SamuKata
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映画の話#1『天気の子』

天気の子を見たわけですが、評論的なことを書きにくいので考察を書きます。


天気の子では帆高が鳥居をくぐって天に登って陽菜を助けるシーンがあります。結構唐突で、何の説明も無しに陽菜は助かります。君の名は。では、口噛み酒を飲んで過去と未来や心が云々という部分です。SFですから、理屈が必要です。原理が奇跡を利用していたとしても、理屈を示さなければ視聴者は納得しません。その理屈が天気の子は結構省かれてるなと、このシーンを見て思いました。で、オタク知識的に何となく合点の行く理由が思いついたので書きます。 

  

天気の子では雨天を晴らすことを少女の能力にしていますが、そもそも空を晴らすお祈りってどういうものなのでしょう。

基本的に神社の仕事って雨乞いだと思うんです。日本は元々雨が降りやすいので、それ前提の農業です。そのため、干ばつというのは最も恐れられる災害の1つでした。だから、水を司る竜神を祀って雨を降らせて貰うわけです。

天気の子にインスピレーションを与えていると思われる掃晴娘というお話があります。この話に出てくる少女はただの人で、生け贄になります。同じように、陽菜は巫女なんかじゃなく、空に魅入られ人柱になった少女というほうが正しいです。つまり、空が晴れるのは陽菜の力ではなく、陽菜が人柱になった結果です。当人たちは陽菜が祈って空が晴れている風に見えますから陽菜の能力だと認識します。ただ、実際は神に選ばれた陽菜を人柱として晴れているだけで、そこに陽菜の意思は関係ありません。陽菜に与えられたものは、生け贄となって悪天を治めるか、拒否して悪天を続けるかの選択権だけです。

帆高が陽菜を助けるシーンに理屈が無いのも、陽菜が世界より自分の命を選択しただけなのだから、理屈も何も無いという話にできます。

考察終わり。以下雑感。

上記の考察は設定の域で、ドラマにおいて説明するべきかは微妙です。膨大な設定を細かく説明したって人は感動しませんから、説明するくらいなら削るべきです。ただ、天気の子は設定とか、シチュエーション、シーンの良さで見ていくタイプの映画です。そういう映画で設定を説明しないのは映画が薄まっちゃうかなとは思います。まぁ、これは1オタクの意見で、監督のほうが圧倒的に正しいのは言うまでもありませんが。


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