シニンノカゲ:4章part2
Added 2025-07-13 13:14:54 +0000 UTC2. 私は人を… ─2022年12月13日火曜日─ 「それじゃあ指定された場所に張り紙よろしくお願いします」 三年で生徒会長の"東院 京香(とういんきょうか)"が羅那にチラシの束を渡した。 チラシには、冬休みに行われる受験進学対策特別教室の案内が書かれている。 長ったらしくていかにも堅苦しそうな名前は、会長である京香の案だ。 特別教室の企画もそもそも京香が言い出したことである。 京香は文武両道のエリートだ。 生徒会長を務めながら、少し前までバレー部のキャプテンも務めていた。受験生であるが、既に名門大学への推薦も決まっていると聞いている。 外はねのショートカットがよく似合う凛とした美人だが、恋人はいない。恋愛にはとてつもなく疎いのだとよく本人が言っている。 それで、羅那は勝手に京香に親近感を覚えていた。 「じゃあ私はこれで失礼するね。ごめんね。押し付けちゃって…」 京香はそう言うが、特別教室の企画からチラシの印刷までやったのは京香である。 羅那はチラシのデザインを請け負ったくらいだ。 「あっ…」 生徒会室から出ようとした京香は何か思い出したかのように立ち止まった。 「ポストのチェック…忘れてた…もうしばらく見てない…」 京香は、生徒会室に設置されているポストを見て肩を落とした。 生徒会室のポスト──通称"ご意見箱"には廊下側の投函口から意見や要望、悩み事などを書いた紙を投函することが出来る。 と言っても、わざわざ悩み相談や要望の投稿をする生徒などほとんどいないのだが、一応、月に一度くらいはチェックするようにしている。 「私、ついでに見ておきます」 羅那はチラシの束を脇に挟んでポストを見た。 どうせ、一通も届いていないだろうから。 「ううん大丈夫。あんまり任せると悪いから。それに…どうせほとんど入ってないだろうし」 京香はポストのすぐ横に掛けてある鍵を取って、受け取り口を開けた。 ポストの中には、一枚の紙が入っていた。 「あら、珍しい…」 京香は眉を上げ、紙をめくる。 京香の、下も上もまつ毛の長い目尻の上がった目が丸く見開かれる。 「羅那ちゃん…これ…」 京香は不審そうに首を傾げたままその紙を羅那に見せた。 「どうかしたんですか?」 くだらないことでも書いてあったのだろうか。 羅那は目を細めた。 そして。そこに記された文字を見て、妙な寒気を覚えた。 "私は人を殺しました" 紙には、ボールペンか何かでただそれだけが書いてあった。 当然、記名はない。 「いたずら…だよね」 京香は不安げに羅那を見る。 普段は冷静で、頼れる上級生である京香がこんなふうな顔をするところ羅那は初めて見た。 「どう…なんでしょう」 そうですね。イタズラだと思います。 そう言い切れたらどれだけ良かったか。 イタズラの可能性だってある"こんな一文"にも、羅那の脳裏には"あの一瞬"が頭をよぎる。 誰かの首が刎ね飛ばさたあの一瞬。 あの夜、誰かが殺された。 あの夜のこととこの一文が関係があるとは流石に思えない。 羅那たちの中の誰かを殺したのはきっと、この世界の者ではないはずだ。 それこそ、生者の文字ではなく、死者の文字を使うような者──。 それに、この紙がいつ投函されたのかも定かではない。 ポストを開けるのはひと月ぶり以上なのだから。 「大丈夫?」 気づかぬうちにじっとポストを見つめたまま固まっていた羅那の視界に、京香が入り込んだ。 「こういうの…怪文書っていうのかな?羅那ちゃんはこういうのの専門家なんだろうけど…あんまり気にしないようにね。イタズラだろうから…」 京香はイタズラだと割り切ったようだ。 確かにそう考えるのが普通だ。 そうだ。 きっとそうなのだ。 「それにしても…どうしようね…これにも返事…書いた方が良いのかなぁ」 京香は悩ましげに紙を見る。 通常、投稿に対する返事は、生徒会室前の掲示板に貼り出すことになっている。 「適当に返事書いておきます。どうせ…イタズラですから」 そう言い切ったけれど、本当はそれはイタズラであって欲しいという願いだった。 京香が生徒会室を出ていくとすぐに羅那はペン立てから一本、ボールペンを抜いた。 こんなのはイタズラだ。 きっと。 そう願いながら──。 "それは本当ですか? 本当ならば、あなたは誰の人生を奪ったのですか?" 返信用の小さな用紙にそう書いた。 単なるイタズラへの返事なのに、手が震えて文字が歪んだ。 掲示板に貼り出すのに流石に"誰かを殺したの?"とは書けない。 そもそも掲示板など誰も見ないとは思うけれど。 そんなことを思いながら羅那は返事を書いた用紙を外の掲示板に貼り付けた。 返事なんて来るわけがないだろう。 イタズラなのだから。 イタズラ──で、あるならば。 イタズラでは無かったら? それは、学校に"人殺し"がいるということ。 そんなことがあるわけがない。 羅那は、掲示板に貼り付けた返信用紙を見上げてため息をつく。 生徒会室に戻り、チラシの束を持ってまた教室を出た。 夕陽の差し込む廊下をどぼどぼと歩きながら、指定された場所にチラシを貼って回る。 両面テープを捲る時も、それを使ってチラシを壁に貼り付ける時も。羅那の頭にはあの奇妙な一文が頭をよぎった。 "私は人を殺しました" あれがイタズラでもそうでなくても、気分の良いものではなかった。 あの一文を思い出すだけで何故か寒気が止まらない。 それは多分、旧校舎でのあの出来事を思い起こさせるから──。 否。 さっきのあの一文が旧校舎での出来事と関係がある可能性は低いとそう羅那は判断したのだ。 ではなぜ、あの一文を忘れられないのか。こんなにも頭にこびりついているのか。 羅那は階段そばの壁にチラシを押し付ける。硬い壁のその冷たさが指に痛いほど沁みてくる。 同時に、全身にふわりと鳥肌が立つ。 こんなにも冬の壁は冷たかっただろうか。 吐く息が白い。 寒い。 上手く両面テープを千切れない。 指がかじかんでいる。 身体が冷えている。 寒い。 そう。 寒気だ。寒気のせいだ。 羅那の頭にあの"人殺しを告白する奇妙な一文"がよぎるのは、あの時に感じた妙な寒気が身体に染みているからだ。 羅那はその寒気に覚えがある。 以前にも羅那はこの妙な寒気を感じたことがある。 自分の身の回りで人を殺した者がいるという現実に震えた時、この妙な寒気が羅那を襲ったのだ。 あの事件。 今年で五年を迎える──あの惨劇。 そうだ。あの事件もちょうど、12月に起こったのだ。 "金繭小事件"。 2017年12月。金繭市にある金繭小学校にて起きた悲劇。 昼休みという時間帯に、女児が腹部や首を包丁で切られ殺害された。犯人は被害女児と交友関係のあった同じ学年の女児であった。 事件現場に最初に駆けつけたのは二人と親交のある男児だったという。その後、警察や救急も駆けつけたが被害女児はその場で死亡が確認された。 女児が女児を学校内で殺害するというかつて例のない事件に世間は震撼した。 何故、加害女児は仲の良かったはずの被害女児を殺さねばならなかったのか。 その真相は今も公にされていない。 "取り返しのつかないことをしてしまった" そう加害女児が語ったという情報以外は何も分かっていない。 勿論、その発言にも信憑性がほとんどない。 だからマスメディアやネットでは憶測が飛び交った。 二人は仲違いをしていた、被害女児が加害女児を仲間外れにしていたから復讐された、加害女児はホラーやグロテスクなコンテンツを日々閲覧していたためその影響で殺人を犯した──とか。 どれも何の根拠もない情報だが、今ではそれらがまるで真実であるかのように扱われている。 "加害女児は呪われていた"という噂も流れていた。 これは、加害女児と被害女児が金繭市内で起きた怪奇事件の解決に関わっていたという噂──怪奇事件の解決に関わっていたこと自体は、羅那の姉の調査によりほとんど真実であると確定した──を元にして生み出されたものだ。 怪奇事件に関わっていたからと言って呪われるとは限らない。 それに、例の怪奇事件とやらが起きたのは同年の8月で、殺害事件が起きたのが12月と四ヶ月の開きがある。 呪われていたとしても、ホラー好き界隈でも有名な規模の怪奇事件を解決できた少年少女たちが呪いに気付かずに四ヶ月も過ごしていたとは考えにくい。 だから羅那は、呪いのせいではないのだろうという立場をとっている。 でも。 そうなのだとしたら、何故──友人を殺したのか。 共に困難を乗り越えたはずの友人を。 何故、事故とは違う──明確な殺意を持っての殺人を犯してしまったのか。 羅那には分からない。 羅那は少し前に、殺人事件から五年経つのを機にこの"金繭小事件"に関する記事を書かないかと依頼されたことがあった。 でも、断った。 羅那の仕事に不謹慎さというのは付きものである。 人の死を、不幸を、心霊というコンテンツに変えてエンターテイメントに昇華しているのだから。 だから今更、聖人ぶるつもりもない。 だけど、今回は自分の仕事ではないと思ったのだ。 あの事件をエンターテイメントとしての心霊に落とし込むのは、"部外者"であるべきだ。 あの事件に関わらず、事件をエンターテイメント的心霊として扱うには、ある程度、事件と自分との距離が離れていないといけない。 距離が近過ぎれば、事件を俯瞰出来ないし、内情を知っているからこそ無責任なことは発信できない。それに──正直に言うと、気が引ける。 だけど、事件とある程度の距離があれば、そういったことは気にする必要がない。 結局、自分の関わっていない事件など他人事なのだ。 自分でもどうかと思う。 だけど、エンターテイメントとしての心霊というのはそういうものなのだと割り切っている。 触れてはならないものだから、見てはならないものだから、だから人は惹きつけられるのだと、そう思っている。 不謹慎な行為なくして心霊エンターテイメントは成り立たない。 とはいえ、羅那だって何でもかんでも事件を心霊と結びつけてエンターテイメント化するつもりもない。 羅那が扱うのは、ほとんど確実に事件に心霊が関わっていると確証が得られたものだけだ。 また、実際に事件に心霊が関わっていると判明したケースでは、羅那は進んで情報をまとめ、プライバシー保護に気を配りながら情報を公開するようにしている。 未解決事件の場合は特に、そういった情報共有が必要となってくるのだ。 そういった情報共有もまた、人によってはエンターテイメントとしての心霊であると捉えるだろう。 だけど、それでも何かの力になるのなら、羅那は続けたいと思っている。 羅那は、金繭小事件との距離がそう遠くない。 あの事件の犯人は、羅那にとって"全くの他人"というわけではなかったのだ。 羅那は知っていた。 事件が起きる前から、加害女児のことを。 事件後、加害女児──"新城彩華(しんじょうあやか)"の名はすぐにインターネットで広まった。 そして彼女が、当時流行していたSNS"7studio"──通称"ナナ"において"ソラナキ"なるハンドルネームで創作活動を行なっていたこともすぐに日本中に知られることとなった。 羅那が知っていたのは、新城彩華としての彼女ではなく、ソラナキの方だった。 事件のあった頃、羅那もPCを使ってナナをやっていた。 羅那のハンドルネームは"える"。 えるだった羅那は、当時からSNSでホラーやオカルトの情報収集や発信をしていた。 ソラナキも同じだった。彼女も、かなりのホラーフリークだったのだ。それのみならず、ソラナキは創作怪談なんかもよく投稿していた。 羅那はソラナキのホラー小説をよく読んでいた。今思っても、作品の完成度は高かったように思う。子供が書く文章とは思えず、現に羅那は彼女の正体を知るまで、ソラナキは自分よりもずっと歳上だと勘違いしていたほどだ。 ソラナキの心霊に関する知識はかなり豊富だった。心霊どころか、仏教や宗教なんかにも精通していた。 だから羅那はよく、SNS上でソラナキに心霊なんかの知識を分けてもらっていた。 彼女とはよく議論も交わした。 印象的だったのは、"ヒトコワは怪談と呼べるのか否か"。 ヒトコワとは幽霊ではない、生きた人間の恐ろしさを強調した怪談である。 ヒトコワ怪談では、実在するか分からないオバケなんかよりも結局は生きている人間の方が怖い──と締め括られるのがオチだ。 そんなヒトコワを怪談として認めるかどうか。 羅那は幽霊が出た時と同程度の恐ろしさを出せるのであれば怪談として成立していると言う肯定の立場を取り、ソラナキは万人に共通して"実在すると言い切れない"いわば不確定ともいえる存在の幽霊ではなく、確実に実在する存在である人間を用いて身近な恐怖を煽るというのは怪談として"逃げ"であるという否定派の立場を取っていた。 結局、議論が終わることなく──事件が起こった。 ソラナキがグロ小説やホラー小説を書いていたことが事件を起こすキッカケに繋がったのではないかという噂が膨れ上がった。 そして、それらの作品の投稿を許していたナナにも責任があるという風潮が現れ始めた。 完全に、流れ弾のようなものだ。 結果、ナナは利用規約を改訂し、過激な内容の投稿の規制、また、未成年の利用を禁じた。 結果、利用者は激減し、ナナはのちにサービス終了となった。 羅那がソラナキから様々な知識を与えられ、そして熱い議論を交わしたナナはもうない。 ナナが消えてなくなった時、羅那の中からソラナキという存在も同時に消えていた。 羅那にとってソラナキとは、インターネット上にしかいない架空の存在のようなものだった。 いくら彼女が殺人犯として実在していると聞かされても──実感が湧かなかった。 驚きはあった。だけど、いまいち現実味がない。 当時、羅那は姉の指示でソラナキのSNS投稿及び彼女の作品、そしてDMのやりとりのログを取っていた。 だが、それを見返すことなどなかった。単に機会がなかったのではない。 羅那は、あのログを見返すことが恐ろしいのだ。 ログを見返して確かにソラナキはいたのだと思い返すことが、ソラナキが"殺人犯"であるという事実と向き合うことに繋がるような、そんな気がする。 羅那は事件前日までソラナキとやり取りをしていた。 何も、変わったところなど無かったように思う。 インターネット上の文書だけで相手のことなんてほとんど分からないのだけれど。 そうだけれど、共に困難を乗り越えた仲間を殺害してしまうなんて異常とも言える行為に出る前日なら、インターネット上でも多少の異変があっても良いと思う。 ログを見返せば、仲間を殺す前日にも何の異変も見せないソラナキの文章という"羅那にはとうてい理解出来ない人間の恐ろしさ"と向き合う恐怖が押し寄せてくる──それが何より恐ろしい。 全てのチラシを貼り終えた。 窓の向こうの空が、夕焼けで真っ赤に染まっていた。 ──あ、そうだ。 羅那は声を漏らした。 夢。 真っ赤な空。 羅那は今日見た奇妙な夢を思い出した。 はっきりとは思い出せないが──あの奇妙な景色は覚えている。あの、不気味な女も。 ──贖う者。 あの女はそんなことを言っていた。 死だとか、証明だとか、大罪だとか、そんなことも言っていたか。 あれが単なる夢なのかどうかまるで分からない。今はそんなことまで考えている余裕はない。 ──あの人に聞こうかな。 羅那はふうと深いため息をついた。
Comments
ありがとうございます! 羅那の心霊に対する姿勢やモットーはこれまで明言されていなかったですね。 『死擽』において様々な死者たちと触れ合ったことで、呪詛事件前とは変化したところもあるかと思います。 不謹慎であることを承知しつつ、適切な距離を取りながら扱う…というスタンスは一見するとお手本のようにも見えますが、羅那自身は生者は死者に勝ると公に発言したりもしているので…万人が納得するのかどうかは……。 そうですね。もしも、本当に羅那たちの中に首無しがいるならば…それはスパイであると考えて良いと思いますね。 ただ、首無しになっている本人は自覚すらないのかも知れませんからそこがまた恐ろしいところです…! 度々、送られてくる奇妙な手紙は誰からのものなのか。 旧校舎に潜む邪悪か、それとも首無しか。 旧校舎から届いているなら、それはやはり首無しが届けている可能性もあるわけですよね。 羅那たちからすると、誰も死んでいて欲しくないというのがまず気持ちとして強いようですね。 死んでいたら、それって凄く恐ろしいものがすぐ近くに存在しているってことになりますからね…! 退魔の力も持たないただの少女たちが現実逃避してしまうのも無理はありません…が、やはり(´・ω・`)さんの仰る通り、とんでもない状況を放置している可能性が大です。 それは、旧校舎に潜む邪悪なのか、それとも……!
Kara
2025-08-01 06:01:51 +0000 UTC『シニンノカゲ』4章part2感想。 羅那の内面や心霊に対する向き合い方がしっかりと明らかになりましたね。 このパートは《虎谷羅那的思考》を理解し、羅那のスタンスを考える上で大事なデータになりそうです。 よく考えたら首無しの怪異が混ざっているのなら、それはスパイが混ざっているに等しいかもしれないですね。 羅那たちの行動や作戦が旧校舎に潜む者に筒抜けになっている可能性があります。 だから変な手紙とか送られてくるのかもしれない…? 仲間意識、誰も死んでいないという現実逃避の気持ち、そもそもその死が不確定なせいで、とんでもない状況を放置してしまっていることに、気付いてすらいないのかもしれません…。
(´・ω・`)
2025-07-27 11:14:26 +0000 UTC