることが多いが、今回は時間短縮のため、列の形成がある程度進んだらハイタッチをスタートすることにしていた。  早速最初の子どもが嬉しそうに駆け寄ってくる。カメラを構えている後ろの親御さんの方を向いてもらい一枚だけ写真を撮る。はにかみながらそっとタッチする子や、嬉しさのあまりぺちぺちと激しくタッチする子など様々だ。身長もバラバラだから目線を合わせるためにしゃがんだり立ったり繰り返さなくてはならない。そのうえ、列の形成が忙しくてスタッフは、いわゆるハガシには手が回らないようだ。自然と一人一人の時間が長くなってしまっている。  疲労は限界だが、子どもたちの列がようやく終わると、大きなお友だちがたくさん並んでいる。せっかくフラワーに会いたくて来てくれたのだから、そっけなく当たるわけには行かない。放送が終了して登場機会が少なくなったフラワーが推しだという人もいるのだ。予定時間は既にオーバーしているとは思うが、ファンサには手は抜けない。丁寧に手を握って写真撮影にも対応する。本当に嬉しそうな様子を見ていると、疲れも暑さも気にならない。  最後尾は、さっきフラワーのグッズを持って恥ずかしそうにしていたお兄さんだった。カメラにもフラワーのマスコットが付いていた。ちゃんと気づいたと伝えるため、嬉しそうに指さしてから、ハイタッチした手をきゅっと握る。手袋を貫通するほど汗でびしょびしょに濡れているが、嫌じゃないだろうか。少し不安になりつつ顔を見ると、はにかみながらも満面の笑みだ。写真を求められて快く頷く。最後だし、少しくらいサービスしてもいいだろう。特別にいくつかポーズを変えて長めに付き合うと、何度も何度もありがとうと言いながら、ノボリンの方へと去っていった。ようやく一仕事終え、ファンサ中は夢中で気が紛れていたのだが、再び暑さと苦しさが襲ってくる。そろそろ限界だ。  ハイタッチが終ったことに気づいたお姉さんがみんなにお別れを告げた。元気いっぱいに手を振ってから、ノボリンと一緒に、車のテントへと戻っていく。ステージ脇のテントはすぐそこだったが、ノボリンはゆっくりと歩かなくてはいけないので、すぐには戻れない。  狭いテントの中で着替えるため、先に嵩張るノボリンをタープの中に入れる。多分、つむぎちゃんもそろそろ限界だろう。着替えが終わってスペースが開くのを待つ。無理をすれば私も入れないことはないのだが、つむぎちゃんの体力を考えると、広いところで手早く脱いでもらったほうがいいだろう。  手持ち無沙汰になったので、振り向いて、みんなに手を振る。子どもたちはほとんど帰ってしまったが、大きなお友だちが近くで撮影するチャンスと思ったのか、カメラを構えて付いてきていた。せっかくなので、フリーの撮影会みたいに、それぞれのカメラに向かっていくつかポーズをとる。中にはさっきのフラワー推しのお兄さんもいた。推してもらっていることがわかると自然と重点的にファンサしてしまう。5分かそこらの時間でしかなかったが、最後の最後で日差しに焼かれて、トドメを刺されている気分だった。  ようやくテントが空いたので、手を振りながらタープの中へと入っていくと、少しだけ涼しい空気が全身の表面を冷やしてくれる。とは言っても焼け石に水とはこのことで、長距離走を走った後のような状態なのに、全身を分厚い布で何重にも覆われ、まともに空気も吸えない状況では、気休めにもならない。ノボリンの抜け殻を畳み終えたつむぎちゃんが駆け寄ってくる。 「フラワー!お疲れ様ー!めっちゃ可愛かったよー!」  けっこう過酷な現場だったと思うが、つむぎちゃんはハイテンションのまま、私を強く抱きしめた。肺が圧迫されて空気が押し出される。 「ねぇ、『お願い』なんですけど、事務所までフラワーのまま一緒にいてくれませんか?」  抱きついたまま、耳元でつむぎちゃんが囁いた。これ以上は、危ないかもしれない。そう思っているのに、脳髄が痺れた私は、フラワーがコクコクと頷くのを止めることができなかった。長いゴールデンウィークは、もうしばらくは終わらない。私のため息はフラワーのマスクの中から出ていかなかった。


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