アヤカシパーク バックヤード アヤカシ図鑑#1 ヌエ
Added 2025-08-15 10:25:41 +0000 UTCふさふさのフードを被った女の子キャラ。猿のような丸い耳に、体は虎柄、手足はタヌキみたいな茶色で、すごくもふもふしている。お尻には蛇の尻尾が生えている。弱点は尻尾。触られるとくすぐったそうにしているぞ。 世間はいわゆるお盆休みというやつで、どこもかしこも混雑している。SNSを覗けば、楽しそうな思い出の写真がずらりと並ぶその一方で、休みなく働く人々の恨み言も同じくらい流れていた。私はといえば、まさに後者で、この掻き入れ時に文字通り休む暇なく働いている。殺人的な日差しなどものともせず、お客様方は楽しそうにパークを走り回っている。きっとこんがりと日焼けしてしまうことだろう。 その点、私は安心だ。乙女の柔肌は、インナースーツと肌色のタイツに包まれ、さらにその上から分厚いケモノのファーマシマシの衣装を身に纏っている。流石の太陽光も入り込む隙がないだろう。吹き出す汗は、身体中を這い回るお掃除マシンが舐め取って綺麗にしてくれて、湿度120パーセントで保湿もバッチリだ。絶叫アトラクションから聞こえてくる黄色い悲鳴を遠くに聞きながら、大きく開けた口からはぁ、はぁ、と熱い息をマスクの中に吐き出す。ため息すらつく余裕もない。 今はお昼時で、暑さを避けて屋内でご飯を食べているお客様が多いのか、少し人がまばらだ。ショーの予定はまだ先だから、それまではグリーティングだ。限られた休憩時間は、ショーの後に取っておきたい。パークの中心部のミヤコエリアは、平安時代風のデザインで、飲食店やお土産屋さんが多いエリアだ。もうしばらくすると、昼食を終えたお客様で賑わうだろう。ふと、視界の端に、大きく手を振っている子が見えた。どうやら私に手を振っているようだ。ファンサの時間だ。気合いを入れる。私は両手を上げて大きく手を振った。女の子が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて、両親に何か聞いたかと思うと、こちらに息を切らせて駆け寄ってきた。 「わぁ!ヌエちゃん!ほんもの!可愛い!」 この瞬間ばかりは、暑さも息苦しさも忘れてしまう。しゃがんで目線を合わせ、両手を差し出すと、女の子は目をキラキラさせて、ふかふかの手を握った。ファーの裏に染み込んでいた水分がインナーへと逆流してくる。綺麗に処理されているとは言っても、生温い自分の汗だったものがぐちゃぐちゃと手を浸しているのはけっこう気持ち悪い。ふわふわの感触が気に入ったのか、女の子は延々と私の手をにぎにぎしている。私もリズムを合わせて握り返しながら、首を左右にゆらゆらする。嬉しそうな演技、あ、尻尾振らなきゃ。思い出して、私は舌をインナースーツの裏側にくっつけて左右に動かす。ティーバック上の固定ベルトが食い込んで、正常に尻尾が動いているのが分かった。インナースーツの口のところは、呼吸のために通気性を確保しているのに、尻尾のコントローラを兼ねるつくりになっているせいで、私の唾液が染み込んで空気が通りにくくなる。舌を出してはぁはぁと荒い息を漏らしながら、女の子の前でしゃがんでいると、まるで犬になったかのような錯覚に陥る。 「ハルナ、写真撮ってもらおう?」 大人の声が降ってきた。見上げるとにこやかな男女がこちらを見下ろしている。多分この子の両親だ。 「ヌエちゃん、写真いいですか?」 私は元気よく立ち上がって両手で丸を作った。指が見えるタイプの着ぐるみだったらOKサインで済むところなのだが。こんなところまで、ヌエはいちいち大変なつくりになっている。もう一度屈んで、ハルナちゃんの隣で、ポーズをとる。横から抱きつかれたのが、インナースーツのお掃除ロボットに伝わって、激しい動きで触られていることを私に伝える。触覚が鈍い着ぐるみに外部の刺激を伝えるための仕組みだそうだが、体を這い回るための短い触手がびっしりと生えたクラゲのようなロボットが動き回ると、どこを触られてもくすぐったいのが難点だ。びくつきそうな体を抑えて、カメラの前でじっと我慢する。厚い衣装に包まれていても、ボディタッチにちゃんと反応できるようになっているのは良いのだが、その度にくすぐられて声を我慢しなくてはならない。そもそもくすぐり弱いのに。息を止めたせいで、息苦しさが増しているが、尻尾の動きを止めるわけにもいかない。マスクの中には私の唾液の臭いが充満していく。 尻尾の固定ベルトがギュッとしまって敏感なところに食い込むと同時に、全身のお掃除ロボットが暴れ出した。ハルナちゃんが、尻尾をいじっているのだ。開いた口から漏れそうな声を必死に我慢して、小さな手から逃れようと舌で操作する。 「えへへ。ヌエちゃん、くすぐったそう。」 こればっかりは演技ではなく本当にくすぐったいのだ。尻尾が弱点なのを再現するためとはいえ、ベルトの裏側にゴツゴツした突起までつけるのは本当に必要なのだろうか。ハルナちゃんが尻尾を握って、ベルトが深く食い込んだ拍子に、鼻から息が漏れた。多分小学生だろう。こんな小さな子に弱いところを責められて、軽くイってしまったことに罪悪感と羞恥心が込み上げるが、そんなそぶりは見せずに、元気に手を振って見送った。客足が増え始めている。夕方のショーまで地獄のグリーティングはまだまだ続く。 夕方のショーに間に合うように休憩をとった。控え室でも着ぐるみを脱ぐわけにはいかない。バックヤードを駆け回るスタッフさんにも、着ぐるみキャストの裏側は見せていないのだ。当然、長時間着用を実現している悪魔のような仕掛けも知らない。多分、何らかのすごい技術で、中の人は快適に働いているとでも思っているのだろう。スタッフさんにも愛想を振り撒きながら、楽屋に戻る。ようやく1人になって、チューブから冷たい専用ドリンクを必死に吸う。あまり美味しくないのだが、栄養も水分も補給できるので、飲めるだけ飲むように指導されている。椅子に座って、脚を伸ばし疲れた体の回復に努めた。その間も、掃除マシンに汗にまみれた身体を舐めまわされている感覚は消えず、息苦しさからも解放されることはない。それでもじっとしているだけで大分マシだ。そうして休憩時間の半分ほどを過ごすと、かなり楽になった。ショーで激しく動いても何とか夜まで耐えられるだろう。 さて。今のうちに、もうひとつやっておかなくてはならないことがある。私は誰も入ってくるはずのない部屋を改めて見回した。誰も見ていないのに、この時ばかりは羞恥心が込み上げる。覚悟を決めると、床にぺたんと座って、長い息を吐く。少しずつ、少しずつ。股間に込めた力を緩めては締め、膀胱に溜まった水分をほんの少しずつ漏らしていく。どういう仕組みかはいまだに分からないが、お掃除ロボットが、股間に集まってきて、少しずつ漏れ出てくる泉に群がる。そこをくすぐられると一気に漏らしてしまいそうになるが、そうしてしまうと、床を汚してしまう。対処法もあるが、あまりやりたくないので、じっと耐えることにしていた。もう自分で調整する必要がなくなっていた。必死に我慢していても、踏ん張りたいところをちろちろとくすぐられていると、思わずチョロ、チョロと漏れてしまう。 ようやく膀胱の泉が枯れる頃には、放心状態になっていた。濡れてしまったところを綺麗に舐め取って、ロボットたちは全身のお掃除に戻っていった。他のキャラもこうしているのだろうか。体力温存のため、回数は少なめに絞っているし、汗をかくのでそこまで溜まることはないが、それでも1日数回はする必要がある。変に癖になっちゃう子もいるのではないだろうか。いや、私はまだ大丈夫。変態じゃないし。 休憩終了のベルが鳴って、楽屋のドアのロックが外れた。ヌエちゃんのキャラを取り戻し、意を決して立ち上がった。ショーを乗り切れれば、終わりが見えてくる。エアコンの効いた空気を少しでも多く肺に溜め込むと、セミの鳴き声がさざめく光の中へと駆け出した。 これから私が登場することになるアヤカシバトルショーは、パークのアトラクションの中でも一番の人気を誇っている。アヤカシのキャラ同士が戦うのだが、キャラクターたちにもシナリオは知らされていない。実況のお姉さんの声と操作に合わせて動きながら、状況をみて決着をつけるので、勝ち負けもお姉さん次第だ。必死に動いてお姉さんにアピールしないと勝てないということもあって、バトルは結果的に真剣勝負の様相をなし、大人にも人気が出ている。負けた時のことを考えると、必死になるのも分かる。対戦カードを見ると、私は最後の試合で、相手はツチグモちゃんのようだ。 スタジアムに登場すると、四方から歓声に囲まれた。声援に応えるべく、走って客席の前を一周して、みんなに手を振る。走ると尻尾が揺れてその度に敏感なところがベルトの突起に責められるのだが、そこは我慢だ。 「ヌエちゃーん!」 一際大きな声がして振り向くと、さっき写真を撮ってくれた子だった。確か、ハルナちゃんだったかな。指差して手を振って応える。頑張るよ、とポーズをとって、太陽に熱されたコンクリートのフィールドに戻った。 ツチグモちゃんは、ゆっくりとたくさんの脚を動かしながら進んできた。この構造だと走り回るわけにはいかない。ツチグモちゃんは、上半身が人間で、腰から下がクモのアヤカシで、毒のジュツを使う設定だ。威嚇するように掲げた前脚は、少し艶めかしい。詳しい構造は分からないが、この数の脚がバラバラに動いているということは、多分、中には2人入っている。かなり大変そうだ。というか下半身担当の子は、どうやって呼吸や水分補給するのだろう。 そんなことを考えているうちに、バトルは始まった。実況のお姉さんの言葉に合わせて、パンチやキックを繰り出し、あるいはバラバラに動いて襲ってくる脚にぶつかって転がったりしているうちに、すぐに息が上がってくる。 「おーっと!ここでヌエがツチグモの懐に潜り込もうとしているぞ!」 転がされてようやく起き上がったところに、お姉さんの声。恨めしく思いながらも走って行き、ツチグモちゃんの腰から下に抱きつくようにしがみついた。その瞬間、前脚がピンと伸び切った。あ、多分ここ、弱点だ。 「ヌエの容赦ない引っかき攻撃だー!」 手を大きく動かして、蜘蛛の目のような飾りをもふもふの手で撫でる。前脚がバタバタと暴れている。なるほど、2本の脚の中心が弱点になっているのか。上半身は、意に介していないようだから、下半身担当の人の股をくすぐっているような状況なのだろう。 前脚に元気がなくなってプルプルと震えてきたと思ったら、上からツチグモちゃんの上半身が覆い被さってきて、私をがっちりと抱き留めた。何か合図があったのか、痙攣していた前脚が慌てて動き出して私の腰をがっちり固める。 「おーっと!ヌエがここで捕まった!逃げられない!あー!毒攻撃が決まりました!」 上半身の手がヌエのマスクの口に何か当てたかと思うと、温い風がマスクの口から吹き込んできた。慌てて呼吸を止めようとした瞬間、前脚が私のお腹をぐっと締めたせいで、肺から空気が押し出され、思い切り吸い込んでしまった。 臭い!思わず涙目になって咳き込み、床を転げ回るが、マスクからなかなか出ていってくれない臭いのもとが、私の鼻腔をいじめる。強いていうなら吐瀉物のような臭い。吐き気を堪えながら、頭を振って空気を入れ替えようと虚しい努力をしていると、体が熱くなってきた。激しく動いたから?熱い床を転げ回ったから?混乱した頭が危機感を覚える。お掃除ロボットが発熱しているのだ。ただでさえ40度近い環境で、激しく運動しているところにカイロを放り込まれたに等しい。これがツチグモの毒の再現なのだ。 早く決着をつけないとまずい。相変わらずひどい臭いはマスクの中で澱んだままだが、さっきの私の攻撃で動きが鈍くなっているツチグモちゃんの後ろに回り込んで、丸くて大きなクモのおしりにしがみつく。そして、そのままポコポコと叩く。パンチが当たるたび、ツチグモちゃんは全身をびくんとさせている。前が下半身担当の弱点だから後ろは、と推測していたがビンゴだった。はじめは腰を捻って止めようとしていた上半身も何かに耐えるように身体を丸めて震えている。 「さあ、ダメージを十分与えて、ヌエは必殺技の構えだー!」 ようやく終わる。今回は勝たせてもらえるみたいだ。ツチグモちゃんに向かって弓を引く構えをとる。ヌエの元ネタの妖怪、鵺を倒したとされる源頼政の弓になぞらえた技らしい。実況の声に合わせて、心の中でごめんと唱えながら、弓を放つようにすると、大きな効果音が鳴って、ツチグモちゃんは上半身も下半身もびくびくっと大きく震えて、そして、ぐったりと動かなくなった。 「勝者!ヌエー!拍手ー!」 まだ臭くて吐き気がするし、全身の熱もまだ引いていないが、両手をあげてガッツポーズ。込み上げてくる嗚咽を飲み込みながら、涙目で客席の声援に応える。ハルナちゃんが見ている。限界の身体に鞭打って、脇の下を這いずる感触に堪えながら全力で手を振った。
Comments
ツチグモの中が気になります! 続編楽しみにしてます!
ryoda7272
2025-08-16 17:57:19 +0000 UTC