第1章 第十話
Added 2025-05-27 13:07:42 +0000 UTC【それでも世界は回っている -OZ-】 第1章「目覚めの草原」 第十話「クネロの村と、灯を継ぐもの」 【第一部:風の外側、クネロの村】 丘を越えた先──草の切れ目から、ぽっかりと空が開けていた。 そこには、静かに朽ちかけた石の門がひとつ、ぽつんと立っていた。 歪んだ門柱に、苔と蔦が絡みついている。だけど、それでも不思議なことに、“ここが入口だ”と一目でわかる気配があった。 「……ここが、クネロの村……」 ドロシーは、息を飲みながらその門をくぐった。 門を越えた先には、静かな集落が広がっていた。 屋根の抜けた家、半分埋もれた石畳。けれど、煙が立ちのぼる家も数軒あった。 本当に、誰かがまだ“暮らしている”。 草に隠れた小道を抜け、ぼくは中央の広場へとたどり着いた。 そこに──いた。 風に吹かれて、ゆらりと立っていたひとりの少年。 彼は、白いロバのような獣人だった。 やや長い耳が風に揺れている。体は痩せていて、小柄。 毛並みは真っ白で、ところどころ灰色がまじっている。 首元には古びた赤いスカーフを巻き、肩からは小さな灯籠を吊るした紐がかかっていた。 その顔立ちは、どこか中性的で── 笑っていないのに、どこか優しげな、柔らかい瞳をしていた。 「……旅人?」 「……うん。クネロの村って、ここで合ってる?」 「ようこそ。ここは“風の外側”。忘れられる前に、通るといいよ」 「風の……外側?」 「風の吹かない村。だから、人の名前も灯も、まだ少しだけ守られてる」 「……灯?」 「この村の真ん中に、塔があるんだ。そこで、ひとつの灯をずっと守ってる。 風に消されないように。誰かが来たとき、ちゃんと“地図”が見えるように──」 「名前、教えてくれる?」 「ぼくは、カイル。塔を守る灯守りのひとり」 「ぼくは、ドロシー」 「うん、覚えたよ。風が来ないうちに、きみに伝えたいことがある」 そう言って、カイルは塔のある丘へ向かって歩き出した。 白くて細い尾が、風にたなびいている。 --- 【第二部:灯を守る少年と、旅人の地図】 丘の中腹に、小さな塔が建っていた。 背の低い石造りで、遠くから見れば物置のように見えるかもしれない。 けれど、そのてっぺんには確かに灯が灯っていた。 「この灯はね、“道”を照らすためのものなんだ」 「この世界では、地図に書かれていない道ばかりがある。風にさらわれて、誰の記憶からも消えた道。 でもね、灯だけは、それを“覚えている”」 塔の中へ入ると、石の螺旋階段を登った先に小さな丸い台座があり、 その中央には曇りガラスの球体がひとつだけ置かれていた。 カイルが灯籠を近づけると── ぼんやりと、光の線がガラスの中に浮かび始めた。 いくつかの点と、それを結ぶ曲線。 そのなかに、今自分が立っている“この村”があるのが、なんとなくわかった。 「ここから……この線の先、“バステの遺構”ってところへ、道がつながってる」 ──そこに、何かがある。呼ばれているような、そんな感覚。 カイルは小さな羊皮紙を取り出し、 その地図を写したものをドロシーに手渡す。 「この地図がある限り、君の記憶も、名前も、すぐには風に消されないよ」 「ありがとう……カイル」 「礼なんていらないよ。君が歩いてくれれば、それだけで灯は前に進める」 --- 【第三部:旅立ちの朝、風の外側から】 夜が明けた。 石造りの塔の上、空は濃い藍色からやわらかな朱色に変わりはじめていた。 「……灯があるうちは、ここは安全なんだよね?」 「うん。でも、それもいつまで続くかわからない。 風は、時々とても気まぐれに吹くから」 「じゃあ、行くね」 カイルは、ポケットから透き通った小さな球体を差し出した。 その中で、青白い火がゆらいでいる。 「予備の火種。塔の灯と同じ“種火”。道の途中で見えなくなったら、使って」 「カイル」 「きみが守ってる灯は──ただの光じゃないと思う。 ぼくにとって、それは“希望”だった」 「うん。ドロシー。……行ってらっしゃい」 ドロシーはゆっくりと歩き出した。 しっぽに地図を結び、胸に火種を抱えて、草原の向こうへ歩いていった。 ──風はまだ、吹いていない。