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並び咲く純白のユリの花 #1 ふたつの違和感

 何もわからなかった。  わたしはどこかに横たわっていた。  とてもよく知っている場所のはずなのに、どこなのか思い出せない。  周りを何人もの人たちが囲んでいる。  わたしの家族。お医者さん。看護師さん。  みんな知っている人たちなのに、誰なのか、わからない。 「……さん、聞こえますか?」 「はい」  呼びかけに答えたのだけれど、きちんと答えられているのか、判然としなかった。 「お名前は言えますか?」 「わかりません」  どうしてそんなこと聞くのだろう。  もちろん知っていることなのに、どうしてなのか言葉にならない。  いや、本当に知って、いるのだろうか。 「ここがどこだか、わかりますか」 「わかりません」 「あなたの年は、いくつなのですか?」 「わかりません」  お医者さんの声の調子は変わらないのに、なんだか自分のことを責めているように感じられる。  少しずつ不安が増していく。 「あなたの誕生日はいつですか?」 「わかりません」  答えを発しているようで、それは発されていない。  何がなんだかわからなかった。  不安は恐怖に変わり、わたしはこの場から逃げ出したい、と思った。  すると問いかける声は遠ざかっていき、それとともにだんだん周りが暗くなっていく。  思うように動かない体で必死にもがきながらわたしは叫んだ。 「助けて!誰か、助けて!」  だが、その声は誰にも届かない。  届くはずがない。  そう叫ぼうと思ったのか、わたし自身にすらわからないのだから。  周りはいまや完全に灰色に閉ざされ、問いかける声もくぐもるように、消えていった。  あらゆるものが消えていくとともに、わたし自身の意識も薄らいでいく。  本当だろうか。  最初からわたしの意識など、存在したのだろうか。 1.ふたつの違和感 「梨花(りか)、起きなさい」  体を揺すられ、私は目を覚ました。 「……お母さん?」  私が目を開けたのを見て、母はほっとしたように微笑んだ。  それから少し心配そうな表情に変わり、私に尋ねる。 「大丈夫?うなされていたわよ」  確かになんだか、おかしな夢を見ていたような、気がする。 「……うん、大丈夫……」  そう答えたが母の表情は変わらない。  心配そうな表情は変わらずに、私の顔を覗いていた。 「本当に大丈夫なの?ちゃんと眠れた?」 「……ちょっと疲れてるだけだと思うから……平気だよ」  私は寝起きの低いテンションで答えた。  疲れているのは確かだ。  昨日も生徒会の活動報告を作成するのに遅くまで残っていたのだ。  期末テストも近いから、勉強のほうも気が抜けない。  最低でも今までの水準はキープしないと。  ただ決してそれは、辛いことではない。  もっかの私の悩みはそういうこととはおそらく違うものだ。   「そう……でも無理しないでね」  母の口調は、私の答えに納得していないように思えた。  無理もない。  私自身、自分が以前とは、何かが違っているように感じている。  それが何なのかわからないが、何かがおかしい気がするのだ。  無理に言葉にするのならば、まるで自分が自分を演じているかのような、そんな違和感をこのところ私は覚えていた。  心配そうな母親を後目に私はのそのそとベッドから起き上がった。  顔を洗い、朝食を食べて、身支度をする。  家を出る前に鏡の前で身だしなみを確認する。  ずっと伸ばしていた髪の毛を最近短くしたから、時間がかからなくなったのは良い。 「んー……」  もちろん、特に変わったところはない。  切りそろえた髪、割と自慢にしている色白の肌。  あたりまえだが、いつも通りの自分である。  しいて言えば、以前よりは少しやせたような気がするくらいだ。  それも、母が私のことを心配する理由だ。  ほんのしばらく顔を見ない間にあたしが急にやせたと言い出してから、いつも家を空けていた母は、このところ仕事をずいぶんセーブしているようだ。  親が心配してくれるというのはありがたい。  少し前までは口うるさいはずの母親がいるということを、私は少し窮屈に感じていたように思う。 「……お母さん、学校行ってくるね」 「いってらっしゃい。気をつけて行くのよ」  私は母に見送られて家を出た。  通学路を歩いていると、私は後ろから声をかけられた。  振り返るとそこには同級生の橋本奏子(はしもとかなこ)がいた。  少し離れたところから、奏子は笑顔で手を振っている。  私も手を振り返した。  嬉しそうにぴょこんと跳ね上がってから、奏子はこちらに向かって駆け寄ってくると私の隣に並んだ。 「おはよっ!」  そう言って、彼女はショートボブの頭を少し揺らしてにっこりと微笑んだ。  屈託のない、元気な笑顔だ。 「朝練、どうしたの?」  バスケ部に所属している奏子は、いつもはもう少し早い時間に通学しているはずだから、こうやって出会うのは珍しい。 「へへっ、今日はお休み!」  明るく答える奏子の様子に、私の気分もほんの少しだけ上向く。  私と奏子は並んで道を歩きながら、しばしの間、とりとめのない雑談に興じた。  やがて校門が間近に差し掛かるころ。 「……ねえ、梨花ちゃん」  私は奏子に視線を向けた。  すると奏子は少し改まったような表情で、私の方を見つめていた。  大きな目でじっとこちらを見つめている。  右目の下に泣きぼくろがある。 「どうかしたの?」 「えっと、あのね。最近何か変わったこととかあった?」  一瞬、私は言葉に詰まった。  奏子も私の様子に違和感を感じているのだろうか。 「……ううん、別に何も変わってないと思うよ」  少しの間をおいて私はそう答えた。  せっかく私のことを心配してくれるのに、想いを打ち明けないというのは不誠実であるかもしれない。  だが、自分でも判然としないことなのだから、そう答えるしかない。  奏子は安心したように微笑んでみせた。 「そっか、んー、まぁそれならいいけど」  そう言って奏子は、私から視線をはずして正面を向いた。  だがその表情にはどこか陰りがあるようにも見え、何か言いたげな様子も感じられた。  なんだかばつが悪い。   「……でも何かあったらすぐに私に言ってね?」  奏子はそれだけ言って、口をつぐんだ。  それから学校につくまでの間、奏子がその話題に触れることは無かった。 (つづく)


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