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シニンノカゲ:2章part4(F/F)

4. 旧校舎の赤電話 (F/F) 羅那は、闇に聳えるその怪奇な建物を見上げていた。 旧校舎と呼ばれるには外も中身も綺麗で、こうして眺めている分には怪異な気配は一切感じない。 ただひとたび蓋が開けば──邪悪が湧き出る怪奇なる建物。 ここへまた来ることになるとは思ってもいなかった──と言えば、嘘になる。 羅那はむしろ、落ち着いていた。 自分は、自分たちはここへ来るべきだったのかも知れない。そう思う。 愛維はまた難なく旧校舎の鍵を調達して来た。決して褒められた行為ではないが、簡単に人を虜に出来るのはある意味才能だと思う。 乃恵の提案通り、見張り役と探索役とで別れることになった。 見張り: 澪、歌巴、叶夢 探索: 羅那、愛維、乃恵 最も怪異に耐性のない歌巴とその見守り役として仲の良い澪に見守り役に回ってもらった。 比較的冷静に物事に対処できる叶夢が澪と歌巴をカバーする形だ。 愛維は探索役に立候補した。 そして赤電話の場所を知っている乃恵も探索役に回った。 旧校舎に入る前、羅那はそれぞれに御守りを渡しておいた。 退魔の力をもつ破片ほどの効果は期待出来ないが、無いよりは遥かにマシだ。 昇降口に入った時、羅那はそこに"誰かの死体"が転がっていないのを見て安堵した。 やはりあの昇降口は、ここでは無いのだ。 旧校舎内の空気は濁りがなく、澄んでいる。とても怪異がいるような気配はない。 しかし、闇は濃い。 この前も、そうだった。 「じゃあ…赤電話…探す?」 愛維の高い声が闇に響く。 「その前に…この校舎のことが分かるものが欲しいな。見取り図とか…色々」 羅那は言って、スマートフォンのライトをぽっと照らした。 「それが呪いを解くのに関係あるの?」 背の高いシルエットが羅那の隣で動く。乃恵だ。 「私たちが呪われてると仮定して…その呪われた原因をまず突き止めないといけないからね。この校舎のことをもっと知らなきゃ。呪われた原因が、あの…くね子さんなのか、昇降口で首を斬る…"幻"みたいなのを見せた何かなのか…それともまた別の存在か…分からないけど」 ──"幻"か。 自分で言っておいて、羅那はその幻という言葉選びに違和感を覚える。 「なるほどね…。あのくねくねのオバケに襲われたのは羅那だけだったよね?」 愛維の大きな瞳が羅那を見た。 「くね子の近くまでいったのは私も。それと叶夢もね」 乃恵が付け足した。 「じゃあ…くね子さんが呪われたキッカケじゃないのかも」 羅那は小さな声で言った。 「そもそもさ、その…首を斬った光景を見せたのもオバケなんだよね?それはくね子じゃないの?」 愛維が首を捻る。大きな瞳には、白いライトの光が反射している。 「どうだろう…確かにあの時、私たちは皆…くね子に追われていたと思うけど…」 羅那は、忌まわしきあのくね子の姿を思い出す。 不自然に伸びた首や手脚…あのくねくねした手脚からは、生きた人間の首を一瞬にして刎ねる様子が想像出来ない。 あの時、刎ねられた首はそう──例えば刀とかでひゅんとひと息に切断したようなそんな感じだった。 羅那がそう言うと、愛維と乃恵も確かにそうだと頷いた。 「じゃあ、くね子と…首斬りの幻を見せたやつは、それぞれ別の可能性があるってこと…か」 愛維は言って、ぶるっと身震いをした。 無理もない。羅那の推測が正しければ、この旧校舎にはくね子以外の何者かが潜んでいるということになるのだから。 "幻"を見せた何かが。 幻。 本当にあれは、幻か。 きっとそうだろう。本当に首を斬られているなら羅那以外の誰かが死んでいるはずだ。 でも、部屋に現れた首無しの怪異の姿は──。 そこまで考えて羅那は頭を振った。 今ここでそれを考えている場合ではない。 羅那はライトで前方を照らしながら昇降口から真っ直ぐに続く廊下を歩く。 愛維と乃恵は、羅那を挟むようにして歩いている。 「私たちが呪われたのは…"首を斬る幻を見せたやつ"のせいなのかな」 乃恵が呟いた。 「どうなんだろうね…」 羅那は自分でも頼りのないと思う返事をした。 電話が掛かってきた=呪われている、とするならば、呪いの対象は羅那たち六人"全員"なのだ。 六人全員が遭遇した怪異というのは、くね子でもあり首斬りの怪異でもある。 つまり現状、どちらが原因か分からない。 旧校舎に立ち入ったことそれ自体が呪いのトリガーとなったのかも知れない。 だから、知らないといけない。 この旧校舎のことを。 ここが呪われているのなら、その理由を解明しなければならない。 「じゃあ赤電話は最後?」 愛維は綺麗に整えられた眉を上げた。 「その方が良いと思う。あの変な電話が本当に赤電話から掛かってるなら、それは赤電話の場所が"怪異の居場所"ってことになるかもだから」 「なるほどね。いきなりボスのとこには行かないってこと」 乃恵が大きく頷きながら言った。 「校舎の地図って職員室とかにあったりして」 愛維が人差し指を立てる。 「そうだね。まずは職員室いこう」 職員室は確か、二階にあったはずだ。 三つあるうちのどの棟にあったかは覚えていないが。 階段を上がる際、羅那は念の為、下へ続く階段が無いか確認してみた。 だが、やはり、無い。 当たり前だ。ここは、一階なのだから。 本来はここより下の階などないはずなのだ。 階段を上がってすぐの左奥に職員室があった。 「なんだ。意外と近いんじゃん」 愛維がホッとしたようにはっと息を漏らした。愛維はこの状況にも、少し慣れてきているようだった。 戸を開ける。 普段はノックして、礼儀正しく入室しないといけない職員室の戸を勝手に開けて入るのはなんだかモヤモヤした。 「意外と机とか全部残ってるものなんだ」 職員室に入るなり、乃恵が呟いた。 確かに、暗い職員室は羅那たちが普段過ごす校舎とほとんど変わらないくらい設備が整っている。 教職員用のデスクやら棚やらがきっちりと揃っていた。 これは── 「──ちょっと変。かも」 羅那は眉をひそめた。 「なんで?」 部屋の奥へ進もうとしていた愛維が足を止めた。 「姫咲学園って今私たちの使ってる新校舎に移ってからもしばらくは学校として運営されていたんだよね。だったら…旧校舎にある机とかそういう設備ってそのまま新校舎に持っていく方が経済的に安く済むと思わない?」 羅那が言うと、愛維は頷いたが乃恵は厚ぼったい唇を噛んで険しい顔をした。 「古いから持っていかなかったとかってこと…ない?」 乃恵が言うと、羅那は職員室の机をライトで照らした。 みたところ、古いようには見えない。 というか──。 机には教職員が使っていたのであろうノートやファイルなどの資料が大量に残されていた。 それも、全ての机に、棚に。 この職員室には、家具のみならず資料や他の備品も、そのまま残されている。 「言われてみれば、なんか…変かも」 愛維はゆっくりと後退りをして羅那の後ろに隠れた。 「うん…これってなんか夜逃げみたいだよね。全部、仕方なく…置いていった感じ」 羅那はごくりと唾を飲み、職員室をぐるりと照らした。 「そんなこと…ある?新校舎はすぐ目の前なんだから置いていくことないでしょ…普通」 羅那の照らす灯りを目で追いながら、乃恵は眉間に皺を寄せる。 「この校舎からは何も持ち出してはいけない理由があったとか…」 「怖いよ羅那…」 背後から、愛維が羅那の肩に触れた。 「ねぇ。あれ」 乃恵が奥を指差した。 羅那はすぐに乃恵の指差した方向をライトで照らし直す。 職員室の奥。深緑色の掲示板に、地図のようなものが貼り付けてあった。 近づいてみるとそれは、この姫咲学園校舎の"避難経路図"であった。 「やるね。乃恵。流石」 愛維がさっぱりとした口調で言った。 「羅那が照らしてくれてたから」 乃恵は羅那を見てふふと笑う。 羅那はどう反応して良いか分からなくて、そうかな、と言ってすぐに避難経路図に目を向けた。 旧校舎は真上から見るとアルファベットのEの字型をしていた。 羅那たちのいる真ん中の棟には職員室や保健室、生物学室、生物学準備室などの特別教室があり、生徒たちが普段生活する教室は割り当てられていない。 三つの棟はそれぞれ、棟の奥にある渡り廊下で繋がっていた。 生徒たちの教室があるのは他二つの棟だ。 「ねぇ…これ間違ってない?」 愛維がとんとんと指で地図を叩いた。 「だってさ、この前来た時…あの…くねくねオバケは今いる真ん中の棟の三階の教室にいたよね。あれって…多分、クラスに割り当てられた教室だったと思うんだけど…」 「確かにあの教室…三年の教室だったよ。プレートみたいなのにそう書いてあった」 乃恵が付け足した。 「ってことは…やっぱり…この校舎自体も変なのかも」 羅那は顎を触ってぼそりと言った。 愛維の言う通り、羅那たちがこの前、くね子と遭遇したのはこの真ん中の棟の最上階の教室だった。 そこは、確かに学生たちが普段過ごす教室らしかった。 だが、この避難経路図の通りならばそれはおかしい。 この真ん中の棟に、学生たちが普段生活する教室は一つもないのだから。 「あの時…ほんとめちゃくちゃにパニックになってたから…記憶違いかもだけど」 愛維が珍しく自信無さげに言う。 「いや。愛維ちゃんの記憶は合ってると思うよ」 あの時、愛維の言うように死に物狂いで逃げていてはっきりとは覚えていないが、とにかく階段をひたすら下っていたのは確かだ。 渡り廊下を走り抜けた記憶はない。 つまりあの時、羅那たちはやはり真ん中の棟の最上階の教室でくね子なる怪異と遭遇し、ひたすら怪談を下り、昇降口に辿り着いたのだ。 昇降口は真ん中の棟の一つのみだから、これはきっと、間違いない。 だったら羅那たちはあの時、どの棟のどの教室でくね子と遭遇したのか。 一体、この校舎に何が起きているのか。 湧き出る謎。 だが今それを考えても仕方がない。 これはじっくり考えねばならない。 羅那はスマートフォンで避難経路図を撮影した。 「そろそろ…赤電話を探そっか」 羅那は廊下の方を照らす。 もっと調査をしたいが、こういう場所に長居は危険だ。羅那たちは退魔のプロではないのだから。 羅那たちは職員室を出た。 「もし、この建物の構造がめちゃくちゃになってるなら…私の記憶も頼りに──」 廊下に出てすぐ、乃恵がそう言いかけた時だった。 「あ…」 乃恵が立ち止まる。 羅那と愛維も止まった。 「あれだ」 乃恵は乾いた声で言って、ゆっくりとそれを指差した。 羅那は乃恵の指す方向をゆっくりとライトで照らす。 廊下の突き当たりにある職員室を出てすぐ右側の部屋──その前に一台の勉強机が置かれている。椅子はない。 その上に、電話がある。 白いライトに照らし出された赤い電話は── 羅那が想像していたものとは違った。 赤い。 と言うよりは── 見慣れた公衆電話の青色に真っ赤が、べっとりとこびりついている。 汚れ。 そうこれは、塗装ではなく──汚れだ。 腰のあたりから力がひゅるりと抜けそうになる。 スマートフォンを構えている手にじっとりと汗が滲み、スマートフォンが滑り落ちてしまいそうになる。 唾を飲んでも飲んでも、喉が潤わない。 これが。 ここから。 何者かは羅那たちに電話を───。 「愛維は…?」 乃恵の声で羅那は我に帰った。 「あれっ…」 振り向くと、愛維がいない。 職員室に入ってからは羅那にくっつくようにして歩いていた愛維の姿が、ない。 「愛維!」 乃恵のよく通る声が響く。 「愛維ちゃん!」 羅那の声が、乃恵の声に重なる。 羅那も空手をやっていたから、こういう時に張り上げる声はかなり通る。 だが、返事はない。 物音さえしない。 厭な静寂。 それを、甲高い音が切り裂いた。 電話だ。 赤い電話が鳴った。 羅那の心臓が全身を揺らすほど強く、鼓動する。 セーターにブレザーまで着ているのに、寒い。 羅那と乃恵は固まったまま、横目で視線を合わせた。 愛維が消えた。 羅那と乃恵が愛維を呼んだ。 直後に、電話が鳴った。 羅那たちの呼びかけに答えるように。 ──死者からの呼び出しか。 ならば、無視するわけにはいかない。 消えた愛維とも関係があるかも知れない。 羅那は、汗ばんだ手で恐る恐る受話器を取る。 はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。 受話器越しにも感じる冷たい息が羅那の耳を擽る。 同じだ。 昼間と。 はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。 「助けてっ!羅那ぁっ!」 突然、甲高い声が受話器の向こうから飛んできた。 羅那の心臓がきゅっと痛む。 羅那はその声の主を知っていた。 「愛維ちゃんっ!?」 受話器を握る手に、じあっと汗が滲む。 羅那の脳裏に、ビジョンが流れ込んでくる。 どこかも分からない空間。 そこに、愛維が仰向けに倒れている。 その四肢には真っ黒く細長いものが巻き付いて愛維の四肢を大の字に引き延ばして締め付けていた。 愛維とは別に、女がいる。 そいつは、愛維を見下ろしている。 真っ黒いボブカットの長身女。そいつの瞳は血のように赤い。 「羅那…!どうしたの?大丈夫?」 乃恵が羅那の背中をさする。 「愛維ちゃんが…大変…捕まってる…!」 羅那は声を震わせた。 「何か視えてるの?」 乃恵の問いかけに対して羅那は素早くこくこくと頷いた。 「場所は分かる?」 「分からない…」 手掛かりがない。 強烈なビジョンがまた濃厚になっていく。 ──"あの女"は…、どこにいるのかな。 女は真っ赤な唇を動かし、囁いた。 「はっ!?なにっ!?なんなのっ!?」 愛維は目をギョッと剥いたまま、焦りの滲んだ声を漏らす。 ──答えないと…。 女の長い腕がすうと持ち上がり、その艶やかな灰色の長い爪が、愛維の膝の上に降り立つ。 愛維の顔に緊張が走り、愛維は僅かに脚を引いた。 だが、膝の上には爪が添えられたままだ。 女は、細長い指をこちょこちょこちょこちょと動かした。 「ひぃっ!?ちょっ!?なにっ…!?」 愛維は嫌悪感を顔面に滲ませ、口角を吊り上げた。 女が不敵に笑う。 ──あなたもこちょこちょは嫌い?そう…こちょこちょはみんな嫌い。 だからやる。あなたの嫌がること…あの女のことを話す気になるまで。 女の指が、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょと蠢き、灰色の爪の先が膝を弄ぶ。 「ひぃぁっ!?し、知らないっ!知らないってぇっ!いひひひっ!?ちょっ!?こちょこちょっこちょこちょ無理っ!ほんっとにぃっ!」 愛維は喚きながら膝を曲げたり伸ばしたりするが、女の艶やかな爪の先っちょからは逃げられない。 ──話せば許してあげる。だけど話さないなら… 女は長い指をふわりと開くように伸ばし、爪の先で膝をゾワリとくすぐる。 「ひっ!?ひひっ!?それっ!?それっやだっ!それ嫌だってっ!きついっ!!それ無理なやつだってぇぇぇっ!」 五本の指の先っちょを"集合"させ、すぐに"解散"させるこちょこちょ遊び。 そんな、単なる遊びに学年一の権力を持つ愛維が、なすすべなく悶えている。 細長い指が折れ曲がり、"集合"するたび愛維の顔は引き攣り、指が伸びて"解散"すれば笑顔に崩れる。 「うへへへへっ!!?ひひひっ!!?き、きっっ気持ち悪ぃぃっ!!いひひひひひ!!?羅那ぁっ!乃恵っ!助けてぇぇっ!」 ゾワゾワするくすぐったさに繰り返し襲われている愛維の皮膚に、きめの細かい鳥肌が立っている。 助けを求める愛維の悲痛な声が羅那の胸をさらに痛める。 どうすれば良い? 愛維は、どこにいる? 「どこにいるの…!愛維ちゃん!」 羅那は受話器に向かって叫ぶが、返事はない。 聞こえてくるのは、愛維の震えた悶え声のみだ。 「ひひひひひっ!!?っっへへへへへへっ!?やだっ!!あはははははははははははははははははははははははは!?ぎひひひひひひっ!?」 ぞわり。ぞわり。ぞわぁ。ぞわぁっ。 丸く尖った長い爪が、膝を繰り返し繰り返し弄ぶ。 ──よぉく思い出して。あの女のことを…それを私に教えて。 女は、膝をくすぐりながら湿った声で囁いた。 「だからぁっ!!誰っっのことっ!?っっひひひひははははははははははははははははは!!ゃぁーっははははははははははははははははは!!?」 ──名前なんて知らない。あの女…あの女…。 女の語気が強まる。 女は、愛維の短いスカートから覗いた太ももにその指を忍ばせた。 「ひぃっ!?」 愛維の顔が青ざめ、硬直する。 愛維の白くてむっちりとした太ももを、女の陶器のようにスベスベとした指がつるつると撫でた。 「うあっ!?あひひひひっ!!?ちょっと!?いひひひひひひはははははははははははははは!!?ひひひひっ!!?」 愛維が咄嗟に股を閉じる。 女の細くて長い指と爪は、もちもちとした太ももの表皮にぴったり吸い付き、するするスリスリと嫌らしい撫で方でこそばゆさを刷り込んでいる。 「ひひひひひっ!!?なんでっ!!こんなっっ!?っっひひひひ!!なんにもっっ知らないってばぁぁっ!!っひひひひひ!!」 愛維が声を荒らげた。 女への恐怖よりも、ねちねちと送り込まれてくるくすぐったさそのものへの怒りが勝っている。 ──知らないなんて言わせないよ。 女のくすぐったい手が、内腿に滑り込み、爪でこしょこしょこしょこしょこしょこしょとくすぐり回した。 「ふぎぃぃぃぃっ!!?あはははは!?あははははははははははははははっ!!!ちょっと!?待って!?っっひひひはははははははははははははははははははは!!!」 愛維がいくら脚をばたつかせても、巻き付いた真っ黒い触手のようなものがぎちぎちと音を立てて脚の自由を許さない。 冷や汗の浮く太ももの表面に、艶かしい灰色の爪が這い回る。 コショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショ…!! 「ほえへへへへへへへへっ!!?ひひひひひひはははははは!!やめっっ!?もうっっいいってぇぇっ!!っっへへへへへへへへ!!?ひぃぃひひひひひひはははははははははははははは!!!」 咳払いだけで"格下"の生徒を払い退ける愛維のその整った顔が、太ももをつるつるコショコショくすぐられただけで、容易くくしゃくしゃに崩れていく。 愛維は何度も何度も、鼻水を啜っている。 コショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショコショ…!! 細くて長ぁい白い指は、蜘蛛のように太ももを這い回り、爪の先で神経という獲物をこちょこちょと刺激し、貪る。 苦しみを凝縮したこちょぐったさをじっくり刻み込むようにして。 「はへへへへへっ!!?うへへへへへへっ!!?ほんとっっ!!なにもっっ!!知らないんだってぇぇ!!っっへへへへ!!誰かっっ!!助けてぇぇぇっ!!」 ジワジワと心身を締め付ける太ももへのこちょこちょにより、愛維の顔の筋肉は弛み、開いた口からはたらたらと唾液が垂れ始める。 羅那の脳裏に流し込まれているビジョン。そこに映る愛維の顔がどんどん青くなっていく。 愛維は、既に笑い過ぎている。 そもそもが強い生力を持っているわけでもない愛維にとっては、この恐らくは"前戯"程度のこしょこしょでも致命的なのだ。 このまま笑わされ続けたら、さらにエスカレートしたら…愛維は無事では済まないだろう。 「愛維ちゃん!御守りを使って!」 羅那は受話器の向こうの愛維に向かって声を張り上げた。 その時。 突然、湿った風が受話器の向こうから流れてきた。 ──ねぇねぇ…。 女の声だ。 女の声が、受話器の向こうからはっきりと聞こえてきた。 ──あの女の居場所…教えて。 答えようのない質問がついに、羅那に向けられた。 羅那は息を飲む。 恐らくこの女は、人ではない。 人ならざる者との対話は、慎重に行わねばならない。 決して、怪異を刺激することのないよう──。 「貴女は、誰を探しているの」 羅那は息を殺しながらそう聞いた。 ──分からない。 「分からないなら…答えられない。教えて。貴女は…誰」 怪異の生前の記憶を呼び起こすことは、退魔において有効な手段だ。 だが──。 ──私は…。 女の声が、揺れた。 ──私は、誰でもない。 ただ、あの女を探している。見つけ出して…殺してやる。 女の息遣いが荒くなる。 羅那の心臓がばくばくと飛び出しそうなほど強く鼓動し始める。 ──だから教えて。あの女の居場所。 「だ、だから私たちは…」 怪異が望むような、まともな返事ができない。 ──そうだったら…。 また、羅那の頭にビジョンが流れ込んでくる。 無数の黒い触手のようなもので埋め尽くされた空間。 そこに立ち尽くす黒髪ボブカットの赤目の女。 その女の真っ赤な視線が、愛維に向く。 愛維は──。 自身に絡みついていた黒い触手のようなものから逃げようとしていた。 羅那が女を刺激したことで、あの黒い触手に弛みが生じたようだった。 ──どこに行こうとしてるのかな。 女は愛維を見て指をクネクネこちょこちょと蠢かせた。 愛維はびくりと肩を震わせる。 「逃げようとする悪い子には…お仕置きしないといけないね」 「も、もう嫌だって…!!」 愛維は目を大きく剥いて顎を震わせた。 施してあるメイクがほとんど、崩れている。 「だめ」 女が人差し指をぴんと突き立てる。 黒い触手が、ウネウネと生命ある生命体の如くうねる。 「な、なんなのっ!?なんなのこれっ…!?」 黒い触手が、怯える愛維の足首に巻きつき、腰に巻きつき、四肢に巻きつき──その小柄な身体を吊り上げた。 愛維は、天井から操り人形の如くぶらりとぶら下げられるようにして拘束された。 「うわぁぁぁっ!」 愛維が甲高い悲鳴を上げる。 「逃げようとする足には…お仕置きしなきゃ」 女は、愛維の赤茶色のローファーを脱がし、ソックスを引っ張って放り捨てた。 「待って待って…!?まさかっ…嘘でしょ!?」 愛維がジタバタともがく。 その顔色はさらに青くなっていた。 嫌なのだろう。怖いのだろう。足の裏を…お仕置きされるのが。 「反省しなよ」 女は人差し指を折り曲げ、爪の先でこちょりっと土踏まずを引っ掻く。 「ひぃあ"っ!!?」 愛維の裏返った悲鳴が響く。 「ち、違う違うっ!!違うのっ!逃げようとしたわけじゃっ」 ──嘘つき。 女は、その異様に長い舌でべろりっと足の裏を舐め上げた。 「はぁぁぁっ!!?」 愛維の顔がまるで、足の裏に気持ちの悪い蟲が這い回っているかのようなそんな嫌悪感たっぷりの表情に歪んだ。 舐め上げられた足の裏は、油でも塗られたようにヌルヌルに仕上がっている。 こちょりっ! また、爪の先が足裏の皺を消すように皮膚を引っ掻いた。 「ぐぁっ!!?ちょっ!?」 愛維の足指がくねくねと苦しげに動く。 こちょこちょっ! 「ひぎぃぃっ!!?待って!!ねぇっ!!」 今度は複数の指と、爪の先がしっかりとこちょこちょと足裏を引っ掻いた。 「はぁはぁっ!!なんでもするっ!!するからっ!!ねぇっ!!お願いっ…そこをこちょこちょするのは──」 愛維の怯え切った声が弱々しい言葉を発話した時、女の赤い目がぼうっと光った。 ──ごめんなさいって。言ってごらん。 女が冷たい声で囁いた直後──。 ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!!っと灰色の艶やかな爪の先が土踏まずのあたりを集中的にこそばした。 「あっっ!!?っっはは!?ははははははははははははは!!?あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?やめっ!?やめでっ!?こちょばぃっ!!!そこぉっ!!おっ!!?ははははははははーっ!!?」 愛維は激しくその小さな頭を振り回し、いつも乱れることなく整っているショートヘアの髪を振り乱す。 愛維の、ヌルヌルとしたどう見ても弱そうな足の裏に、どう見てもくすぐったそうな爪が突き立てられ掻きむしられているその様子を見ているだけで、羅那は足裏がむず痒くなる。 「ごめんなさいは?」 女は問いかけ、十本の指と爪の先で愛維の赤く変色した敏感な足の裏をゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョと掻きむしる。 「うへへへへへへへっ!!?へへへへへはははははははははははははははははははははは!!?いやっ!!なんでっ!?なんで謝らないとっっいけないのっ!?っっひひひはははははははは!!?」 プライドが邪魔をしているのか、それとも謝ればさらに酷い目に遭うことを予測しているのか── 吊るされた愛維は無様に四肢をバタつかせながらも必死になって叫んだ。 「ごめんなさい…は?」 女はきつい口調でもう一度そう言うと、両手の親指の爪で土踏まずにあるこちょぐったい神経をグリグリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリとほじくり、削るようにくすぐる。 「はぎゃぁぁぁぁああああああああああああああああああああああっ!!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃぃぃぃぃぃ"っ!!!いぁぁぁぁぁあああああああああああっ!!!」 愛維のプライドはあっけなくへし折られた。 大きな目から、大粒のどろどろとした涙が溢れ出し、筋が違えそうなほど、細い脚をぐねぐねと暴れさせている。 「いい子だね」 女がまるで生気のない色の唇をニヤリとさせる。 「じゃああの女のことも…教えて」 「だからっっ!!知らないっ!!そんなのっっ!!」 涙と鼻水と唾液とでぐちょぐちょになった愛維が悍ましい形相で女を見た。 女は、目を細めた。 「そんな答えは求めてない」 女は呟いた。細い声で。 「ねぇ。全部…吐き出す覚悟は良い?」 女の手が足の裏から離れ、その指先がゆっくりと──愛維のガラ空きの上半身に伸びる。 「全部。全部。全部。全部。全部。全部。全部。ぜーんぶ…」 「はぁはぁっ!!ちょっ!?ちょっと待ってまさかっ…」 愛維は鼻水を啜り上げ、唾を飲み、ガタガタと震え始めた。 女の指先と爪の先とが、ガッと愛維の脇腹のあたりに喰らいつく。 「くぁっ!?」 愛維の喉が鳴る。 ワシッと指の関節が折り曲げられ、艶々ツルツルの爪の先っちょが神経を捉えた。 「あっ!?ああっ!!?」 愛維の、パニックに陥ったような声が漏れた次の瞬間、女の細くて長いこちょこちょ指がゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショゴショ!!っと何かを泡立てるように脇腹をこしょぐり回した。 「はははっ!!?ははっ!!?ははははははははははははっ!?あっ!?だめっ!?あああああああああーっはははははははははははははははははははははは!!?」 愛維はくびれた腰をぐねぐね振り、馬鹿みたいにバタバタと手足を暴れさせる。 「悪い子には…」 女のくすぐったぁい指が、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょと歩くようにして上半身を這い上がっていく。 その先にあるのは、引かれたまま固定された腋の下だ。 「待っで待っで!!!そこはっ!!ワキはぁぁっ!!!」 愛維はひん剥いた目玉で、這い上がってくる恐ろしい指と爪をぎょろりと見つめながら叫ぶ。 だが、その叫びには何の力もない。 「…腋の下こちょこちょ地獄だよ」 女の指と爪が、腋の下にずるりと入り込み、ゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョゴチョ!!!っとワキを処し始めた。 「いやぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっ!!?あはははは!?あははははははははは!!?ひぃぁぁぁぁあああああああああああああ!!やめでやめでやめでぇぇぇっ!!!」 愛維は壊れたオモチャのように金切り声で絶叫する。 真っ赤になった首筋に太い血管がいくつも浮いている。 「話す気になったかな。こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ」 女は心地良さげにこちょこちょこちょこちょと歌いながら、滑らか過ぎる指遣いで愛維の腋の下をめたくそにくすぐり犯していく。 「ふえへへへへへへへへへへへへへへへっ!!?かはっ!!?あはっ!!?ふははははははははははははははははははははははははははは!!?けほっ!!?あはっ!!?ちょっ!?あはははははははは!!?だがらっっ!!なにっっもっっっひひははははははは!!」 愛維がもし、女の知りたい情報を知っていたならもうとっくに吐いているだろう。 だが愛維は何も知らない。 だから、この地獄から抜け出す方法がない。 「本当に…悪い子」 女がまた人差し指を立てた。 すると、空間を埋め尽くす黒い触手の先端から青白い光がばちばちと音を立てて放たれた。 青白い光が女を飲み込んだ。 一瞬、羅那の脳裏に映るビジョンが真っ白で埋め尽くされた。 光が消えた時、そこには奇妙なシルエットがあった。 女がいない。 だが。 ばちばちと音を立てている青白い光。それが、あの女の形をしていた。 「口を割らないなら "ビリビリ"で…とろとろにしてあげる」 青白い電光となった女が指先でばちんっと愛維の腋の下に触れる。 「ひぃあっ!!?」 疲弊し切った愛維の口端がぐいと不気味に吊り上がる。 「なんっっでっ!?くすぐった…ぃっ!?」 「ビリビリは…神経を直接ビリビリこちょこちょ…」 こちょこちょ電撃の塊となった指先が、ゆっくりと愛維の腋の下に迫る。 「はぁはぁっ!!やだっ!!やだやだっ!!やだってばっ!!」 愛維がぎゃあぎゃあと喚く。 ──助けてぇぇぇっ!!! 愛維の弱々しく悲痛な叫びが羅那の鼓膜を突いた次の瞬間──。 「ぎぃぁぁぁああああああああああああ"っ!!?あはは!?あはははははははははははははは!?かはっ!!けほっ!?かははははははははははははははははははは!!?」 指先からこちょこちょ電流が愛維に容赦なく流し込まれ、既に限界を迎えている愛維の筋肉を無理やり震わせ、笑わせる。 もう笑いたくないだろうに、愛維はそれでも口角を無理やり上げさせられ、腹筋を無理やり使わされ、肺を無理やり使われて笑わされる。 「あああああああああああああああああああ!!?死ぬっ!!死ぬっ!!!死ぬぅぅぅぅぅぅっっ!!?っははははははは!!?はははははははははははははは!!?」 明らかにこれまでとは違う…張り裂けるような高い高い悲鳴が受話器を震わせている。 「ぎぃぁぁぁぁああああああああはははははははははははははははははははははは!!かはっ!!?はっ!!?死んじゃうっっ!!やだっ!!?っっははははははははははははは!!?」 愛維は何度も咳き込み、腹筋が引き攣りそうなその苦しみさえも凌駕する腋の下の神経にくすぐりを直接注入されるこちょこちょビリビリ責めに笑顔で悶え苦しんでいる。 このままでは本当に死んでしまう。 何かが溶けたような焦げた臭いが受話器から漂ってくる。 愛維の悶絶に反応するように、ガタガタと赤電話が揺れている。 ──まさか。 羅那は受話器から耳を離し、赤く穢れた受話器を見た。 「分かった」 羅那が呟くと、乃恵が目を丸くして羅那を見る。 「ここにいるんだ…愛維ちゃん」 「えっ…」 羅那は赤い電話を持ち上げた。 重い。 目一杯高さをつけて、叩きつける。 がしゃんっと音を立てて赤い電話が硬い床に叩きつけられた。 受話器からビジョンが流れ込んでくるのも、受話器から女の声が生々しく聞こえてくるのも、愛維の叫びに電話が揺れるのも、電撃で焦げ臭さが漂ってくるのも── ──全てがこの赤い電話の中で起こっていることだからだ。 羅那は電話を踏ん付けた。 硬い。 ローファーが脱げそうになる。 「ダメっ…壊れない!」 羅那がもう一度、電話を持ち上げようとすると、再び──ビジョンが流れ込んで来た。 「余計なこと…しちゃダメだよ。お仕置きだ」 「ちょっ!?やめっ…!?」 「全部、吸い上げてあげる」 女は舌をべろべろとさせながら愛維の口に迫る。 「やだっ!?やだっ…!!やっ──」 嫌がる愛維の口に、舌が無理やりに捩じ込まれ、女の長い指と爪が愛維の腋の下を掻きむしる。 コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! 「にゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!?あはははは!?あははははははははははははは!!?んぼっ!?んぉぉぉっ!!?んおほほほほほほほっ!?」 体内から直接、生気を吸い上げられながら笑い悶えさせられる愛維。 その顔からみるみるうちに気力も体力も消えていく。 「やばいっ…!」 羅那は頭を抑え、へとりと崩れ落ちる。 愛維が嬲られるビジョンを見せられることで羅那の体力も奪われていた。 「任せて…」 乃恵が床に転がった赤電話を抱えるようにして持ち上げた。 乃恵はそのまま階段まで走り、力いっぱい電話を高く掲げ、叩きつける。 激しい音を立てて電話は階段を転がり落ちた。 赤く汚れた機械が踊り場の床に激しく打ち付けられ、砕け散った時──。 ───誰か、助けて。ここは───。 どこかで、か細い声が聞こえた。 羅那が階段の下を覗き込むと、踊り場に赤電話の死骸が散らばっていた。 かち割れた電話の中から、触手のようにも見える黒いコードがニョロニョロと伸びており、また、どろどろとした黒い煙が流れ出ていた。 「羅那!あれ!」 乃恵が声を上げ、踊り場を指差した。 赤電話から漏れ出ている真っ黒い煙の中に、胎児のようにうずくまっている愛維の姿があった。 ◯ 乃恵と協力して愛維を起こし、旧校舎から出た。 またしても何も分からなかったが、怪異に襲われた以上、調査を続行するわけにはいかない。 羅那と乃恵が愛維に肩を貸しながら昇降口へ向かうと、叶夢たちの姿があった。 大きな物音がしたから駆けつけたのだと言う。 ──誰かが私を呼ぶ声がして…誰か分かんない。けど、聞き覚えがあったからその声のする方へ向かったら…気づいたらあそこにいた。 旧校舎を出て、近くの林で休んだところでようやく愛維は落ち着きを取り戻し、自身が何故消えたのかを語った。 と言っても、詳しいことは何も分からなかった。 「ごめん…愛維ちゃん」 羅那は切り株に腰掛け、愛維に小さく頭を下げた。 「ううん。御守りありがと。これ無かったら…死んでたかも」 愛維は手のひらを広げてまだ握り締めたままだった御守りを見せると、顔をくしゃくしゃにして笑った。 薄闇でもよく見えるほど眩しい笑顔だったが、唇はまだ薄い紫色をしている。 怪異との遭遇に慣れていないだろうにあんな目に遭わされて怖かったことだろう。 それでもこんなふうに気丈に振る舞っているのは、自分のことを気遣ってくれているからだろうか。 愛維は、自分のことを信用してくれている。 それなのに自分は、愛維を危険な目に遭わせてしまった。 羅那は小さくため息をついた。 くね子と呼ばれた怪異といい、あの赤電話の怪異といい、まるで正体が分からない。 あの怪異がかつて生徒たちを集団失踪に追い込んだのか。 消えた戸山はどこにいるのか。 赤電話の女の言っていた"あの女"とは。 旧校舎には一体、何が潜んでいる? この校舎は一体──。 何もないところに怪異は生まれない。 それなのに何も分からない。 危険な目に遭ってるだけだ。 頭がどうにかなりそうだった。 「羅那ちゃん。大丈夫?」 叶夢が隣に座った。 「うん。私…駄目だな」 羅那はつい、思っていることを吐いてしまう。 「羅那ちゃんが一人で責任感じることないんじゃない」 叶夢が言うと、愛維が反応した。 「そうだよ。羅那がいないと私たち…みんなどうなってたことか!ねぇ?」 愛維が同意を求めるように周りを見ると、乃恵たちも頷いた。 「あの…さ」 歌巴が羅那の前に出た。眉が下がっている。 「羅那。ごめん。昨日…その…強くあたっちゃって」 歌巴は身体を折り曲げて深く頭を下げた。艶々とした黒い髪がふわりと垂れる。 「ううん。いいよ。私も…配慮が足りて無かった」 本当に、そう思っている。 だから羅那も、謝った。 「ありがとう羅那」 歌巴は泣きそうな顔で羅那に抱きついた。 抱き付かれるとは思っていなかった羅那は思わずわっと声を漏らした。 歌巴の柔らかな胸が羅那の胸の辺りにむにゅりと当たり、艶々の黒い髪から華やかな香りがする。 歌巴のものなのかどうか分からない鼓動がドクドクと聞こえる。 「はいはい。いちゃいちゃはその辺にしておいて」 愛維が、ぱんと手を叩いた。 「とりあえず今日はお開きってことで。でも、まだまだやることはありそうだね羅那」 「うん。そうだね」 思っていたよりもずっと、旧校舎の闇は深いのかも知れない。 かつて旧校舎で何があったのか。 全てを知れば、救われる者や魂も出てくるはずだ。 戸山も、消えた姫咲学園の生徒たちも。 羅那たちが旧校舎を背に歩き出した時。 羅那のスマートフォンが鳴った。 再び、空気が張り詰める。 厭な寒気が背筋を撫でる。 スマートフォンには、知らない番号が表示されていた。 全員の視線が、羅那のスマートフォンに注がれている。 赤電話は壊した。 あれで解決だとは思っていないが、電話を掛ける手段は無くなったはずだ。 出ない方が良いか。 いや。旧校舎に関しては問題が山積みだ。 自分たちの呪いのことも、過去に起きた事件のことも、そして戸山のことも。 ──電話に出ないと。 羅那は、恐る恐る電話に出た。 「あ、すみません。虎谷羅那さんの携帯で合ってます?」 電話の向こうから聞こえたのは、怪異のそれとは真逆の、はつらつとした声だった。 「遅くなってすみません。私、連絡貰ってた"鈴湖神社(りんごじんじゃ)"の"八田 水羽(はったみずは)"っていいますけど」 退魔師はそう名乗った。

Comments

reoさんありがとうございます! どうやら羅那はあの首無しの怪異に覚えがあるようですね…。 羅那たちと同じ制服らしいので姫崎学園の生徒の可能性は低そうです…! だとしたらもっと身近な存在なのかもですね! 退魔師も現れたので、謎まみれの状況も次回から少しずつ明らかになっていく予感がしますよ…! 悲劇の起きた金繭小学校というのは、仰るようにあの少年少女が通っていた学校になります。 羅那は犯人を知っているようですよね。 実際に面識があったのか…それとも別の場所で交流があったのか…。 その辺りも今後、明かされていくことになると思います。 よろしくお願いします。

Kara

羅那は首無しの怪異に見覚えがあるようですが、一体誰なのか皆目見当がつきません。 過去に失踪した姫崎学園の女子生徒の亡霊なのでしょうか。 赤電話の女の言っていた"あの女"が誰なのかや戸山はどこに消えたのかも含めて今はまだ謎だらけなので、次回以降少しでも謎が明らかになる事を期待します。 あと、金繭小事件が発生した小学校って 、ひょっとして『なつやすみとオバケ博士の呪い』の登場人物たちが通っていた学校なんでしょうか。 もしそうだとしたら、殺人事件の加害者と被害者の女子児童はあの話に登場した女子たちの誰かなんでしょうか。 羅那が加害者の女子児童の事を事件発生前から知っていたというのも気になりますし、金繭小事件は今回の事件に関係してそうな気がします。

reo


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