並び咲く純白のユリの花 #3 奇妙な贈り物
Added 2024-08-30 15:00:00 +0000 UTC3.奇妙な贈り物 梨花が自分の家に戻ってきたのは、日が落ちた後のことだった。 「ただいま」 返事はない。 家には今、誰もいないのだ。 いつもと同じだ。 梨花は、とんとんと階段をあがって自分の部屋に行き、制服から部屋着に着替えた。 鞄を床に置いて、ベッドに腰かける。 「ふぅ」 ため息をつく。 梨花はベッドに横になり、しばらくの間天井を見つめていた。 (今日は、なんだか疲れたな……) このまま眠ってしまいたい、という欲求が湧き上がってくる。 だがそういうわけにもいかない。 部屋着に着替えてすらいないのだ。 それに少なくとも明日の予習まではやっておかないと。 梨花はベッドから立ち上がると床に置いた鞄に手を伸ばし、机の上に置いた。 鞄を開ける。 (あれ……?) 鞄の中に、紙袋が入っていた。 それは、梨花が入れたものではない。 紙袋を手に取ると、中にはちょうど500mlのペットボトルくらいの大きさのものが入っているようだ。 (なんだろう……) 袋の閉じたテープを剥がして、口を開ける。 包まれていたのは円筒形の瓶だった。 瓶をつかんで、袋から引き出す。 (え……何これ……) 透明な瓶の中身を見て、梨花は顔をしかめた。 瓶の中には、得体のしれない棒状の物体が入っていた。 丸みを帯びたその長さは15cmくらいだろうか。 プルンとした柔らかそうな表面は滑りを帯びているかのようで、うっ血した肌のような沈色した色合いと相まって、まるで蛭とかナメクジのような生き物のそれを思わせる。 実際、それは今にもウネウネと動きだすのではないかと感じられるほどだ。 棒の片側はやや折れ曲がっており、折れている辺りにはスカート状に薄いひだが広がっている。 そのひだの一方の面には、細かい繊毛がびっしりと生えていた。 実にグロテスクなシロモノだ。 (気持ち悪い……) いつの間にこんなものが入れられたのか。 だが教室を出る時には、こんなものは入っていなかった。 だとすると、犯人は自然絞られてくる。 そのとき。 ピロロロロロ…… スマホの着信音が鳴った。 スマホを取り出して画面を見ると、それは奏子からの着信だった。 「もしもし……」 「梨花ちゃん。お疲れ~。ね、もう家についたんでしょ」 奏子の明るい声が耳元に響く。 「……奏子、あんたでしょ。変なモノをあたしの鞄に入れたのは」 「あ、もう見てくれてたんだ。びっくりしたでしょ。梨花ちゃんを驚かせようと思って、こっそり入れちゃった」 あっさり奏子は梨花の鞄にこの怪しいシロモノを忍ばせたことを認めた。 ということは、この電話もタイミングを見計らってかけてきたのだろう。 「驚かそうと思ってじゃないでしょ……ねえ、これ何なの?てか、かなりグロくない?」 電話の向こうから奏子のほくそえむような笑い声が聞こえた。 「あ、もしかして興味シンシンって感じ?いやあ、嬉しいなぁ、そういう反応」 「奏子……」 梨花の答えは、ため息交じりになっている。 「あ、ごめん、でも何って言われても困るな……見た通りの、おチ☓チ☓ですよ、としか……」 「えっ!?何?」 梨花は、一瞬、言葉を失った。 聞き取れなかったと思ったのだろうか。 奏子は、もう一度同じ言葉を繰り返した。 (いや!繰り返さなくていいって……) 机の上に置いたそれに、ちらと視線を向ける。 確かにそれは男性器のようなものに見えなくもない。 ということは、つまりこれは自分で自分を慰めるための大人のおもちゃのようなものか。 梨花はすっかり呆れてしまった。 そんなものを断りもなく友人の鞄に入れるだろうか。 だが、電話越しにそんな梨花の様子に気がつく気配もなく奏子は話し続けた。 「ココだけの話し、今、私の周りですっごい流行ってるんだよ。それ。そいでね、梨花ちゃんにもゼヒ使ってもらいたいと思って」 流行っているというのは、どういうことなのか。 梨花の知らない奏子の周りの人々というのはいったいどれだけ爛れているのだろうか。 梨花は頭がくらくらしてきた。 「使うって、どんな風に使うの、コレ……」 梨花だって、どういう使い方をするのか見当もつかない、というわけではないのだが、一応素知らぬフリをする。 聞きたくもない話題であっても怒って話を打ち切ったり、用事があるとかいって電話を切る、というようなことをしないのは梨花の優柔不断な性格の一面だ。 「にししっ。どんな風にって。イヤだなあ梨花ちゃん、そんなん、形を見たら見当つくでしょ。いっひひひ」 「……いやらしい笑い方、すんなっ」 「だっていやらしい話しだし!とにかく頭真っ白になるしキモチいいんだから。騙されたと思っていっぺん試してみなよ!」 「いや、こんな……なんで私が、こんな……」 言いながら梨花は片手で瓶を取り上げ、もう一度その中のグロテスクな物体を眺めた。 こんなもので鬱屈を解消しろなんて、尋常な話ではない。 これはひょっとすると嫌がらせではないかをされているのではないか、とすら思えてくる。 もちろん、奏子がこういう手の込んだ嫌がらせをするような人物ではないことは良くわかっているのだが。 「……でも梨花ちゃんこのところずいぶん溜まってるっぽいじゃん。そりゃあずっと無理して優等生やってたら疲れちゃうよね。そういうの、たまにはお休みにしてはめ外さないと、ホントにつぶれちゃうよ」 奏子が電話口でそんな風に言葉を並べるのをぼんやりと聞きながら、梨花は自問した。 良くわかっている……それは本当だろうか。 私は奏子の何を知っているのだろう。 現に彼女の「周り」のことだって私は知らなかったし、そもそも奏子の家の様子があそこまで変貌していることだってハッキリとはわかっていなかった。 それに……それは本当に、梨花がわかっていたことだろうか。 このところ日々感じている違和感が、ここでも梨花にははっきりと感じられた。 それは奏子の言う通り、自分が無理して優等生を演じているからなのだろうか。 「……わたし……別に、無理してなんか……」 迷うように、梨花は答えた。 「……まぁいいから。騙されたと思って試してみてよ。ホントにすごいから!イヤなことでもなんでも全部吹っ飛んで、スッキリするからさ」 梨花とは対照的に、あっけらかんとした調子で奏子は続けた。 「スッキリするからって……なんか……危ないクスリじゃないんだから……」 知らずにストレスを溜めて気持ちがおかしくなっているのなら、確かに気分転換は必要だし、そういう場合には普段の自分が決してやらないようなことに手を出してみる、というのも筋は通っているように思える。 そういう風に思い始めた梨花であったが、とはいえ奏子の勧める方法も、その勧める様子にも、不安しか感じない。 「もぉ、そんなのとは違うんだって!私もずっと使ってるけど、全然っなんともないし」 「いや奏子、なんともないってあんた、今まさにテンションちょっとおかしくなってるんじゃないの……」 「え、そう?いつもと変わらんくない?……あ、ダメ!ダメだって、そんなあわてちゃ!……」 電話の向こうで何事か起きているのか、唐突に、奏子は誰か別の人物に対する言葉を発した。 「奏子??」 梨花の呼びかけに答えは返ってこない。 足音や何か物がぶつかる音、それに奏子以外にも何人かの話し声のような雑音も聞こえてくる。 なんだろうか、向こうはずいぶんドタバタした状況のようだ。 しばらくの間をおいて、奏子は電話口に戻ってきた。 「……あ、ごめん。えーと、何だっけ……そうだそうだ。せっかく梨花ちゃんのためにトクベツに用意したんだから、そのまま突っ返すようなことだけはしないでよ。そいで明日また感想教えて!」 戻ってきたかと思えば、慌てたような調子で、一方的に言い立てる。 電話の向こうでは、誰か女性だろうか?が、奏子を急かすように呼ぶ声が響いた。 「ごめんね、梨花ちゃん。ちょっと私、今、立て込んでるから切るね!……じゃ!また明日……あ、嘉手納ちゃん!そっち、そっち行ったよ!はやく、追いかけて!……」 焦って誰かに呼びかけている途中で、電話はプツリと切れた。 「あ……」 梨花は、最後の方はまくしたてるようになっていた奏子の言葉を半ば唖然としながら聞いているだけとなってしまっていた。 ホッと息をついて、考えてみる。 最後に呼んだ名前からすると、奏子が呼びかけていた相手は保健の教員だろうか。 何でこんな時間に奏子がそんな相手と一緒にいるのだろうか。 いったい何事なのか。 あまりにも怪しすぎる。 梨花は机の上の瓶に視線を戻した。 瓶を手に取り顔の近くに持ってきて、そのグロテスクな中身を眺める。 「……こんなの……試してみるわけ、ないでしょうに……」 眉を潜めてそう言うと、梨花は瓶を机の上に置いた。 心なしかその頬はほんの少しだけ赤らんで見えた。 (つづく)