SamuKata
TAKO UNAGI
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レンタル彼女がお客さんの希望で着ぐるみを着る話

 指定された時間よりも随分早く着いてしまったが、無事に部屋に入ることができた。まだ午前中だというのに外の気温は既に30度を超えている。そのせいで、部屋の中も少しぬるい空気が篭っているようだった。緊張で息が浅い。堪らなくなって、荷物を下ろすや窓を開けた。暑いが、新鮮な空気が入ってくる。深呼吸して部屋を見渡す。ローテーブルにクッション、あまり大きくないがベッドもある。床は落ち着いた色のフローリングでよく掃除が行き届いている。少し広いが学生の一人暮らしの部屋といった印象で、調度品は少し女性寄りの雰囲気でまとまっていた。  流石に少し暑くなってきたので、窓を閉めてエアコンをかけた。額に滲み始めていた汗が引いていく。準備、といっても運んできた箱から取り出してベッドの上に並べ、マスクや衣装、肌タイが揃っていることを確認するだけだ。家でも何度も確認したので、当然の如く準備は一瞬で終わった。このまま広げておくのもなんなので、箱にしまい直して時計を見る。彼女の到着はまだ1時間先だ。だというのに、心臓がうるさいくらいに鳴っている。  大学に入れば、彼女くらいできるだろうと思っていたのだが、今この緊張を思うと、まともなコミニュケーションがとれていたわけもなく、今更ながら日陰者の人生に得心がいってしまったところだ。化粧を覚えて綺麗になった女の子たちが振り向くはずもない。そう考えると、レンタル彼女を利用してみるというのは現実的な判断だと思う。  まして、個人的な性癖、着ぐるみフェチを隠して誰かと付き合えたとして、それが露呈した瞬間に破綻するのは目に見えている。「かりん」。レンタル彼女のシステム上、このニックネームしか分からない。レンタルを申し込んで、何度かメッセージのやり取りをして、今日初めて会う。着ぐるみを着てほしいという要望は、初めに伝えていたので、よく受けてくれる女の子がいたものだと、要望した本人ながら驚いた。ショートカットの爽やかな笑顔は、きっとホームページ用に加工されたものだから過度な期待はできないが、かなり好みだったし、メッセージは優しくて、恥ずかしながら正直どハマりしている。  彼女は時間通りにチャイムを鳴らした。ようやく落ち着いてきた脈拍がまた急上昇する。 「こんにちは!えっと、直接会うのは、初めましてだね。改めまして、『かりん』です。よろしくお願いします。」  深々下げた頭が戻ってきて僕を見る。ホームページで見た通りの女の子がそこにいた。 「あれ?大丈夫?あはは。緊張するよね、そりゃ。」  慌てて僕も挨拶を返す。 「えっと、『もも』です。すみません、あの、変なお願いしちゃって。」 「全然気にしないで!私も着ぐるみって一回着てみたいなって思ってたんで!」  社交辞令かもしれないが、そう言ってもらえると少し気が楽になる。 「あ、ありがとうございます。お茶持ってきますね。」  キッチンへと行こうとする僕の手をかりんが引き留めた。驚いて振り返ると、僕の手を小さな両手が包み込んでいる。温かい。窓の外のセミの声が大きくなった気がした。 「敬語とか、気を遣わなくて大丈夫だよ?私、ももくんの彼女だから。」  そう言ってにっこりと笑った。顔が熱くなって、背中を汗が一筋伝った。 「あ、ありがと。その、その辺座ってて。」 「へぇ!こうなってるんだぁ!」  マスクを持ち上げ裏側を見て感動している彼女を横目に、着ぐるみ一式をベッドの上に並べた。 「ふう。これで全部。大丈夫そう?」 「うん、早速着替えちゃうね。えへへ。もうすぐライムちゃんに会えるよー。」  悪戯っぽい笑顔に、生唾を飲み込んだ。この笑顔が、この後プラスチックのマスクに覆われて汗にまみれてしまうところを想像して、血流が下半身に回っていくのを感じた。 「よ、よろしくお願いします。」 「もう、固いなぁ。ちゃんとアニメ観てきたから、ライムちゃんとして接してね。」  そう言って、彼女は服を脱ぎ始めた。僕は慌ててキッチンへと出ていった。 「あはは。裸になるわけじゃないんだからいいのに。」  後ろから笑い声が追いかけてきた。  衣擦れの音から気を逸らそうと、Twitterを開いては、閉じた。ライムは、学園都市の異能力バトルもののアニメのキャラで、主人公の味方側の女の子だ。サイボーグ化している設定とは裏腹に本人の明るい性格とおっちょこちょいな行動から、ポンコツ機械系キャラとして愛されている。大学に入って一人暮らしを始めたことをきっかけに前から欲しかった着ぐるみをお迎え(着ぐるみオタク界隈では着ぐるみを購入することをこう言うらしい)したのだが、高校の頃から好きなキャラだったから迷いはなかった。ただ、残念ながら、閉所恐怖症気味であり、そもそも体型も合っていない僕が、これを着こなせるわけもなく、高校3年間のバイト代を全て注ぎ込んだ高い買い物が全て無駄になったと落ち込んでいたのだ。そんな時にダメ元でレンタル彼女を使ってみたのだ。もうすぐライムが登場すると思うと、受験の合格発表の時よりも緊張してしまっている。  無意味にスライドしたスマホの画面をまた元の画面にスライドしようとした時、不意に後ろから柔らかいものが僕を包んだ。思わず飲んだ息は、女の子の甘い匂いがした。背中に当たっている膨らみを認識できた頃には、目の前に回り込んだライムが、僕の顔を覗き込んでいた。 「か、可愛い‥。」  ようやく絞り出した声に、ライムはくすくすと笑うような仕草で応えてから、僕の手をとって部屋へと引っ張っていった。指抜きグローブの先から布に包まれた指先がきゅっと僕の手を握ると、タイツの裏に隠されたかりんの存在が感じられて、僕の手の神経が敏感になる。  促されて、ベッドに隣り合って座った。改めてライムを見ると、ライムも僕を見つめてくる。微かに呼吸音が聞こえているが、苦しそうな様子は今のところなさそうだ。ライムは、紺のセーラー襟とリボンを整えて、スカートのプリーツが乱れないように座り直した。肌色のタイツに包まれた太ももが露わだ。  固まった僕を不思議そうにあごに人差し指を当てて少し眺めたかと思うと、ライムはいきなり両腕を広げて、僕を抱きしめた。密着した胸を通じて、トクトクトクと、速い鼓動が伝わってくる。かりんも緊張しているのかもしれないと思うと少し落ち着いた。目の前でライムのボブの黒髪が揺れて内側のグリーンの髪がチラついた。僕もライムを抱きしめてみる。脇の下を腕が通った時、湿った体温を感じて、思わず腰を引いた。軽く腰を抱き寄せると、マスクの中でかりんが軽く息を吐き出したのが分かった。  たった数秒のハグだったと思う。それでも、永遠に感じられたし、もっと続けば、と思っていた。 「ありがと。少し落ち着いた。」  腕を解いてライムにお礼を言った。うんうんと嬉しそうに頷いてライムは応えた。 「えっと、何しよっか‥。」  着ぐるみを着てもらうことで頭がいっぱいで、着た後何をしたら良いのか考えていなかった。ライムは指をあごに当てながら部屋を見渡して、ハタと気づいて、テーブルの上のリモコンを指差した。 「えっと、テレビ‥、あ、映画か何か見よっか。」  うんうんと頷いてくる。ちゃんとコミニュケーションがとれて自信がついてきた。リモコンをとって、映像配信サービスの画面にいくと、おすすめ欄にライムの画像のサムネイルがあった。隣でライムが気づいて嬉しそうに指をさす。 「あ、そう、ライムの回だよ。これ見よっか。」  再生ボタンを押すと、ライムはさらに体を寄せて、僕の腕に抱きついたまま、画面に見入っている。オープニング曲に合わせてライムの体が揺れるたびに、タイツの圧を跳ね除けた柔らかな風船が僕の腕に押し付けられて、気が気でなかった。  ほんの30分ほどのアニメだが、時折、画面を指差したり、びっくりしたように抱きつく力が強くなったり、ずっと休まずライムを演じていた。二の腕に触れた彼女の脇の下が湿っていくのを感じながらエンディングを観ていると、彼女は指先を絡めるように僕の手をきゅっと握った。  それからは、ゲームをして遊んだ。視界が悪いのか、彼女はよくミスをした。それでも画面の中の出来事に一喜一憂しながら、可愛いリアクションをとっている。いつの間にか緊張も忘れて、ライム本人が僕の部屋で一緒に遊んでいるような錯覚を覚えていた。途中、肩で呼吸している様子に気づいて、何度か休憩を勧めたが、結局最後まで彼女が着ぐるみを脱ぐことはなかった。 「そろそろ時間だね。次のゲームで最後にしよっか。」  ライムは頷いて、それから何か閃いた様子で筆談用のタブレットをとると、大きく「罰ゲーム」と書いた。 「えっと、負けた方が罰ゲームってこと?」  激しく頷くライムのサラサラの髪が揺れてまたその匂いが僕の鼻腔をくすぐる。 「うーん。何にする?」  少し考えてからまたタブレットに向かう。 「モノマネ?え、できるかなぁ。」  僕ができそうなモノマネを考えてみるが、担任の先生のモノマネをしたときに、あまりに似ていなくて気まずい空気が流れた高校の思い出が蘇った。 「分かった。じゃあ、負けたらモノマネね。」  レパートリーが無くたって構わない。モノマネをやることになるのはライムなのだから。ライムは、頑張るぞ、と気合を入れるポーズをとってコントローラを握って画面に向き直った。  結果は想像通りだった。着ぐるみというハンデにしては健闘したと思うが、そもそも僕も得意なゲームだ。 「じゃあ、ライム、モノマネよろしく。」  頭を抱えていたライムがこっちに向き直る。そして、両手の手首を丸く曲げてポーズをとった。 「えっと、猫?」  嬉しそうにライムが拍手すると、厚い布同士がぶつかるぽふぽふという音が鳴った。 「え、可愛い!写真撮るからもう一回!」  恥ずかしそうに顔を覆って首を振る。 「ほら、負けたんだから罰ゲームだよ。」  渋々顔を覆った手のひらをどけて再び猫のポーズ。首を少し傾げているのがすごく可愛い。そのまま、スマホで写真を撮った。 「めっちゃいい!うーん、じゃ、犬とかもできる?」  撮影時間を引き延ばしたくなって、ダメ元で聞いてみると、まだまだ元気といった具合に頷く。その首元には汗染みが広がっていた。それから、もぞもぞと動いて、ライムは四つん這いになって、軽く膝立ちして両手をグーにして胸の前でポーズをとった。シャッター音が鳴ると、四つん這いに戻る。緩めのセーラー服の胸元から、ピンクのブラに包まれたふくらみが苦しそうに動いているのが見えた。 「えっと。お座り?」  ぺたんと座ってこっちを見上げるライムの口の端には、呼気が冷えて涎のように雫が付いている。 「よしよし。じゃあ、お手。」  その姿勢のまま、僕の手のひらにライムの手が乗った。温かくて、汗で湿っている。はぁはぁと息をしているのは、犬のモノマネなのだろうか。 「ありがと。可愛かったよ。」  頭を撫でて罰ゲームを終わりにした。  マスクを外した彼女は、恥ずかしそうに汗の粒が浮いた顔を隠していた。タオルと飲み物を渡して、キッチンに行く。彼女から着替えが終わったと声をかけられるまで、彼女がマスクを外した瞬間の映像が脳内で繰り返し流れていた。 「めっちゃ暑かったけど、けっこう楽しかったよ。視界も思ってたほど悪くなかったし。良かったらまた呼んでね。またライムちゃんになりたいし。」  エアコンの効いた部屋でそれなりに涼んだはずなのに、彼女の顔はまだ赤かった。玄関を開けると、日が暮れているのにまだ蝉がうるさく鳴いている。  部屋に戻ると、ライムの抜け殻がベッドの上に乗っていた。マスクの中はまだ熱気がこもっている。肌タイツを丸めて顔を埋めると、柔軟剤の香りに紛れて、少し酸っぱい臭いと彼女の甘い香水の匂いが僕を包み込むようだった。ライムの濡れた唇を裏側から指でなぞりながら、僕は眠りに落ちた。


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