読売KODOMO新聞の書評コーナーで取り上げた児童書を集めたブックフェア「本屋さんイチオシの100冊」が、全国約200書店で6月1日から始まります。昨年ご紹介いただいた僕の著書「ものがたりの家 -吉田誠治美術設定集-」もラインナップに加わっています。詳しくは告知ページやPDFをご覧ください。
告知ページ:https://www.yomiuri.co.jp/kodomo/(PDF)
新刊だけでなく既刊や名作からも幅広く紹介していて、僕の好きな本もたくさん掲載されています。これもいい機会かと思うので、ラインナップから特に好きな本を3冊と、個人的なおすすめ絵本についても数冊ご紹介してみます。
ふしぎなえ
安野光雅 / 福音館書店(公式ページ)
「旅の絵本」が有名な安野光雅の絵本デビュー作。エッシャーの作品のような、上下や前後がちぐはぐなだまし絵風の世界を描いた文章のない絵本で、シンプルながら繊細な画風はこの時点で既に完成しています。子供のときに、この本や同時期に描かれた「さかさま」を読んで強烈な印象を受けました。今でも一番好きな絵本です。
安野光雅の作品は他にも可愛らしいタッチのものが多く、物語も論理的な思考を楽しく刺激してくれる仕掛けが随所にあり、どれも好きなものばかりです。特に最近復刻された「シンデレラ」(世界文化社)では全てのページが美しくてうっとりしてしまいました。雑誌に掲載されたものや書籍化されていない挿絵にも印象的なものが多数あるので、今後の画集の出版を期待しています。
さむがりやのサンタ
レイモンド・ブリッグズ・作 すがはらひろくに・訳 / 福音館書店(公式ページ)
ブリッグズは他にも「スノーマン」「風が吹くとき」などで有名ですが、なんといってもこの絵本の愛らしさは外せません。ものぐさなサンタが過ごすクリスマスイブの一日を描いたコミック風の絵本で、日本人には馴染みの薄い西洋風の暮らしが細部に到るまで丁寧に描かれているのが子供心に興味を惹きました。
一般的なイメージとは一風変わった、人間味あふれるサンタクロースの造形は、裏表紙の1ページだけでも十分に伝わってきます。建物のデザインや調度品の一つ一つまで丁寧に描かれていて、密度感のある絵の数々も魅力的です。とても気に入っていたので図書館で見つけるたびに読んでいましたし、大学時代にはこの本に似せた構成の物語をいくつも描いたりしました。
モモ
ミヒャエル・エンデ作 大島かおり・訳 / 岩波書店(公式ページ)
「はてしない物語」とその映画版でも有名なミヒャル・エンデによる児童文学。エンデについては、作品だけでなくその精神性まで強く影響を受けましたが、彼の作品の魅力が最もわかりやすく詰まっているのがこの一冊だと思います。
ふしぎな少女モモ、町外れの円形劇場、灰色の時間泥棒、甲羅に文字が浮き出る亀、散るたびに以前より美しく咲く花など、道具立てだけでも幻想的ですが、それ以上にこの本で描かれる様々な「考え方」に子供の頃の僕は大いに影響を受けました。といっても説教臭いわけではなく、あくまで行きるための考え方の選択肢の一つとして、その人らしく生きるためには人と違ってもいいじゃないか、ということを物語を通して感じさせてくれる、心が豊かになる一冊です。
エンデは寡作ですがどれも最高な作品ばかりなので、ファンタジーが好きな方にはぜひ読んでいただきたいです。個人的には「鏡の中の鏡」も大好きなのですが、こちらは中高生ぐらいの年齢で読むと一生記憶に残る作品かもしれません。
次からは、フェアとは別に僕が個人的に好きな絵本についてご紹介します。
いっぽんの鉛筆のむこうに
谷川俊太郎・文 坂井 信彦・写真 堀内誠一・絵 / 福音館書店(公式ページ)
今でも続く絵本シリーズ「たくさんのふしぎ」の第一作目。鉛筆ができるまでに関わる様々な国の様々な人々を、写真とイラストで紹介しています。この人々の紹介が、家族構成から趣味までとても詳しく描かれているため、何でもない鉛筆のむこうに広がる世界がとてもリアルに感じられて、一気に世界を見る解像度が高まったのを今でも覚えています。絵本というと空想の物語を想像しがちですが、こういった本を通して世界に対する解像度を高めることもできたりします。
文章の谷川俊太郎は言わずもがなですが、イラストの堀内誠一も絵本作家としては超一流で、「ぐるんぱのようちえん」(福音館書店)を始めとして多数の絵本を執筆するほか、世界の絵本を国内に紹介するなど日本の絵本業界を語る上で欠かせない方です。子供の頃は意識していなかったのですが、当時好きだった絵本を大人になってから見返すとかなりの確率でこの方の作品であることが多く、知らず知らずのうちにファンになっていたことに気付きました。今でも我が家には堀内誠一の絵本が多数並んでいます。
くいしんぼうのあおむしくん
槇ひろし・作 / 前川欣三・画 / 福音館書店(公式ページ)
ある日みつけた小さなあおむしは食いしん坊で何でも食べてしまい、主人公の両親や町の家々もどんどん食べていき、食べるものがなくなってしまったので最後には……というちょっとホラーな絵本。子供向けなので一応はハッピーエンドなのですが、あおむしくんの愛らしいのに不気味な佇まい、何かの比喩というだけでは説明しきれない無常感、まさに深淵を覗き込むような底知れなさがあります。僕が異形モノに魅力を感じるきっかけになった一冊。同じ作者による「やぎのはかせのだいはつめい」(福音館書店)も、素朴なのにどこかゾクゾクする作品でオススメです。
あっ、ひっかかった
オリヴァー・ジェファーズ作 青山南・訳 / 徳間書店(公式ページ)
木に引っかかった凧を落とすために靴を投げたらそれも引っかかってしまい、猫、はしご、車、隣の家、消防車と次から次へと投げては全部引っ掛かる……という絵本ならではのユーモアあふれる一冊。大人になってから出会った本ですが、とにかくそのワンアイデアだけで突っ走るスピード感が最高で楽しめました。
作者のジェファーズは他にも「まいごのペンギン」(ヴィレッジブックス )、「クレヨンからのおねがい!」(ほるぷ出版)などアイデアに溢れる絵本を出している人気作家。最近ちょっとスピリチュアルな方向に傾いているうえに、古い本は絶版が多くて手に取りづらいのですが、面白いのでぜひ探していただきたいです。
もっかい!
エミリー・グラヴェット作 福本友美子・訳 / フレーベル館(公式ページ)
こちらも最近出版された絵本。ちいさなドラゴンが寝る前にお母さんドラゴンに絵本を読んでもらうのですが、同じ本を繰り返し読むうちにお母さんはどんどん眠くなってしまい……読むのが面倒になったお母さんのせいで絵本の内容がどんどんシンプルになっていくのも面白いのですが、一番びっくりしたのは最後の大仕掛け。何が起こるかは裏表紙の写真を見るとだいたい想像がつきます(本に穴と焦げ跡が!)
他にもカバー下のデザインが本文中に出てくる本の装丁を忠実に再現していたりと、非常に凝った一冊です。文章のテンポも良くて気持ちよく読み終われるのですが、子供に読み聞かせると「もっかい!」と言われるのが唯一の欠点でしょうか。
オズの魔法使い
フランク・ボウム作 リスベート・ツヴェルガー絵 江國香織・訳 / BL出版(日本語版・公式ページ)
僕が大学時代に絵本を作りたいと思うきっかけになった一冊。言わずとしれたファンタジーの名作ですが、ツヴェルガーによるイラストは全く新しい発想で描かれていて、とても新鮮な気持ちで楽しめました。邦訳はBL出版から出版されていますが、これはまだ邦訳が出る前に我慢できずに買ったものです。
イラスト自体もとても素晴らしいのですが、本としての体裁もなんとも可愛らしく、エメラルドの都パートを読むときのための緑の色眼鏡まで付属しています。ツヴェルガーの挿画では他にもアンデルセン童話集、ノアの方舟、不思議の国のアリスなど様々な作品が出版されていて、どれもイラストだけでなく絵本としての完成度が高いのでオススメです。
不思議の国のアリス
ルイス・キャロル作 ロバート・サブダ絵 わくはじめ訳 / 大日本絵画(公式ページ)
子供の頃から仕掛け絵本が好きでしたが、これはその決定版のような一冊。飛び出し方が。仕掛け絵本というとせいぜいちょっと動くとか絵が変わるぐらいのものが多いですが、サブダの絵本はどれも大掛かりで、まさに絵が飛び出してくるようで何度読んでも驚かされます。特にこのアリスの本は、題材の良さもあって目を引く一冊になっています。その分値段も高いのですが、ページ数も豊富なので十分その価値はあると思います。
残念ながら現在は絶版状態のようで、出版社やネット書店では新刊は見つけられませんでした。ただ実店舗では稀に置いてあるところも見かけるので、もし見かけたらぜひ手に取って見てください。
最後に、今回のフェアにも加わっている僕の著書についてもご紹介させてください。
ものがたりの家 -吉田誠治美術設定集-
吉田誠治 / パイ インターナショナル(公式ページ)
物語に登場しそうな空想の家を33点、イラストと設定図で解説した、画集のような絵本のような不思議な本。その家の住民や、どんな家具が置かれているかまで細かく描いているので、絵を見ただけでついどんな生活をしているのか、そこからどんな物語が生まれそうか想像してしまうような本に仕上がりました。
漢字にふりがなも振っていないですし、本の内容的にも子供には向かないのではと思われるかもしれませんが、実際には「3歳の子供が食らいつくように眺めている」「5歳の娘が飛びついて離さない」というような感想も多く頂いています。僕自身、読めない漢字は飛ばして読んでいましたし、子供にすれば世の中には分からないもので溢れているので、理解できるものだけを選んで楽しむのが普通なのかなと思います。
お陰様でとても好評をいただいており、今回のフェアに合わせて11刷、もう少しで10万部という発行部数になりました。ありがとうございます! 海外向けにも多数翻訳していただきました。具体的にはこちらをご覧ください。欧米だと漢字を使わないので、国内以上に子供向けとして読まれているようです。
ちなみに、この本のこだわりの一つが「トイレの位置」で、全ての家でトイレをどうしているかの設定があります。子供の頃は親からトイレに行けとうるさく言われるのに、物語だとトイレに行く描写が殆どなくて不思議だったというのが主な動機です。「子供がトイレの位置ばかり気にする」という感想をちらほらいただくので、僕と同じ気持ちの子供が居るのだなと嬉しくなりました。ただ、いちいち文章にしていないうえに、少し前の西洋だと「ポット」で済ますのが一般的なこともあり、一部わかりにくい家があったと思います。このあたりは本の中でもコラムとして詳しく解説していますが、見つからないときは屋外にトイレ小屋がないか、もしくは部屋のどこかに「ポット」が置かれていないか探してみてください。
余談ですが、うちは両親が図書館司書だったため家に絵本が何百冊もあり、それらが僕の現在の活動の糧になっています。一時期は絵本が好きだったことは忘れていたのですが、大学時代に図書館でアルバイトをした際にそれを思い出し、それ以降は再び絵本を積極的に読むようになりました。今は子供もいるので買う動機はさらに増えたのですが、子供向けに買った絵本であっても純粋に楽しんで読んでいます。
絵本は子供が初めて物語に触れる機会であり、人格形成に大きく影響すると考えています。子供の想像力というのは大人が考える以上に奔放で、一つの文章、一つのイラストから無限の物語を想像します。そこで大人はつい常識的で道徳的な物語を選んでしまいがちですが、むしろ子供のうちはそういった枷に囚われず、自由な発想で物語世界を遊んでほしいと思っています。ミヒャエル・エンデも「芸術は本質的には非道徳なもの」「舞台の上でモラルがお説教されればされるほど、観客はよけい非道徳的になる」(※)と語っていますが、まさにその通りだと僕も考えます。そうやって物語世界で様々な価値観に触れ、子供自身の力で何が良いのかを選択できるようになることこそ、人格形成に大事なことなのではないでしょうか。
ここまでお付き合いいただき有難うございました。ぜひ今回のフェアをきっかけにして、子供だけでなく大人にも「子供向けの本」に触れる機会が増えると嬉しいです。僕も気になっていた本がいくつかオススメされていたので、これを機に読んでみたいと思います。
(※)「エンデと語る」子安美知子著 / 朝日新聞社 より抜粋
(文中敬称略)